第四話 道

「……それで、なんだい? 話って」


 その日の夜、五月はこれからのことを相談するため、お義母さんに相談することにした。

 それは、進学する高校をどうするか。


「えっと、呪いへの対抗策を得られたので、進路の相談です」

「……それは本当かい?」


 五月は頷く。


「ここでは危ないのでできないですけど、きっちりと魔法を習得でき、十分合格レベルに達しました。これで対抗することができます。記憶を操作する魔法も習得できたので、騒ぎになるのを防ぐこともできるようになりました。……なので、高校への進学した方が将来的にいいと思い、報告と相談をしようと思ったのです」

「……そうかい」


 お義母さんはほっと一息つく。

 ……思えば、不思議なものだ。

 お義母さんをはじめとした、暁家は、もとはといえば源家の家族だったのだ。

 つまり、楓もすごく遠いが、親戚ということになる。

 そのこともあり、お義母さんのことはお母さんとは思っていたのが、本当のお母さんのように思えるようになり、真っ先に相談しようと思ったのだ。


「まあ、あんたが大丈夫というならそうなんだろう。呪いに関しちゃ、それでいい。問題は高校だ。あんたの学力なら十分上のレベルに行けるだろうが、学校に一年以上も行っていないから、内申点は見込めないだろう。しかもあのクズみたいな連中がつける点数だ。ほぼないと考えないといかないわけだが、そうなると公立は厳しいだろう。私立になると思うが、希望はあるのかい?」


 五月の能力だけを見れば、十分上のレベルを狙えるが、その障害になるのは、なにも呪いだけではない。学校に一年以上も通っていないことによるブランク、内申点の低さが特に大きく、五月が通っていた中学校の、教員といえないほどの最低最悪な人間がつける点数なので、ゼロに等しいことが考えられるのだ。

 正直、五月も悩んでいた。


「……かなちゃん、マリリンが通う学校は避けたいです。それと、できればわたしが通っていた、糸川中学校を卒業した人がなるべくいないところがいいですね」

「そうなると、大山おおやまの高校じゃないかねえ。ここら辺の公立高校といったら、一時間くらいかかるゆかり高校くらいだが、当然そこに集中するだろうし、私立なんかよくわからんとこばかりだ。そんなとこに行くよりは、やっぱ大山の高校しかないね。ただ、ここから通うのは時間的に厳しいから、下宿か、寮生活になるね」


 大山市は、五月が住んでいる県の県庁所在地だ。比較的都会の方だが、やはり東京などよりは田舎になる。千渡村からはバス、電車を乗り継いで、二時間くらいかかるので、通うというのは現実的ではない。

 そのため、下宿か、寮生活が考えられた。

 それに、その遠さのため、大山に進学する人は、引っ越しをする人などくらいで、ごくわずかだった。


「……確かに、大山くらいですかね。下宿か寮生活になるのはしょうがないですけど、やっぱり一人で暮らすのは事件に巻き込まれそうなので、寮があるところがいいですね」

「まあ、それが無難だね。危ない輩もいるだろうし。……そうなると、寮があるのは、……」


 お義母さんは最近普及し始めたスマートフォンをいじり、色々と検索する。五月もお義母さんに買ってもらい、「プログラム」によって、様々な魔法を使える、魔法道具に変化させていた。もちろん、五月にしか使えないようにだが。


「……一つ、だね。私立の女子高だ。ここにするかい?」


 お義母さんのスマートフォンの画面を除くと、そこには、青々と茂った木々に囲まれた、緑豊かな赤レンガの校舎が映し出されていた。

 その学校の名は……、「奥州女学院高等学校」。

 キリスト教の学校で、寮生活もでき、大山の郊外ではあるものの、近くには、「クローバー」という、ショッピングモールもあり、お買い物も、外食もそこでできる立地だ。大きな礼拝堂もあり、そこで生徒、教職員が朝の時間一堂に会し、礼拝して一日を始めるようだ。

 中高一貫校でもあり、中学校からエスカレーターで入学する人もいるとのこと。大学もあるので、そのまま進学する人も多いようだった。ほかの大学にも進学する人がほとんどで、優秀な高校といえた。


「……印象は悪くない、むしろ、かなりいいですね。寮はどうですか?」


 お義母さんがホームページ内を探し、画面に部屋、廊下の様子が映し出される。

 白い壁に、木が床、扉など、多くのところに使われていて、とても暖かな部屋のように思える。

 質素だけれど、明るく、落ち着いていて、とてもきれいなところ。

 そんな印象で、……なんとなく、ここがいいな、と五月は思った。

 相部屋なので、より呪いの危険がありそうで不安だが、一応魔法が使えるようにはなっているし、ここ以外にはなさそうなので、気にしないことにした。

 それに、もしかしたら、ズッ友たちと同じように仲良くなれる人がいるかもしれない。

 呪いを乗り越えた暁には、そんな明るい未来が待っているような気がする。

 お義母さんはそんな五月を見て微笑む。


「ここにするかい?」

「……はい」


 五月は頷く。


「わかった。一応、オープンスクールもあるみたいだから、行ってみて決定しよう」

「……わかりました。いろいろ、ありがとうございます、お義母さん」



 ※



「……結構、広いですね」


 大きな赤レンガの門、傍にそびえる木々が訪れるものを出迎え、きれいに整った花壇が正面の赤レンガの校舎へと誘う。その大きさは五月が通っていた中学校の二つ分以上の広さ。さらに両手には、おそらくグラウンドなどにつながっていると思われる道が続いていた。

 中学校、大学も併設されているからその大きさなのかもしれないが、学校というものがこれだけ広いということなど考えたこともなかったので、五月はその迫力に圧倒されていた。

 ここは、私立奥州女学院高等学校。中学校、大学もあるため、単に「奥州女学院」、「女学院」などと呼ばれる学校だ。姉妹校には、「奥州学院」という学校があり、同じく中学校、高校、大学と分かれているようだ。

 今日は、その奥州女学院のオープンスクールに来ていたのだ。


「ほら、突っ立ってないで、受付行くよ」


 お義母さんに促されてようやく歩き出すが、内心五月はびくびくしていた。


(……本当にここって学校なの?)


