第三話 なんですかこれ!?

「おはよう」

「おはよう」


 生徒たちのにぎやかな声が教室に響く。

 朝のホームルーム前ということもあり、それぞれグループになって話したり、反対に一人で勉強したり本を読んだりしている。

 五月たちが通う学校の奥州女学院では毎日見られる光景だ。

 しかし、五月たちの教室には昨日までなかった机が一つ増えていて、周りから聞こえる話では、どうやらそのことを話題にしている人が多いようで、教室全体がそわそわしている。

 それは、五月と友菜ちゃん、リーちゃんも例外ではない。


「ねえ、五月。ひょっとして、この机って、一昨日言っていた五月の師匠のなの?」

「うん。桜空の机みたい。昨日までなかったのは、ちょっとわたしが倒れた時みたく休んでたからだよ。まあ、昨日はだいぶ良くなってたから、今日から通うことになったの」


 五月はリーちゃん、柚季ちゃん、亜季ちゃんにも事情を話していた。五月の思ったとおり、みんな受け入れてくれたが、三人は直接あったわけではない。

 そのため、今この場にいるリーちゃんは周りの子たちと同じように、桜空とは話していないので、どんな子なのかすごく楽しみにしているようだ。

 五月はもちろんだが、友菜ちゃんも桜空と話していたので、周りとは受け止め方は違うが、これから一緒に学校生活を過ごすのを楽しみにしているという点では一緒だ。


「でも、五月ちゃん。桜空ちゃんって髪の色がピンクだったけど、大丈夫なの?」


 声を潜めて友菜ちゃんに尋ねられる。

 その心配ももっともかもしれない。

 髪の色が違うということは、染めたり、深い事情があったりなどという憶測を生み、なじめない可能性がある。

 それについては、問題ない。


「大丈夫。もともとの色がピンクだけど、桜空はわたしと同じく色を変えられるから。……ここだとあまり大きな声で言えないことだけどね」


 五月も声を小さくして、友菜ちゃんとリーちゃんにだけ聞こえるように話した。

 「チェンジ・ピグメント」という、色素を変える魔法を使ったが、もし魔法のことを勘繰られると、以前のようなことになりかねないと思った。


「……なんだか不思議ね。その、『あれ』が使えて、もともとこことは違うところに住んでいて、五月の村では神様。そんな夢みたいな人が、今こうして普通の高校生になろうとしているなんて」

