第十三話 オラクル 後編
わたしは、ちょうど村を一望できる高台に来ていた。
振り向けば桜が咲き誇り、晴天も相まって、絶好のお花見日和だ。
眼下には復興しつつある村が広がり、少しずつではあるが以前のような暮らしに戻りつつあるように感じる。
もっとも、わたしは祟りと呼ばれるようになったあの事件から十年経った今でも、未だに母様と会えない心の傷がいえない。
その傷を癒すためではないのだが、夫と結ばれ、娘の葉月が生まれ、村の指導者のような立場にもなったが、それでも母様に会いたくて、今もこうして魔法やイオツミスマルのことなどを調べている。
魔法を滅ぼすと誓ったのに、大切な人もできたのに、皆から慕われるようにもなったのにだ。
それも、もとはわたしが母様に会いたいという、わがままといってもいい願いのせいで、母様を、源家を苦しみ続けているのにだ。
情けなくなるが、それでも、母様には幸せになってほしい。
その希望を叶えるための実験を、今からしようとしていた。
「プリズン」
白魔法で、結界による檻をわたしの周りに作り出す。
それは透明ではあるが、端まで来ると、何かにぶつかったような感触がして、外に出られない。何かを閉じ込めたり、逆に外からの攻撃などを防いだりできる魔法なのだ。
そして、それは、その結界のある、平面にしか存在しない。
つまり、檻そのものが魔法によるもので、その中、外にあるものは、魔法の影響を受けていないのだ。
そのような状況でないと、もしもの時には危ないと思った。
使用者が独立した空間に閉じ込められるともいえる、イオツミスマルの空間を使わなかったのはそのためだ。
結界が無事に機能していることを確認して、わたしはその魔法を唱える。
イメージはすでにある結界を作っている、魔力を壊すというもの。
魔法の破壊だ。
「マジカル・ブレイク」
杖に魔力を集めて、結界に向けて魔力を放つと、音も立たず、結界も見えないので、一見すると何が起こったかわからない。
しかし、わたしが先ほど結界にぶつかったところまで手を伸ばしても、何も感触がない。
歩き回ってみても、何にもぶつからない。
「アナライズ」
ついでに魔力を調べるが、完全に消えている。
「……よし」
……成功、だった。
これは、すでに発動した魔法を破壊するという魔法だ。
イオツミスマルの機能から着想を得たが、成功した。
わたしの心は、歓喜の声を上げる。
これを使えば。
母様の呪いを、解けるに違いない。元は魔法なのだから、きっとうまくいく。
そう信じている。
一筋の光が、ようやく見えた。
その後、宝物殿へ入り、懐からイオツミスマルを取り出す。
今日は、いつもの実験や、運命の子たちの様子を見るためではない。
以前イオツミスマルの中で感じた、魔力の流れを調べるためだ。
「コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル。
ゴー・イン・ヤサコニ・イオツミスマル」
あっという間にいつもの不思議な空間へと降り立つ。
この空間には、わたし以外、今はいないはずで、空間を維持する魔法以外、魔法も使われていないはずだった。
それなのに、運命の子の様子を見るために、「オラクル」と「アナライズ」の合成魔法を使った時、わずかな魔力を感じたのだ。
それも、イオツミスマルの中から。
一度だけなら、わたしの魔力によるものを間違って感じただけだと考えられたが、何度も感じてしまった。
つまり、「なにか」がイオツミスマルの中にある、もしくは、いるということになる。
それを、突き止めようと思ったのだ。
イオツミスマルはリベカの時代から存在しているので、もしかしたら、何かしら保存していて、その影響が出ているのかもしれない。
今のわたしなら、もう体調が回復しているので、何があっても大丈夫なはずだ。
わたしは魔力を集めて、それを唱えた。
「オラクル。
アナライズ」
「アナライズ」の分析を、「オラクル」という神託の形で、神の力を借りて行う。
複数の魔法を組み合わせることでその力を飛躍的に上昇させる、合成魔法の一つだ。
複数のマジカラーゼを使って一つの魔法とする、複合魔法の一種で、その中でも強力なものではあるが、その分、負担が大きい。
魔法を使うと、次々と頭の中に魔力の流れが入ってくる。
一つ一つが線になっていて、そのどれもがわたしの中へと入っていく。
イオツミスマルや、今の魔法を使っているためだ。
……一つを除いては。
明らかにわたしとは関係ない、異質な魔力の流れを感じる。
それは、イオツミスマルにも似ているような、あらゆる魔力をまとっているようにも感じる。
それなのに、どこか、黒ずんだ、危険な雰囲気のある力が、かすかに感じられる。
そして、そちらに意識を向けると、今わたしが立っているこの空間の隣に、今まで立ち入ったことがない、未知の空間があり、その中からかすかに感じられたのだ。
さらにわたしは気づく。
