第十五話 光と影に導かれ

 いつの間にか、五月は吸い込まれるような漆黒の暗闇にいた。

 そこがどこかわからない。

 どこまで広がっているのかわからない。

 どこに歩けばいいのかわからない。

 そもそも、なぜそこにいるのかわからない。


 何をすればいいのかわからなくて、そのままポツリと一人でたたずんでいると、目の前に二つの光が現れる。

 それに手を引かれる。

 不思議と怖さを感じないどころか、全てをわかってくれているような、やさしいぬくもりがあり、そのまま五月は着いて行く。


 そのまま手を引かれて一緒に歩いていると、いつの間にか、一つの影が現れた。

 しかし、それは何もできない。

 ただそこにあるだけ。

 しかも、光は影のことが見えないのか、五月にしか構ってくれない。

 五月は光に、影のことを話す。

 しかし、光はわかってくれない。

 不審な目を向けられるだけ。

 それでも、五月は光のことが大好きだったから、機嫌を損ねることはできず、そのことを話さなくなった。


 そして、いつの間にか、ついてこない、ただそこにあるだけの光が浮かぶ。

 みんなにも語り掛けるが、影に誰も気づかない。

 やがて五月は理解する。

 影は、自分にしか見えないのだと。

 影は寂しそうだった。


 だから、五月は見捨てず、一緒に過ごした。

 そうやってしばらく暗闇の中を歩いていると、着いて行った光が、他の光とも過ごすように言った。

 五月は影と相談する。

 二人きりで。

 影は言ってくれた。

 友達も必要ですよ、と。

 影のことも大好きだったので、五月は素直に従い、周りにいた光とも一緒に歩くようになった。


 とても、楽しい。

 いつの間にか、暗闇は光に照らされていて、一本のトンネルとなっている。

 そのまま五月たちは前に進む。

 和やかな雰囲気で、それが当たり前だと、無意識のように思うようになっていた。

 でも、不意に最初から五月がついていった二つの光が、霧に隠れるように消えてしまった。

 五月は追いかけようとする。

 でも、その先は真っ暗で、とても進めそうにない。

 トンネル全体も薄暗くなっていて、残された五月はどうすればいいのかわからなくなる。


 とても心細い。

 悲しい。

 寂しい。

 そこに真っ黒な手が五月の手をつかんでくる。

 ちぎれそうなほど痛い。

 必死に振りほどこうとするが、抗うことができず、そのまま暗闇にのまれそうになる。

 いつの間にか片足が、底の見えない穴にぶら下がる。

 このままでは、漆黒の深淵に落ちて行ってしまう。

 それが怖い。

 でも、五月一人では抗えない。

 こんなことになるのなら、あの光と一緒に消えたかった。


 そう思っていたら、あとから一緒に歩き始めていた光が振りほどいてくれた。

 五月を引っ張り上げてくれる。

 そして、その光は五月を導くかのように前を歩いてくれる。

 振り返ると、いつも一緒にいてくれた影も、五月の手を引いてくれる。


 ……これからは、この子たちと一緒に。

 そう思い、五月は再び歩き出す。

 新しい光は、最初の二つの光みたく、とても温かいものだった。

 みんな、五月を支えてくれた。

 いつの間にか、五月は再び前を向いて歩けるようになっていた。

 薄暗いトンネルの中ではあるけれども、光と影が一緒ならば怖くない。


 ……でも、また。

 しばらく歩いていたら、光がほんの少ししか見えないほど、弱くなってしまった。

 もう、五月の前を照らせないほど。

 ……今度こそ、歩けない。

 前に進めない。

 みんなと同じく、消えてしまいたい。

 そう思っていた。

 それでも、光は必死に五月の手を取ろうとしてくれる。

 いつの間にか、その光はどんどん強くなっていって。

 また、前を歩けるようになった。


 光の仲間も集まってきて、五月は再び歩き出す。

 もちろん、影も一緒に。

 この時も黒い手が五月たちを引きちぎろうとした。

 光も、時々弱くなった。

 五月も、離れかけたりした。

 道も暗くなった。

 それでも、負けなかった。

 そして、光ともう一度歩くために。

 五月は、光と離れ離れになった。


 もちろん寂しい。

 離れたくない。

 それでも、黒い手を完全に振りほどくには仕方なかった。

 そんな一人になった五月を導いてくれたのは。

 ずっと一緒にいてくれた影。

 必死になって五月は頑張った。

 そうしたら、黒い手からすり抜けられる力を五月は手に入れた。

 だから、五月はまた別な光とともに、また歩き出して。

 また、黒い手に手をつかまれて。

 すごく、痛い。


 でも。

 力を手にいれた五月は、影と一緒に、その黒い手を振りほどけたのだ。

 ようやく五月は、影は、黒い手から解放されたのだ。

 すると、たちまち暗かったトンネルは、眩いほどの光に満ちる。

 影はそのまま五月とともに歩く、光となってくれた。

 他の光も、五月と一緒。

 ようやく、みんなで歩けるようになった。

 そして、そのトンネルの先をみると。

 新しい光と。

 黒く濁った、禍々しい光が、五月たちを待ち構えていた。



 ※



 ……気が付くと、五月は白い天井、蛍光灯を見上げている。

 ベッドに横になっていて、どうやら今まで、夢を見ていたようだった。

 不思議な夢だったように思う。

 それでも、あまりにぼんやりとしていて、思い出せない。

 頭の奥に、霧のように消えてしまったようだ。

 だけれども、すがすがしさが残っていて、少し混乱する。