「……本当だね。でも、普通に接してあげて。桜空、普通の生活にすごくあこがれてたから」

「わかってるわよ。なんたって、五月の大事な人で、ご先祖様だもの。なら、五月と同じようにリーも接するわ。ねえ、友菜?」

「うん。そうだよ、五月ちゃん。うちら、友達でしょ?」


 神妙な表情をしていたリーちゃんだったが、五月と同じように桜空を思ってくれている。それは友菜ちゃんも同じ。柚季ちゃん、亜季ちゃんも同じだろう。

 みんな、ズッ友のようにかけがえのない友達になってくれていた。

 みんながいてくれるから、桜空は再び孤独になることはないだろう。

 対等な友達として、みんな接してくれるはずだ。

 ズッ友も同じ。

 きっと、桜空は幸せになってくれるだろう。

 娘の桜月との最後の約束――幸せになる、それが叶うはずだ。

 それは、五月にとっても同じ。

 まだ呪いがあるだろうが、みんなとなら、絶対に乗り越えられる。


「おはよう。みんな、席に着け」


 そこに、高井先生が教室の扉を開け、廊下に誰かがいるのだろう、何か後ろに呟いてから中に入ってきた。

 十中八九、桜空だ。


「えー、みんなに新しい仲間を紹介する。……入っていいぞ」


 先生が廊下にいる子に声をかけると、みんなが息をのむような美しい少女が現れた。

 桃色だったはずの髪は、艶めいた黒髪で、とても大人びて見える。

 それは、色々なことを乗り越えてきたからだろうか。

 子を産んだ経験からくる色っぽさからなのか。

 いずれにしろ、周りは少女だったが、目の前の少女は、もはや大人の女性といってもいいほど、とても綺麗だった。

 もしここが男女共学の学校だったなら、男子の注目を独り占めしていたことだろう。


「暁桜空さんだ。病気で最初から休学していたんだが、今日から復帰だ。ちなみに、暁の双子でもある。みんな、仲良くするようにな。

 それじゃ、自己紹介、よろしく」


 簡単な先生の紹介を受け、桜空が黒板の前のど真ん中に立つ。

 一応、友菜ちゃんには最初、源桜空と名乗っていたが、そのあとみんなに、五月と同じような事情で、暁桜空と名乗ることにしたことを伝えている。

 桜空は黒板の粉受けに置いてあるチョークを手に取り、黒板に「暁桜空」と書いてから教室にいる一同を見渡した。


あかつき桜空サラと言います。そこにいる五月の双子の姉です。皆さんと友達になれたらなと思います。これからよろしくお願いします」


 みんなの前でお辞儀する桜空は、かつて王女だったこともあるのか、気品があり、とても美しい。

 優雅な桜空にみんな見惚れていて、とりあえず第一印象はかなりいい感じだ。

 それは普段大人びているリーちゃんも同様で、柚季ちゃん、亜季ちゃんもきっとそうだろう。

 桜空が席に着き、先生が簡単にホームルームを済ませると、すぐに礼拝堂に行かなければならないのだが、みんな桜空の周りに集まり、様々な質問をしていた。


「その髪、きれいだね」

「体調、大丈夫?」

「五月ちゃんと一緒に寮暮らしなの?」

「何部に入りたい?」

「えっと、み、みんな、落ち着いてください……。一気に言われても……。あうあう……」


 一気に質問攻めにあい、桜空はかなり困り顔だったが、みんなからは邪な思いを感じられていなかったので、困っている割には笑顔だ。

 やっと、五月以外の人に見聞きされて触れ合えると思ったら、ずっと孤独だった寂しさが一気になくなり、いまやみんなの話題の中心となって、もみくちゃになっている。

 とても幸せそうだ。

 そんな桜空を見ていると、五月もうれしくなるが、桜空の妹となったこともあり、五月もみんなから質問攻めにあい、困ってはいたが、嫌ではない。

 むしろ、桜空と同じで、やっと普通の高校生のように、友菜ちゃんたち以外と過ごせるようになったと思うと、とても感慨深かった。

 ただ、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 さすがに礼拝をさぼるわけにはいかないので、高井先生の呼びかけでようやく一同は移動を開始した。



 ※



「……大丈夫? 桜空」

「……大変だったです」


 昼休み、五月と同じく寮暮らしになる桜空は、食事を受け取って席に着くなりぐったりとしている。

 休み時間になるたび、みんなが集まってきて質問攻めにあっていたからだ。

 ただ、食堂に行くとなると全員ではないうえに、席が決まっているわけでもないので、一時的に解放されていた。


「まあ、少しこの状況が続くかもしれないけど、この様子ならすぐ馴染めそうね」


 弁当の小包を開けながらリーちゃんが言うとおり、みんな興味津々といった感じだが、いずれも好意的で、一安心といったところだ。


「そうだね! でも、何か悩みがあったら相談してね! うちらがいるから!」


 ただ、心配もないわけではないので、明るくふるまいながらも友菜ちゃんが気遣ってくれた。


「五月、その子が桜空?」


 そこに、柚季ちゃんが声をかける。


「めっちゃきれいだね! あ、アタシは松岡亜季! いま話しかけたのが双子の姉の柚季! よろしくね! 桜空!」


「あ、すみません。五月の双子の姉ということになりました、桜空です。よろしくお願いします、亜季、柚季」


 初対面となった三人が自己紹介をする。

 柚季ちゃん、亜季ちゃんも友菜ちゃん、リーちゃんと同じように受け入れてくれていて、五月は改めて、言葉には出さないがみんなに感謝していた。

 しかし、いつまでも話し込むわけにもいかない。今はお昼休みで、授業までまだ時間があるとはいえ、もたもたしているとご飯を食べられなくなる。


「いただきます! ささ、桜空ちゃんも食べよう! おいしいよ!」


 そのため、友菜ちゃんが「いただきます」の音頭を取る。


「そうですね。今朝まで一応暁家で食べてましたが、五月と同じように倒れてたのもあって、おかゆでしたから、実はまだみんなが普段食べているようなご飯は食べてないんですよ。だから、すごく楽しみだったんです」


