外見だけじゃダメなんだ
乙守 夏凜
1話(完)
「委員長、ここの問題教えてー」
「うん、いいよ。どこの問題?」
高校に入学してから一ヶ月が経った。最初はぎこちなかった友達との交流もだんだん慣れ、クラス内でもグループが出来上がりつつある。私はというと、静かとも賑やかともいえないグループに属している。しっかりとした作業と休憩の線引きがしっかりされていて、居心地がいい。他のクラスメイト……ここ最近クラスに来なくなった一人を除いては少しばかりだが絡みがあり、クラスとしてはまぁまぁ良い方だと思う。
「……で、ここに代入して計算すれば解けるよ」
「おぉ、そういうことだったんだ。ありがとね」
席を離れていく背中に軽く手を振り、次の授業の教材を取り出す。
入学後の委員会決めで学級委員に選ばれてから、「しっかり者」という印象がついてしまい(実際はそんなことない)、勉強面で頼られることが多くなった。まぁ、どんなことでも誰かと関われることはいいことだが、後々面倒ごとを押し付けられないかが不安だ。ちなみに、ほとんどのクラスメイトから「委員長」と呼ばれている。
「また、勉強のこと?夏実も大変だね」
「あ、望」
ニヤニヤと冷やかしに来たのは中学からの友達である望。彼女は、視野が広く気配りができるが、よく言えば活発、悪く言えばうるさいのだ。
のぞみは私の前に座ると何かを思い出したかのように話し始めた。
「ねぇねぇ、あの噂知ってる?」
「何?」
入学してからそんな話を耳にしなかったから、少しだけ興味を持つ。
「うちのクラスに最近来なくなった子いるじゃん、冬香って子。あの子中学の時、暴力沙汰起こしてたらしいよ」
「へぇー、そうなんだ」
私が目を丸くすると、望の話に熱が入る。
「年上の先輩とか自分よりも大きい男子とかとも喧嘩してたって聞いたよ。最近来ないのもサボりかな?」
「どーだろね」
もし、その話が事実だとするならよく進学できたものだ。暴力沙汰を起こしていたら定員割れしている学校ならともかく、普通なら合格は難しいはずだ。根も葉もない話だから信用はしない方がいいだろう。
『キーンコーンカーンコーン』
そうこうしているうちに休み時間は終わってしまった。
「もう時間か。じゃ、また後でね」
望はちょっとぼやいて席に戻った。準備していなかったらしく急いで教科書を出していた。
全員が席に着いたとほぼ同時のタイミングで数学担当の竹内が教室に入ってきた。号令がかかり、礼をし、席に着く。前回の続きのページを開いて待機した。教師が出席している生徒の確認をしている。
「今日は全員いるか?……また冬香は来てないのか」
竹内は大きなため息をついた。「冬香」という名前が出ただけでクラスはざわついた。あの噂は結構広がっているらしい。
「はい、静かに。……仕方ない。学級委員長、冬香のこと探してきてくれないか?」
「……あ、わかりました」
一斉に視線が集まる。横目に話を聞いていたから反応が少し遅れた。
「多分、屋上にいると思うから最初に行ってみて」
席を立ち、扉に向かう。途中、望の方を見ると心配そうな表情を浮かべていた。クラスはさっきよりもざわついていた。
教室から出る。誰もいない廊下は新鮮だった。
ーーーーー
友達を作ろうとしても見た目で怖がられ、挙句、不良だという噂を立てられるのはいつものことだった。何をしても距離を置かれ孤立する。人付き合いがないから日に日に不愛想になる。ただの悪循環だ。
なんで高校に入ったんだろう。また学校で苦しむのは自分なのに。結局、また同じような噂を立てられて教室に行く足がすくんだんだろう。
ボーっと空を眺める。青い空の海に白い雲が浮かんでいる。ゆっくりと雲は前進していた。
これから放課後まで何をしよう。カバンの中には筆箱と小さなメモ帳しか入っていない。一人で絵しりとりをするか、詩を作るか。……このまま空でも見てよう。
授業に出ないと出席日数が足りなくなって留年してしまう。けど、教室に戻るタイミングもない。一体、どうしたもんか。
「――冬香ちゃん、だよね」
「っ!」
突然の後ろからの声に驚いてバッと振り向く。相手もビクッとして一歩後ずさっていた。
相手の顔を見てみると、どこか見覚えのある顔だった。けど、ハッキリとは思い出せない。
「……あー、同じクラスの吉田夏実。学級委員の」
覚えてるかな?と、私が戸惑っているのを察してくれて、自ら名乗ってくれた。
……そうだ、思い出した。誰もやりたがらない学級委員に立候補していた人だ。道理で記憶の片鱗に残っていたわけだ。学級委員だから私のこと探しに来てくれていたのだろう。
「なんかごめんな」
「え?」
「あ、いや、授業サボってる奴なんて放っとけばいいのに、わざわざ探しに来てもらって申し訳ないなって……」