 心の中で疑問を叫びながらお義母さんと受付に向かう。

 五月は高校の方になるので、その列に並び、資料を受け取る。そして、受付の人から指示を受けたとおりに校舎内に入り、靴を履き替えて、案内されるまま進むと。


「うわあ……」


 思わず感嘆のため息が漏れる。

 そこは、ホームページに載っていた礼拝堂。

 見上げれば、コンサートホールくらいの天井。

 周りを見れば、木の長椅子が、横に数列、縦には一目では数えきれないくらい並んでいる。

 巨大なガラスの壁があり、そこから日の光が差し込んで、堂内を明るく照らす。

 二階席もあり、とても大きい。

 それを、巨大な柱が何本もたって支えている。

 とても広く、開放的な空間。

 そして、真正面をみると、一段高くなっていて、その真ん中には、一つの教卓がひときわ存在感を放って鎮座していた。

 ここに、通うことになるかもしれない……。

 そう思うと、本当にここに居ていいのか疑問に思ったり、それでもこんな立派なところに行きたかったり、複雑な気分だ。

 そのまま席に座り、決められた時間まで待つと、校長の挨拶や、学校の紹介が行われた。

 それを聞きながら、五月は自分が来年ここに居る姿を想像していた。




 その後、授業の光景を見に集団で回ったり、校内を見て回ったり、食堂でカレーを食べたりすることになっていた。保護者は礼拝堂に残り、さらに説明を聞く運びとなっていた。

 まず、授業の光景を見たのだが、ひとりひとり真剣に授業を聞いていて、かなり好感が持てる。中学校の時は授業中にもかかわらずいつもうるさくて、かなりイライラしていたので、こんな落ち着いた環境でいられるのは理想的だ。


 その次に、お昼時ということで、食堂に向かい、カレーを食べた。

 食堂は、ガラス張りの窓が片手側にあって、とても明るい。もう片方は厨房があり、そこで食券を渡して食事を受け取るということだが、今日は直接受け取った。

 学食というものを初めて食べたが、予想以上においしかった。


 最後に校内を見て回ったが、すごくきれいで、居心地が良い感じを受ける。校舎の外からはわからなかったが、どうやらコンクリートで、頑丈にできているようだ。それもいい味を生み出しているように思える。

 椅子や机もいくつかの教室の間にあり、勉強したり、お弁当を食べたり、お話ししたりと、充実した学校生活を送れそうで、もうこの時には、ここに入ろうとしか思えなくなっていた。


 これで今日のプログラムは終わりなのだが、五月はもう一つ、訪れる場所がある。

 それは、寮だ。

 係の先生が寮を見たい人を募っていたので、それに参加する。

 そこは、ちょうどこの学校に入った門とは、反対側にあった。


 赤レンガの校舎とは打って変わって、こちらは何にも染まっていない、白い建物が建っているが、とても落ち着いた雰囲気で、固さは感じない。寮の前にそびえている、立派な桜の木が手助けしているのかもしれない。

 中に入ると、寝泊まりする二人部屋は、白の壁に、ベッド、机、本棚、クローゼットが置かれていて、質素だが、明るい感じの部屋だ。食堂やパソコン室だけでなく、ピアノのある部屋や、キッチンまであり、料理が好きな五月にとっては最高の環境だった。

 こうしてあっという間に時間は過ぎ、オープンスクールはお開きとなった。



 ※




「どうだい、よかったかい?」


 帰る道中、お義母さんに尋ねられる。


「はい。最高でした」


 五月は微笑んでいう。そして、続けた。


「……お義母さん、わたし、ここ受ける」

「……そうかい。あんたのことだから心配ないだろうけど、がんばりな。応援してるから」

「……うん。ありがとう。でも……」


 懸念していたことが五月にはあった。


「いくら進学のためとはいえ、御三家の当主が千渡村を離れるのは……」


 現在の源家の当主は五月だ。

 進学が理由とはいえ、果たして村人がそれを受け入れてくれるか、心配だった。

 しかし、お義母さんは苦笑しながら言った。


「ああ、それは大丈夫さ。あたしが説明するし、なんなら連中はあんたがまた学校に行けるようになったことに安どする気持ちの方が強いさ。それに、あんたの母さんの深月も大学進学の時に村を離れたしね。まあ、そこで衛さんとくっついて村を出るんじゃないかっていう別の不安も出たんだが、そんなのは杞憂に終わって、村に帰ってきたからあんたが今こうしているのさ」


 お母さんが大学に行っていたのは知っていたが、その時にお父さんと出逢っていたのは知らなかったので、五月は内心驚いていた。

 それに、もともと小さな村を出る者は当時は少なかっただろうから、お父さんと一緒になると決めた時には、お義母さんの言うとおり、一波乱が起きたに違いない。

 いずれにしろ、新たな出会いの場であったり、成長の場であったりするのだ。将来村を率いるためにも、日々を大切に過ごさねばならない。

 そのためには、まず勉強しなくては。


「……いろいろありがと。お義母さん」

「気にしないでいい。それよりも、きちんとやり切るんだよ」

「はい」


 その日から、五月の本気で勉強する日々が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る