 桜空も箸をもって「いただきます」と言ってから、今日の昼食として出た弁当の卵焼きを口に運ぶと。


「――っ!!」


 息をのんで、固まってしまった。


「……桜空?」


 五月が声をかけるが、微動だにしない。


「桜空ちゃん!? 大丈夫!?」

「桜空、どうしたの? ……大丈夫かしら?」

「桜空。桜空。……だめ。反応なし」

「桜空! おーい! 生きてますかー? ……固まっちゃってるよ」


 みんな呼び掛けるが、桜空だけ時が止まったかのように動く気配が全くない。

 心配になってくるが。


「……なんですか、これ」


 不意に、桜空にスイッチが入ったかのように再び動き出した。


「ああ、よかった。桜空、いったい何が……」


 あったの、と五月が言おうとした瞬間。


「なんですかこれ!? なんですかこれ!? こんなにおいしいものがあったなんて!? すごすぎますよ!! こんなの初めてですよ!!」


 見たことがないどころか、想像もできないほどの興奮をしながら、桜空は次々と弁当の中身を口の中に放り込む。

 どんどん平らげていき、まるで桜空というブラックホールに弁当が吸い込まれていくようだ。


「……!! これも! これも! 全部! みんなおいしすぎますよ!! 五月たちはこんなおいしいものを毎日食べてたんですか!?」

「あ、えっと、うん……? そんなに興奮するほどなの?」


 五月はそんな桜空に若干、……いや、かなり引きながら、尋ねた。


「当たり前ですよ!! バノルスにいた頃も村で暮らしてた時も、こんなにおいしいもの、食べたことないですよ!! はあ……、こんなにおいしいものを食べられるなんて……、最高です……」


 至福の笑みを浮かべながら、その味に酔いしれる桜空は、普段の姿からは想像できないほど幸せそうだ。完全に自分の世界にトリップし、独り言をぶつぶつ言いながら食べているため、もう声をかけることもできない。

 食べ物にこんな力があったのかと、五月も含めたみんなは、正直呆れるしかなかった。

 それでも五月は、桜空が引くくらいな様子にまでなっているが、初日から楽しんでくれているようで、魔法を使ってでも高校生になる選択を取ったのは間違いではなかったと、しみじみと思った。


「……そういえば、桜空は何年前にこちらに来たのかしら? ここまで食事にトリップするということは、結構前からいるんじゃないの?」


 リーちゃんが五月に尋ねるが、首を横に振るしかない。


「ごめん。そこまではわからないの。もしかしたら、桜空は知ってるかもしれないけど、今、あんな感じだからね……」


 目の前の桜空を見ながら答えると、リーちゃんたちみんなは苦笑するしかない。


「あ! それじゃ、五月は桜空が何歳かわかる?」


 亜季ちゃんの質問にも答えられず、二たび首を横に振る。


「ごめん。それがわかったら何年前に来たかもわかるんだけど……。一応、みんなに姿が見えなくなったときは、わたしのご先祖様の桜月が十五歳の時で、桜空が十六の時に産んだから、だいたい三十一歳くらい……」

「……五月? なあに人の年をぺらぺらとしゃべっているのです?」


 そのとき、凍り付くような声が真横から聞こえ、五月は思わず鳥肌が立つ。

 そちらの方向を見ると、先ほどまでの興奮はどこへ行ったのか、絶対零度の冷たさがある笑みを桜空が浮かべていて、その場のみんなが凍り付いた。


「……それに、亜季? あなたも女の子なのだからわかるでしょう? 女性に年を聞くのは失礼だって。……ふ、ふふふ」


 亜季ちゃんは桜空の凍てついた目に射抜かれ、身動きできなくなってしまう。


「あ、えと、ごめんなさい……」

「わかればいいのです。……五月?」

「ひっ! ご、ごめん! ごめんなさい! 調子乗りすぎました!」


 必死に五月と亜季ちゃんが頭を下げると、次第に冷たさが影を潜めてくる。


「……いいでしょう。ですが、……次はないと思ってくださいよ。ふふふ……」


 意外な桜空の怖さに、みんな戦慄するしかなかった。

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