第15話 ニュータイプブースター

 知はいつになく乗れていた。ライダーズハイかも知れない。前方では追い詰められた灼眼がギリギリのスロットルワークを見せている。


 交互に揺れるヘッドライトを察知した前走車がラインを空ける。


「知らない形」


 追い越し際に一瞬、覗いた異形の機体はマットブラックに塗装されている。


 知のブレーキングが冴える。コーナーへの突っ込みで距離を置かれ立ち上がりをパワーでカバーするお馴染みのパターンではない。NSRはカタナをピッタリとマークしたままタイトな弧を描く。ここ一週間、コーナーへのアプローチ、突っ込みを徹底的に研究、練習した。その成果が灼眼の焦りを引き出している。


「行ける」


 希望の光が差した時だった。


「嘘!」


 NSRのミラーを真っ白な二眼が射貫いた。さっきジェントルに道を譲った奴だ。


「本気でっている私と灼眼に付いてくるってことは」


 知が追走者の技量を測るのに時間はかからなかった。


 ここで普段の灼眼なら正体不明の彼を前に出し様子をうかがうはずだ。だが今日はカタナのアクセルを戻す気配が無い。斬り返しを狙う知が火を点けたのだろう。むしろ彼を煽るように右手の開度が上がる。知も後れを取るまいと緊張の綱渡りを続ける。


 後方を気に留めつつ白熱のバトルが展開される。しかし未確認物体は全く離れない。そして仕掛けもしない。どうやらステルス戦闘機のパイロットはカタナとNSRをペースメーカーと定めたらしい。


 ギャラリーに向かって減速する三車。知の背中から聞こえる濁った高周波音が低くなっていく。明らかにカタナとは違う音だ。


「なんだあの黒い奴は?」

「ZX-25R?」

「テスト車両か」

「そうだ、間違いない」


 復活のクォーターマルチから黄金期の宝石にニトロが降り注ぐ。良質な燃料により灼眼の炎が燃えたぎり白氷も牙を剥く。それと共に二人の持ち味である精緻な走りは失われていく。暴れる車体を抑え込み、ねじ伏せる。ロデオの如き光景が繰り広げられる。


 異次元空間へ転移した二台を追うのは危険と判断したのだろうか。もしくは気迫が圧倒したのだろうか。新世代の精密機械は次第にミラーに霞んでいく。


「今だ!」


 NSRがカタナに並んだ。並行する車輪が軋みながら路面を掴む。人間アンチロッカーと化した二人はブレーキをリリースせず寝かしに入る。金属が削れる響きが放たれる。間髪入れずキャブのバルブが開く。後輪が流れても躊躇しない。


 初めて加速段階でNSRがカタナを捕らえた。後はツーストの絶対出力で引き離せばいい。


「やった」


 カタナのフロントに回り込んだNSRは最終ターンに向かってコントロールされる。


「え!」


 信じられないことが起こった。灼眼はその存在さえ怪しい道路のへりタイヤを掛けインを刺した。落ち葉も気にせず、だ。


「接触する!」


 知はそれ以上インを閉める訳にはいかなかった。


 定位置を取り戻したカタナが最後のストレートを目指す。NSRの薄いチャンバーが金切り声を上げ追撃する。


 並走状態で植物園の玄関に達した。ドローだ。


 揃ってシールドを解き放ち森の風を顔に浴びる。小さく手を挙げる。停まらず428へと流す。ゴール後、二台に増えた某メーカーのテスト車両も加わり小さな隊列を成す。


 428を少し南へ下ったところでカタナとZX達は右へ折れた。知は真っ直ぐ街へ帰る。


 ガレージに飛び込む知。


「てんちょー! 引き分けだ! 引き分け。悔しーけど嬉しー!!」

「そうか」


 カウンターをくぐった店主は冷蔵庫から硝子瓶を二本、取り出した。ビー玉を押し抜く。


「ラムネ!! 分かってるね! 喉、乾いてたんだよー」

「そういえば今日、この瓶みたいに変わった形の奴が付いてきたよ」


 このままだとマシンガントークが始まりそうなので店主がさとす。


「あのな、ここはバイク屋なんだ、酒場じゃないぞ」

「済みませんでしたー」


 そう言いながらラムネを飲み干す知。店主も汗をかいたボトルを手にしているが表情は複雑だ。


「お前、無茶するんじゃないぞ」


 低いトーンの言葉を残しバックヤードに消えた店主は数分後、大きな包みを運んできた。


「持ってけ」

「なに?」

「開けてみろ」


 知が袋をほどくのに苦戦していると店主は黙って奪い取り、がさつに引き千切った。


「プロテクター」


 最新の防具が手渡される。


 知が尋ねる。


「いくら?」

「いいよ、売れ残ってたんだ」


 新製品の在庫廃棄はないだろう。嘘吐きめ。知はラムネで引いた熱の一部が再び湧き上がりそうになる。


「じゃもらっとく。さんきゅ」


 知は抱きしめるようにプロテクターを胸に立て掛け両手を前で合わせた。


「よ、お二人さん」


 常連客が加わり輪が重なっていく。


 以降、カウンターを挟んで遭遇した噂のニューモデルについて激論が交わされたのは触れるまでもない。





(注意) 当然ですが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。


私自身、大昔に川崎明石工場のテスト車両を公道上で目撃したことがあるので、このようなストーリーを綴りましたが、ZX-25Rは海外製であるとのことで、国内でのテストは行われていないかも知れません。またカワサキが現在、日本の公道上、しかも「西」でテストを行うことは無いと思われます。仮にあったとしてもテストライダーは物語のような走行はしません。

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