第五話 為すべきことを

「……ふう、今日はこれくらいにしとこうかな」


 ずっと資料を読んでいた五月が、ようやく頭を上げる。

 その途端、頭がボーっとし、集中を解いていく。


「お疲れ様です。調子はどうですか?」


 桜空は五月の勉強が終わったのを見計らって声をかける。


「うん、簡単。とりあえず、問題解く量は増やしてるけど、やっぱりわたしは読んで勉強した方が頭に入るみたいだから、そっち主体かな。あ、今日解いた分はみんな九割以上だったよ」


 多くの人は、書いて覚えるのだろう。しかし、五月はそれでは頭に入らないため、基本、資料を読む方法で勉強していた。弱点としては問題を解く力をつけにくいので、あまり気は進まないが、問題演習の時間も入れるようにしていた。

 受験勉強を始めてもう数か月。五月は学校に一年以上も通っていなかったので、一応自分で勉強していたとはいえ、まずはその分を取り戻す必要があった。

 もっとも、一か月で中学三年の内容を身に着けたので、杞憂に終わったのだが。五月の驚異的な学力には、ゆかりも桜空も、驚きあきれるしかなかった。


 ただ、それでは十分ではない。

 試験は、国語、数学、英語、理科、社会の五科目で行われるのだが、中学校の学生生活について記した、調査書も評価の対象になるため、たとえ普通の人の合格点に達していたとしても、落ちてしまう可能性があるのだ。幸い、専願の場合だと点数が加点されるということなので、その対象なのはまだましではあるのだが、合格するためにも、五月は満点を目指して、「本気で」勉強していたのだ。

 もともと、五月は定期試験で対策の勉強をしていなくても、他を圧倒しての首席だったこともあり、模擬試験を受けても、今日みたく九割以上を取るまでには力があり、常に上位十人に入っていた。

 しかも、今は十一月。本番の二月の頭までまだ時間がある。

 そのため、少しでも呪いに対抗するために、ある程度の運動や魔法の練習も再開していたのだった。


「じゃあ、いつものメニュー、いきますか。五月、イオツミスマルを」

「うん、わかってる。『コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル・ウィズ・サラ』」


 そのまま、いつもの明るいのに暗い、宇宙のような不思議な空間へと旅立つのだった。



 ※




「……じゃあ、いってきます」

「ああ。あんたなら大丈夫さ。落ち着いてやりな。大丈夫。いろいろ苦労したあんたなら、これくらい楽勝さ。自信持ちな。……がんばりなよ」

「……はい」


 五月は微笑んでお義母さんに見送られる。

 周りには同じように送り出される受験生が大勢いた。

 ついに今日は試験日だ。

 五月は本気で勉強し続けた。

 直前の模試には一位も取った。

 何も心配することはない。

 案内に従い、教室に入る。


 胸がドキドキして、緊張しているのがわかるが、そんなのどうだっていい。

 自分の実力通りやれば、この周りの人たちよりも上なのだから。

 そう何度も心の中でつぶやき、集中する。

 問題が配られる。

 そして、チャイムが鳴り。


「……始め!」

(……よし)


 自分との戦いが始まった。



 ※




「オラクル」


 ……。

 どうやら、運命の子は、自分の進む道を決める、大事な試練の最中らしい。

 そのような機会があることに多少驚きつつも、わたしはわたしの為すべきことをしなければならない。


「アナライズ」


 「オラクル」と「アナライズ」を、複合魔法として使う。二重に魔法を使うことでそのようなことができるが、これは案外難しい。百年以上もいなかった「オラクル」も使っているのだから、なおさらだ。

 これによって、神の力を使って物事を調べることができる。

 これを使って、この間知った、イオツミスマルの隠された機能について、再確認しようと思っていた。


(……やっぱり、ね)


 頭の中に流れてくる情報は、それを肯定していて。

 わたしは、一つの光が見えたように思えた。


 ……イオツミスマルの空間には、魔法を打ち消す作用があったのだ。


 もちろん、その空間の中で使った魔法は、その空間内、あわよくば外にまで使える。

 そのことではなく、外で術者がすでに使われた魔法を、一時的に作用させなくさせるようなのだ。

 わかりやすく言えば、母様にかかっているはずの、「エターナル・カーズ」が、イオツミスマルの空間の中で発動しないのが、まさにそれだ。

 わたしはイオツミスマルで空間を複数作って、動物で実験してそれが真であることを確認した。


 つまり、この仕組みを魔法に応用できれば。

 ……魔法を、破壊できる。

 魔法を使えなくする魔法は、「マジカル・ドレイン」、「マジカル・デリート」があるが、そのいずれも、すでに発動した魔法は防げない。

 「マジカル・ドレイン」はマジカリウムの吸収、「マジカル・デリート」はマジカラーゼの阻害のため、すでに魔法として発現している、ポリマジカリウムには何も作用できないからだ。

 ところが、イオツミスマルの空間では、どうやら、魔法となる、ポリマジカリウムを分解する働きがあるようなのだ。


 簡単に言えば、「マジカル・ドレイン」、「マジカル・デリート」はまだ発動していない魔法を、「ヤサコニ・イオツミスマル」の空間は、すでに発動した魔法を防げるのだ。


 ……だからだろうか。

 ……わかってしまったのだ。

 ヤサコニ・イオツミスマルの切り札は、すべてを終わらせる、滅びのまじない。

まさに、滅びの神器だったのだ。


 これを応用すれば。

 完全に、母様にかけた呪いを解けるかもしれない。

 そして、古から続く呪いを打ち砕く、切り札になるのだろう。


 それだけではない。

 どうやら、時間、空間の座標を合わせれば、その空間同士をつなげることができるようなのだ。

 それは、わたしが五月に魔法をかけることができたことが何よりの証拠だ。

 つまり、これを使えば。

 ……わたしは、母様と、運命の子と、相まみえることが、できるということ。


 もしかしたら、わたしはもう、こちらに戻れないかもしれない。

 体がもたないかもしれない。

 夫と娘、大切な人たちと、二度と会えなくなるかもしれない。

 でも、これはわたしにしかできない。

 わたしが始めたことなのだから、わたしが終わらせなければならない。


 それでも、今はまだその時じゃない。

 今やるべきことは、運命の子、母様のため、呪いを、魔法を打ち砕く、破壊のまじないを見つけること、作り出すこと。

 そして、それがなされた時は……。

 ……わたしは、運命の子と、母様を選ぶ。

 あなた、葉月はづき

 らん成美なるみ

 ……ごめんね。

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