第十四話 信じてるから

「おい、暁、白鳥」


 地区大会前日のミーティング後、高井先生に呼ばれる。


(……もしかして)


 五月は、一つの不安を胸に先生の元へ向かう。


「お前ら、寮生活だろ? 俺、近くに住んでるから、荷物のこともあるし、俺の車に乗っていかねえか? 交通費も浮くしちょうどいいと思うが」


 先生の言葉を聞いた瞬間、背筋が寒くなる。

 ……おそらく、これだ。

 五月が見た神託は。

 車、先生、五月、友菜ちゃん。

 あの時に見た神託と同じ。

 「オラクル」に使った魔力量からみても、間違いない。


「……ありがとうございます。よろしくお願いします」

「私も、よろしくお願いします」


 五月と友菜ちゃんが感謝するが、五月は平静を保つので精いっぱいだ。

 神託の内容を知らないみんなや、魔法のことなどを伝えていない先生たちに、気づかれていないか怖かった。

 しかし、何も指摘されず、その日は解散となり、ひとまず五月は安堵する。


「……五月ちゃん」


 友菜ちゃんと寮へ帰っていると、恐る恐るといった感じで、友菜ちゃんが呟いた。

 五月が振り返ると、友菜ちゃんも、どこか、こわばった表情だった。


「……さっきの、車の話なんだけど、もしかして……」

「……うん」


 五月は力なくうなずく。


「たぶん、わたしが見た神託に関係してると思う」

「……そっか」


 静かに友菜ちゃんが呟く。

 もし神託の通りのことが起きれば、無事では済まない。

 今までの日常も、きっとなかったことになる。

 もう一度、みんなに会えるかさえわからない。

 そんな恐怖や動揺を、隠しきれないような声色だった。

 でも、そんな最悪な結末は、運命は、もうたくさんだ。

 今度こそ……。

 何も、失うもんか。


「……大丈夫。わたしが何とかするから」


 こぶしを握り締めて五月は言った。

 友菜ちゃんは落としていた目線を五月へと戻し、二人はじっと見つめ合うような格好になる。

 五月は、今ある日常を、みんなを守る覚悟を携えて。

 友菜ちゃんは、五月への信頼のまなざしを向けて。


「……信じてるから。五月ちゃんならできるって。あまり、気負いすぎないで、落ち着いて、ね」


 友菜ちゃんは、少しの濁りもない、澄んだ微笑みを浮かべて言った。

 それは、五月に全幅の信頼を寄せている証。

 五月にとって、何にも代えがたい支えになるものだ。

 ズッ友や、裕樹と同じように。

 言葉では言い表せないほど、ありがたい。

 それでも、一言伝えたかった。


「……ありがと、友菜ちゃん」


 そして、みんなで過ごした時間の愛おしさも失いたくなくて、忘れたくなくて、続けた。


「大会終わったら、みんなでまたクローバーに行こうね」


 急に明るい口調で今後の話をした五月に、いったんはきょとんとする友菜ちゃんだったが。


「……うん!」


 暗闇に浮かんだ光のような、まぶしい笑みを浮かべてくれた。



 ※



 翌日、いつも通り寮で朝食をとり、荷物を確認する。

 県総体の地区予選が行われるので、昨日すでに準備はしていたが、忘れ物がないかを確かめる。

 そして、持っていくものには、陸上に関係するものではない、青く輝く勾玉があった。

 五月はそれを手に取り、厳しい目で見つめる。

 ……大会は二日間、高井先生の車で行くため、いつ神託の状況に陥るか、わからない。

 曇り空のためか、部屋へ差し込む光は薄暗い。

 不穏な空気を感じる。

 それでも、今まで呪いに打ち勝つために精一杯頑張ってきたのだ。

 絶対に乗り越えてみせる。


「……それは?」


 友菜ちゃんがのぞき込んでくる。

 魔法のことも話したし、呪いに至っては巻き込まれる当事者なので、話しておくべきだと思った。


「これは、魔法が使える、強力な道具。もしもの時には、この子も協力してくれるの」


 実際には、イオツミスマルの中にいる桜空が、常に警戒して先手を打つことにしているのだが。

 昨日のうちに最後の打ち合わせをしており、五月は呪いに気付き次第対処する運びとなっていた。

 できるかできないかではない。

 やるしかない。

 その時、友菜ちゃんが五月の手をぎゅっと握る。

 五月は友菜ちゃんに振り向くと、闇の中に浮かぶ光のような笑顔を浮かべていた。


「大丈夫。きっとできるよ。今まで準備してきたでしょ?」


 その笑顔を見ると、押しつぶされそうな重荷が、軽くなった気がする。

 友菜ちゃんの笑顔には、不安を取り払うような明るさがあって、沈みそうな五月の心をいつも支えてくれていた。


「ありがと。友菜ちゃん。……リレーメンバーも、控えだけど、がんばるね」


 少しでも前を向きたくて、陸上の話に戻す。

 一瞬友菜ちゃんはきょとんとするが、やがてまぶしいほどの笑顔を浮かべた。


「うん!」


 そして、五月はイオツミスマルを使うため、いつもの呪文を唱えた。


「コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル」



 ※



 暗いのに明るい、地面のない空間で、桜空は外の状況を観察していた。

 空間をつかさどる機能の応用で、イオツミスマルをカメラのようなものにして、それを中の空間にモニターのように映し出している。それも、魔法によって防犯カメラのように、周りをよく見渡せるような状況にできるので、その機能を使っていた。イオツミスマルの周辺からしかのぞけないが、警戒するには十分だ。

 それとともに、桜空は「アナライズ」を使って、より遠くからの物体の運動を観察して、先手を打とうとしていたり。


(……桜空、聞こえる?)