素っ頓狂な返事で返されたものだから、次の言葉がなかなか出てこなかった。迷惑をかけた罪悪感と素直に話した気恥ずかしさで俯いた。尻すぼみになっていく言葉が消え、静寂が訪れた。
しかし、その静寂は吉田さんによって打ち消された。
「……っははははは!」
吉田さんは腹を抱えて笑った。真面目な雰囲気のある彼女が突然笑い出したものだから、ワタシは跳ねるくらい驚き目を丸くした。ただただ彼女を見て困惑するだけだった。
吉田さんはある程度笑った後、涙を拭った。私は恐る恐る訊ねた。
「な、なにか変なこと言ったか?」
「え?あー、案外真面目なんだなーって思ってさ」
話している途中だがまだフフフと笑っている。
「周りからは怖いって話聞いたけど、話と全く違くてけどさ。やっぱり噂は噂なんだなって思って。あ、隣座っていい?」
「あ、うん」
唐突な距離の詰め方に戸惑いつつ了承する。よいしょとワタシの隣に座り、笑ってみせた。
というか、やっぱり噂立ってるんだ。教室にいた時もちょっと聞こえてきたけど。広まってるのかな。またかぁ……。
「私も外見だけで見られるときあるよ」
「……顔に出てたか?」
「結構しっかりとね。噂でしょ?」
あっさりと心の中を見透かされてしまった。そんなに顔に出てるかな。
「私もさ、外見だけで生徒会とか委員長とかやってそうって言われるんだよね。今回の委員会決めも周りからの視線凄い感じてやったもんだし。まぁ評価に入るからいいけどね」
暖かい風に伸びをしながら話してくれた。やっぱり外見で判断されることって多いんだな。
……というか、
「さっきと喋り方変わりすぎてね?面白いんだけど」
喋り方の変わり方が意外過ぎて思わずクスっと笑ってしまった。それに乗ってさらに笑っていると、吉田さんも一緒に笑っていた。案外、面白い人なんだな
ワタシ自身、知らないうちに少し口数が増えた気がした。
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しばらくの間、吉田さんの昔の話を聞いていて少しだけだが打ち解けていた。正直、授業に戻らなくていいのかと心配していたが、本人が楽しそうだから言わないでおいた。
ふぅーっと喋り終えた吉田さんが息をつく。空気的に次はワタシの番だ。
「冬香ちゃんはやっぱり怖いって思われがちなの?」
「うん、そのせいか変な噂ばっか立てられてる。まぁ、怖がられる顔だし何しても無駄だから諦めてるけどな。吉田さんも見た感じ怖いでしょ?ワタシのこと」
はにかんで見せるが、吉田さんは真っ直ぐな、どこか優しさを帯びた眼で見ていた。
「正直、最初は怖いって思った。でも、話してて私たちとは変わらない不器用な普通の女の子なんだなって思った。外見とか噂で決めつけてごめん。それと、外見も口調も普通とは違うって気にしてるかもしれないけど、それは個性だし祖そのまんまでいいんじゃない?今は短所って思っててもいつかそれが長所になるときが来るかもしれない、いや、絶対来るよ」
マシンガンのように飛び出てきた言葉に呆気にとられた。一つ一つの言葉に暖かい気持ちがこもっていて、嬉しかった。初めての気持ちだった。
「なんか、ありがとな。初めてだよ、そんな優しい言葉聞いたのさ」
「当たり前でしょ。もう友達なんだからさ。だから吉田さんじゃなくて夏実でいいよ。私はもう冬香ちゃんって呼んでたけど」
にかっと笑った顔が眩しい。もう、何もかもが嬉しくて、口元が緩んでしまう。鼻がツンとした。
「友達なんて今までいなかったから正直まだ何が何だかわかってない部分あるけど、よろしく。改めて、斉藤冬香だ」
自分から名乗っていなかったからこの隙に言った。今、自分がどんな顔を向けているか分からないが、夏実は笑ってくれている。その笑顔を見て、安心している自分がいる。
『キーンコーンカーンコーン』
「えっ!もうそんなに時間経ってたの?!やばい……あの先生になんて言おうか」
あたふたしてる夏実をただ見つめていた。すると、夏実ははっとして私に問いかけた。
「あ、冬香は次の授業どうする?どうするかは任せるから」
強制はしたくないし、と私を待っていた。もう答えは決まっている。
「……ちょっと行ってみるよ。ついでにワタシも怒られに行くから。元の原因はワタシだしさ」
立ち上がり冗談めかしにそう言った。夏実は驚いたような顔をした後、嬉しそうに立ち上がった。
「それじゃあ行こっか」
「おう」
夏実の楽しそうな背中を見ながら彼女の後ろをついていき、屋上を出た。
案外、私もチョロいもんなんだな。まぁいっか。こっからでも成長してけばいいんだ。
ワタシがクラスになじんで悪いイメージを払拭するのはそう遠くないまた別のお話。
外見だけじゃダメなんだ 乙守 夏凜 @karin1118
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