 思い出せないときはやきもきしてしまうものだが、それが少しもない。

 なぜだろうか。

 五月はいったい何をしていたのかを思い出そうとしながら体を起こすと。


「……友菜ちゃん?」


 友菜ちゃんが、ベッドの横の椅子に座っている。

 いつからいるのか、頭が舟をこいでいる。

 足元にはスマートフォンが落ちていて、ずっと五月のそばにいて、いつの間にか眠ってしまったように思えた。

 五月は意識を周りに移す。

 窓からは夕日が差し込み、白い部屋のはずなのに、朱く包まれている。

 すでに、逢魔おうまが時と呼ばれる時間になっているようだ。


 部屋の中にはポツンと一つのベッド。横には宙にぶら下げた袋があり、チューブを通して五月の腕につながっている。

 どうやら病室のようだ。

 そして、五月は今まで眠りの中。


「……あっ!」


 その瞬間、五月は頭に電撃が走ったかのように、気を失う前のことを思い出した。

 友菜ちゃん、高井先生と三人で大会へ行った時の朝。

 その途中、横から車が突っ込んできて。

 魔法を使って、それを防いだ。

 そこから先の記憶がまるでない。

 そのまま意識を失ったからだ。

 今ならわかる。

 強力な魔法を広範囲に、一気に放ったから。

 魔力消費性疲労症になったからだ。

 そして、友菜ちゃんと一緒にここにいる。

 お互い目立った傷はない。

 先生はこの場にいないが、この状況から考えると。


(……やった、の?)


 呪いに、打ち勝てた?

 そのようにしか思えなかった。


「……う、ん……」


 その時、小さく声が聞こえる。

 友菜ちゃんの方を見ると、身じろぎしたかと思えば、頭を上げて五月の方に目を向けてくる。


「……友菜ちゃん?」


 五月が呼びかけると。


「……うん、……ん!? 五月ちゃん!? 目覚ましたの!? 大丈夫!?」


 友菜ちゃんはいきなりスイッチが入ったかのように意識を覚醒させ、五月の肩をつかむ。

 いきなりのことに五月は驚くが、安心させるために笑みを浮かべて言った。


「……うん。大丈夫だよ、友菜ちゃん。……心配かけて、ごめんね」


 すると、友菜ちゃんは目に涙を浮かべながら五月に抱き着いてきた。


「本当だよ! どれだけ、ひぐっ、心配したと思ってるの!? 五月ちゃん、……っ、もし起きなかったら、……意味ないでしょっ!」

「……ごめん」


 五月も友菜ちゃんを抱きしめる。

 とても温かい。

 冷たく、ない。

 それは五月も同じ。

 ……今度こそ、失わずに済んだ。

 そのことがわかると、五月も自然と涙が出てくる。

 それをぬぐいながら友菜ちゃんに尋ねた。


「……一応、聞かせて? 先生も、他の車も、みんな、無事?」


 それに友菜ちゃんは首を大きく縦に振ってこたえる。


「うん! みんな大丈夫だったよ! 無傷だし、魔……、えっと、何が起きたか覚えてないし!」


 無事で済んだこと、呪いに打ち勝ったことに喜びを隠しきれないほどの勢い。

 魔法のことを言いかけるが、秘密だったことを思い出したらしく、言い換えてくれる。

 五月もほおを緩めかけるが、不意に友菜ちゃんは声を潜める。


「ねえ、五月ちゃん。うちだけ覚えてるのって……」

「うん。友菜ちゃんは魔法のことを教えてるし、呪いがどうなったかを教えたかったし。忘れさせるのって、他のみんなにも、友菜ちゃんにも悪いと思ったんだ。……大丈夫、だった?」


 自分のことを思ってくれたみんなの気持ちを踏みにじるような気がして。

 五月はどうしてもみんなの記憶、友菜ちゃんの記憶をいじるのはためらわれた。


「……うん。大丈夫。ありがとね」


 友菜ちゃんが微笑み、五月は間違いでなかったと思った。

 それからは五月が倒れた後何があったかを聞いた。

 どうやら、色々と大変だったようで、救急車に乗せられたり、顧問が高井先生一人だったために付き添いとして友菜ちゃんがついていくことになったり、先生は大会にすごく遅れてしまったり。

 とても迷惑をかけてしまったようだ。

 そのことでばつが悪い表情をしていると。


「そんなことないよ。五月ちゃんがいなかったら、うちら死んじゃってたかもしれない。そうなったら、もう終わりだったよ。五月ちゃんはみんなを守ってくれたんだから、気にしないで」


 友菜ちゃんが迷惑でないと言ってくれる。

 それもありがたい。

 それでも、やはり呪いを乗り越えて、みんなを守れたことが、何よりもうれしい。

 ようやく、呪いに勝てたのだ。

 その手段を得られたのだ。

 幸せへの大きな一歩を踏み出せて、目の前には光が広がっているようだ。

 そこに。


「お、暁、起きたか」

「五月、大丈夫? お見舞いに来たわよ」

「五月、元気そうで何より」

「さーつーきー? 心配かけさせんなー!」


 今日の日程を終えたのか、みんなが来てくれる。

 誰一人、失っていない。

 ……ようやく、失わずに済んだのだ。

 天にも昇る心地で、はち切れんばかりの笑顔になって。


「みんな、ありがとう」


 お見舞いに来てくれたみんなに、感謝の言葉を告げる。

 もう、呪いなんかに負けるような五月ではない。

 打ち勝てるだけの力が、仲間がいる。

 ズッ友もいる。

 裕樹もいる。

 桜空もいる。

 かつての弱々しさはもはやなく、希望に満ちた少女がそこにいた。

 もう約束を果たす日は近いだろう。

 だから、改めて声高らかに誓おう。

 ――絶対に幸せになる。

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