(……はい、聞こえます。そのままイオツミスマルを身に着けておいてください。こちらは周りの状況が見えるので大丈夫です)

(うん。ありがとう。もう出発するから。そのままよろしくね)

(わかりました)


 このように、桜空と五月との間で、頭の中で会話することのできる白魔法も使って、情報伝達したりしていた。

 すでに桜空も五月も体を十分に休ませており、いつ魔法をどれだけ使ってもいいような状態にまでもっていっている。

 あとは、臨機応変に呪いに対抗するだけ。

 その先陣を切るので、桜空はイオツミスマルのモニターと、アナライズに意識を集中させた。


 これは桜空にとっても、桜月との、永遠の呪いという約束を果たすための、重要なものになる。

 「運命の子を導くこと」。

 それが第二の約束。

 もしそれが呪いに打ち勝つ方法を手に入れるということならば、この呪いを乗り越えることで満たせるということになるのかもしれない。

 そして、やっと桜空も幸せを追い求めることができるかもしれない。

 桜月が願ったことが、実現するかもしれない好機とも思える状況に、思わず桜空は苦笑する。

 呪いが娘との約束を果たすための重要な欠片になっているとは不思議なものだ、と。

 でも、それはこれを乗り越えてからの話。

 桜空は絶対に打ち勝つ意志を強くし、集中した。


 五月たちが乗った車が学校から出る。

 周りの車とともに、順調に進む。

 今のところまだ何も起きていない。

 それでもいつになるか全くわからないので気が抜けない。

 「オラクル」で見た神託なのだから、それは絶対に来る。

 ……絶対に、何とかしてみせる。

 もう二度と、かつてのような苦しみを味わいたくないし、味わってほしくない。




 ――そして。

 たった十分ほどたった時だ。


(……っ!)


 空気を裂くような、猛烈なスピードで迫るものが一つ。

 五月たちの乗った車へと、一直線に迫っていく。

 まるで、五月と桜空たちを、永遠の呪いの苦しみへと引き戻すかのように。

 そんなことは……。

 絶対に、させない。

 させるものか!


(五月!)


 五月に語り掛けると同時に、魔力を集める。


「ネヴァー・ブレイキング・シールド!」



 ※



(五月!)


 桜空からの叫び。

 それを聞き、五月は神託のあった右の方を見る。

 そこは、神託の通り、交差点で。

 目にもとまらぬスピードで車が迫っていた。


「キャーッ!!」


 友菜ちゃんの叫び。


「……っ! くそっ!」


 高井先生は急いでハンドルを切ろうとするが、速すぎて間に合わない。

 このままでは――。


「フォース・コントロール!」


 あまりにも速すぎたので、五月の魔法で直接止められそうもない。

 力を制御する魔法を五月は唱え、衝撃の緩和を試みる。

 すると、桜空が使ってくれたのか、見えない壁に相手の車がぶつかる。

 しかし、その衝撃を相殺しきることができず、向こうは明後日の方向にスピンしてしまう。

 直接は五月たちがぶつかった車にぶつからなかったが、このままではほかの車を巻き込んで、大惨事になりかねない。

 ……やるしかない。

 かなりの規模になるが、五月の実力ではもうできる。

 後処理は「メモリー・コントロール」でできる。

 そして、五月は周りの車全てに、加減など気にせずに「フォース・コントロール」との合成魔法にしながら叫んだ。


「シャドー・バインド!」


 その瞬間、地中から次々と巨大な影が目にもとまらぬ速さで現れる。

 それは、走行していた車一つ一つを捕らえ、覆い。

 その動きを完全に止める。

 それは、暴走していた車もそう。

 五月たちもそう。

 瞬きしたときには、事故を避けるかのように車が止まり、暴走していた車はスピンしたようになっていた。

 まるで、魔法などなかったかのように。

 それでも、魔法を使った事実は変わらない。


「……はあ、はあ、暁、お前……」


 脂汗を流しながら高井先生が五月に振り向くが。


(ごめんなさい、先生)


 心の中で謝りながら、五月は友菜ちゃん以外の、周りの車、その中にいる人、カメラなど、あらゆる人、記録媒体のすべてに向かって、特に五月と桜空の魔法の影響の記録を打ち消すように。


「メモリー・コントロール」


 五月の体全体の魔力を、精一杯使って。

 イオツミスマルの力も借りて。

 辺りに魔法をかける。

 それは、百メートルを全力で走るほどのスピードで、マラソンを走るようなもの。

 あっという間に五月の体は悲鳴を上げる。

 体が重くなる。

 悪寒がする。

 それでも、イワキダイキのような連中を生まないために、やり切らねばならない。

 そのまま、五月は自分の体の中にある魔力を、根こそぎ費やし。

 その事実を、打ち消した。


「……あれ? 何で交差点に止まってんだ? うわ、スピンしてやがる。あぶねえな。おっと、それどころじゃねえや。さっさと行かねえと」


 そうつぶやくと、高井先生は車のアクセルを踏み出す。

 周りの車もそうだ。

 スピンした車をよけるように。

 どうやら、エンジンに問題が起きたのか、動けないようだ。

 ただ、高井先生がなぜ止まったのか覚えていないので、「メモリー・コントロール」は成功したみたいだ。

 そのことがわかると。

 もう、抗いがたいほどのだるさ、眠気、寒気に襲われ。


「……五月ちゃん?」


 あっという間に、意識を手放してしまった。

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