その空間の境界付近に、イオツミスマルの魔力に閉じ込められた、何か別の、イオツミスマルと同じような魔力と、魔力を発しない、ただの物質を感じたのだ。
それはまるで魔力による、丸い金庫のようなものだった。
わたしはそれを調べようと、そちらへ歩き出した。
※
どれくらい時間が立ったろうか。
かなり遠くて、全然近くならないので、高速で飛んで、少し疲れた頃、ようやくそこに着いた。
もしかしたら、数時間くらいたっているかもしれない。
それくらい遠くの、イオツミスマルの空間の果てに、それはあった。
「……本?」
宙に、丸い空間がもう一つ、簡易的な結界があるようなイメージで、周りとは違った、少し薄い色合いの空間となって、本を二冊、閉じ込めていた。
「リリース」
イオツミスマルの空間から解放する呪文を唱えると、あっさりとその二つの本が解放される。
それを手に取ると、確かに片方からはイオツミスマルのような魔力を感じ、もう片方からは何も感じず、ただの本のように思えた。
しかし、それはどうでもいいかもしれない。
「……道理で、わざわざこんな別な空間を作ったわけね」
顔を上げると、すぐそこには黒々とした威圧感を放つ「それ」があった。
まるで、全てを飲み込もうとしているような、圧倒的な魔力。
イオツミスマルと同じようで、闇に染まっている神の力のように思えた。
「……たぶん、あれが」
銀色の刀身に、黒い勾玉が飾り付けてある赤色の柄。どこか、禍々しい雰囲気だ。
わたしは、薄々感じた。
おそらく、この本のどこかにその正体は書かれているだろうが。
……ケセフ・ヘレヴだと。
その時、黒い波動を感じ、とっさに後ろに下がる。
「ぐっ……」
しかし、避けられず、吹き飛ばされてしまう。
体制を整えて前を見ると、そこには、丸いような、ひし形のような、
しかも。
「……魔力、吸われてるかな」
少し、体が重い。
おそらく、黒い影だけでなく、あの銀の剣も吸っているのだろう。
別々の空間をまたがっていて、イオツミスマルの力を凌駕しているが、あれがケセフ・ヘレヴだとすれば、納得がいく。
イオツミスマルとケセフ・ヘレヴは、同じ神の力を持った神器だ。
なぜか黒い力を目の前の剣から感じるが、それでもイオツミスマルの特性を無視するのも当然だろう。
本体が外に出られないようなので、あくまで魔力の一部が漏れている状況なのだろうが。
もしかしたら、母様が起こした祟りのきっかけとなった、疫病の原因なのかもしれない。
外にいてもこれくらいの力ならば、魔力がないと魔力消費性疲労症をおこしかねないほど、魔力が吸われているようだった。
早めにけりをつけないといけない。
またあの時の二の舞にならないためにも。
(――くる!)
状況を整理していると、目の前の影がわたしに影のような魔法を放つ。
おそらく、わたしが得意とする「シャドー」のようなものだろう。
あっという間に目の前に迫ってくるが、体を翻して躱し、自分の手に魔力を集める。
「バニッシュ!」
黄魔法でわたしの周りを光が覆う。
影はそれに巻き込まれ、あっけなく霧のように散った。
(ふう……)
もしかすると、これはあの剣が作り出した、手先のような影なのかもしれない。
特に脅威にはならないとは思うが、魔力を吸って、相手を衰弱させるのだろう。
そこを討つ、魔法道具の剣なのだとわたしは思った。
しかし、実際のところ、それが何なのかわからない。
もし仮にケセフ・ヘレヴだとして、なぜあんなに黒々とした、濁った魔力を帯びているのかがわからない。
一応目の前にある、銀の剣を封印している空間には、イオツミスマルの空間をつかさどる魔法によって渡ることはできるだろうが、無暗に行っては何があるかわからない。
それに、わたしの手元には、何者かが残した二冊の本がある。
そのうちの一冊は、イオツミスマルのような、澄んだ様々な魔力を感じるので、もしかしたら、未知の神器なのかもしれない。
ひとまず、ここはさらに目の前の空間を強固にして、銀の剣の影響を少しでも抑えるべきだろう。
「クリエイション」
イオツミスマルの空間を作り出す魔法によって、二重三重に目の前の空間を覆う。
どれほどの規模かはわからないが、イオツミスマルが勝手に判断してくれているのか、今までの経験から、おそらくすべてを覆ってくれるだろうと思っていた。
実際、「オラクル」と「アナライズ」を使って調べるが、全く先ほどまでの脅威を感じないので、少なくともしばらくは安心な状態になっているはずだ。
それでも、念には念を入れて、イオツミスマルをしまっている宝物殿は、できる限り強固にした方がいいだろう。
さすがに今日は体に負担をかけてしまっているので、明日やることにする。
それと同時に、わたしは手元の二冊の本を読み進めて、何か手掛かりがないかを調べることにした。
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