第14話 ハグレモノ輪舞曲
知は苦戦していた。前方では美しくスリムな反射神経が舞っている。追い回しても追い回しても隙を見せない。
黒と間違えそうな深み有るグリーンメタリック。樹木の間から差し込む陽光に輝くTCメッキトラス。軽合金を贅沢に使用した特徴的エアクリーナーボックス。必要にして最小限のパワーを発揮するエンジン。そして無駄な部分を一切、持たない潔さ。山の「実用」マシンたる物、
知はパイロットを観察する。ナチュラルでシャープな動作が手に取るように分かる。ジャケットの背中にはなにも無い。積載性ゼロの機体をバックパックも背負わすに駆る。なぜなら純粋に走ることを目的としているからだ。
「久しぶりに骨がある奴だ」
知に認めさせた俊足、それはSDRだった。
超が付く程の軽さは驚くべき短時間でのブレーキングを可能とし、シンプル且つ華奢な下回りが路面近くに寝かし込むことをサポートする。更に実戦重視の出力特性が、立ち上がりへの力強くスムーズな移行を引き出し知を焦らせる。
だがNSRは排気量差以上のアドバンテージを持つ。落ち着いて
インを狙う。流れるようなライン取りで封じられる。外側からパワーで
例のタイトターンにかかる。ギャラリーから溜め息が漏れる。
「綺麗だ」
方針は違えど削ぎ落とされた美を持つ二台が一本の糸の上を狂い無く渡る。揃って底部を覗かせ磨かれた金属と未だ新しい塗装が光の饗宴をもたらす。極めて良好に調整されたツースト達は精密なスロットルワークにより薄い紫煙のみを残す。
膠着状態は続く。
知はもう一度、冷静に前を行くライダーを見た。
「私は奴を攻めているのに奴は道を攻めている」
勿論、彼も後方のNSRは意識している。しかし神経の大半はコースを攻略することに割かれているようだ。
「悔しいけど格が違う」
以降、何度か仕掛けた知だが、とうとう抜き去ることは出来なかった。拝したのは後塵だけだ。
植物園前のストレートに入りスローダウンする二台。SDRは植物園の玄関に停車する灼眼の
「そう、知り合いなの」
二人は知に向かって小さく手を挙げた。灼眼、独りの時と変わらぬ動きで。
知も同じく手を挙げて応える。同時にシールドを解き放ち風を顔に受ける。
「気持ちいい」
彼らとのバトルは快い余韻をもたらす。それは勝敗に関係がない。
428を下った知はルーチンワークの如くガレージの扉を叩いた。
「店長、SDRにやられた」
店主が言葉を羅列する。
「SDR? そら分が悪い」
「生粋のコーナリングマシン、峠スペシャルだぜ」
「それをこの時代に磨き込んでいるんだ」
「乗り手の技量も相当だと考えるべきだ」
「ましてや下りで前を取られたんだろ? 望みは薄いぜ」
早口のマシンガンを撃ち終わると工具を置きカウンターを
「ほらよ」
知が目を落とすオイル仕上げの木部にコーヒーと共に端々が擦り切れたパンフレットが出された。
印刷された非の打ち所がない肢体。語られるコンセプト。滲む開発者の思い。添えられたウォーホル。
「信じられないかも知れないが、こいつも黒歴史の構成員なんだぜ」
微笑む店主によるとレーサーレプリカ全盛期、スペック至上主義が
「数字じゃ分からないことってあるだろ。でも当時は数字しかなかったんだよ」
皮肉なことに時代は変わり逆に数字が認められなくなっている。テイストを前面に打ち出す新型車も珍しくはない。とはいえ、その中に「本物」は存在するだろうか。それも時間が経過しないと分からないのかも知れない。
知は宝石を曇らせてはなるまいとパンフレットを畳みカップに口を付けた。
「今度、
いつになく饒舌な店主に知も笑顔を返す。
「嫌だよ、どうせオッサンに決まってるし」
「年上、好みじゃないか?」
「調子に乗るんじゃない! じゃぁね。あ、コーヒーありがと」
一番星が覗いた。
「もうそんな時間か」
時が早く刻まれたのだから今日は楽しかったんだろう。知は胸の奥まで息を吸った後、キックを踏み下ろした。
(注意) 当然ですが拙いフィクションです。公道は法規遵守で利用しましょう。また不必要な空吹かしなどは迷惑です。節度を持って乗り物に接しましょう。現実のバイク屋さん、二輪車取扱店、ディーラー、店員さんとも失礼に当たらない距離感を保ちましょう。
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