第三話 手にした希望
「――っ」
低い前傾姿勢のまま、一気に駆け出す。腕を振る。
風が全身を撫で、気持ちいい。あたりの木々も揺れて、蒸し暑いはずなのに涼しく感じる。
傾斜のある中で、しっかりと地面を押すことを意識しながら、五月は走っていた。
ここは、源神社のある山の中。
五月が体を鍛えるために、陸上の練習をしている場所だった。
平らなところではトラックで走る想定で。
今走っている坂では加速や力の加え方などを意識して。
山道ではジョグをする。
山の上ということもあり、自然を生かしながら、あらゆる練習をしていた。
雨が降っているときは、イオツミスマルの中で走っているのだが。
そして、一通りメニューを終えた後は、筋トレをする。
そして、お昼ご飯をとるのが日課になっていた。
「――ふう」
決めていた距離を通過し、徐々にスピードを落とす。
ここで急に止まっては足に負担をかけて怪我の原因になるので、プラスアルファの意味でもある程度駆け抜けるようにしている。
「お疲れ様です。あとは筋トレですよね?」
走り終わった五月に桜空が駆け寄る。
「はああ……、うん、そう……。じゃ、走っていくから、桜空はゆっくり帰ってきて。筋トレ終わったらダウンするから」
「わかりました。行ってらっしゃい」
自分を追い込んで、疲れていながらも、ランニングしながら五月は源家の本宅へ向かった。
……五月が一人で過ごすようになってから、一年が過ぎた。
あっという間だったようにも思う。
その間は、なにも呪いのようなことはなく、平穏そのものだった。
やはり、五月とのかかわりが、皆希薄になったからかもしれない。
それでも暁家、特にゆかりは危ないと思っていたが、オラクルでは危険を感じず、特に何もなかった。
それでも、もしもの時に備えて、五月は体を鍛え、魔法の練習をし、勉強もするという日々を過ごしている。
五月は謙虚なのか、まだまだだと言っているが、去年は陸上のメニューをこなした後は、疲れてしまって本宅へ向かうにも歩いて移動していたので、しっかりと体力がついてきたように思える。
その影響なのか、桜月よりも魔法の上達が早く、より強力な魔法の連射をできるまでになっていた。
また、魔法で呪いに対抗することを想定しているため、周りの人の記憶を操作する、「メモリー・コントロール」という、黒魔法も習得済みだ。
他の魔法では、力を制御する「フォース・コントロール」、空間を制御する「スペース・コントロール」、時間を制御する「タイム・コントロール」といった、様々なものを制御する魔法を使えるようにして、もしもの時には、最大限何も起こらなかったかのように装えるようにしようとしてきた。かなりの負担があるので、まだまだ不十分だが、ある程度使えるようにはなっている。ほかの魔法と組み合わせれば、十分対応可能なほどだ。
それだけでなく、魔法道具の作成も暇な時には行うようになっていた。
例えば、「ネヴァー・ブレイキング・シールド」が発動するリュック、実用的なものでは、勝手に浮いて、ページが変わってくれる教科書など。
この調子だと、もし呪いがあっても、対抗できるかもしれない。
そのように桜空は考えていて、今日は模擬戦をして、テストしようと考えていた。
これに合格すれば、五月の自信にもなる。
それが、五月の未来へとつながるだろう。
やはり、うわべだけの友達だけでも必要だと桜空は思うのだ。
とどのつまり、五月には高校に進学してほしいのだ。
ズッ友とは、確かに関係が深く、呪いに巻き込まれるかもしれない。
そのために一人になったが、今の社会は一人では生きていけない。
人とのかかわりが不可欠だ。
五月はそのかかわりが封じられているが、このままではだめだ。
だからこそ、うわべだけでも関係のある友達が必要だ。
関係が薄いから、呪いもそこまで強くならないだろう。
それは半分願望でもあるが、実際に呪いへ対処できるようになっていれば、乗り切れるはずだ。
そうすれば、桜空の呪いは解け、五月も乗り切れたことでより前を向けるようになるだろう。
やがては、五月の呪いもなくなればいいのだが。
魔法を滅ぼすためにも、桜空はそう願わざるを得なかった。
※
「……と、いうわけで、今日は私と模擬戦をして、五月の実力を確かめたいんですよ」
先ほどまで考えていたことを、いつもの不思議な空間で、桜空は五月に話していた。
それを五月は静かに聞いている。
やがて深呼吸してから口を開いた。
「うん。わかった。確かにこのまま一人だといろいろまずいだろうし。じゃ、いつものだよね?」
「はい。では、今日は私がしますね。……イオツミスマル、『セーフティー・モード』」
その瞬間、不思議な空間を目が眩むほどの光が包み込む。
瞬きするとそれは収まり、いつもの変わらない、暗いのに明るい空間が広がっていた。
これが、「セーフティー・モード」への切り替えだ。
イオツミスマルは、空間を作り出すが、全ての属性の魔法が使うための条件なこともあり、ありとあらゆる空間を作り出すことができる。
その一つが「セーフティー・モード」で、いくら魔法や、物理的な衝撃を浴びようと、傷一つつかない、模擬戦にうってつけの状態なのだ。
この状態で、模擬戦を最近はしていて、より実践的な想定をして練習をしていた。
そして、切り替わったのを確認すると、桜空は手を掲げて号令をかけた。
「では、……始め!」
それを合図に、双方、宙に浮かび上がる。
「フレイム・スピア!」
先に五月が仕掛ける。それを桜空は難なくかわし、手に魔力を込める。
「シャドー・クラスター!」
しかし、それを予想していた五月は、間髪入れずに影の大砲を放つ。それはそのまま分裂し、広範囲に広がる。
「……っ! シールド」
桜空は囲まれてしまい、防御するしかない。
周りに白魔法の盾をとっさに作り、猛攻を防ぐが、風圧が伝わってきて、ただならぬ威力であることがわかる。
……桜月以上だ。
桜空の直感だった。
「ゲート」
その間にも五月は白魔法で移動してしまい、桜空の目の前から姿を消す。
どこだろう?
完全に見失ってしまい、隙を見せてしまった。
「エレメント・ブレイカー!」
背後から迫る魔力の塊。
不意を突かれ、このままではよけられない。
そうなると、移動するしかないだろう。
「テレポーテーション」
その瞬間、桜空は白く輝く大砲の脅威から逃れ、事なきを得る。
今のは危なかった。
白魔法最強の攻撃の魔法、それが「エレメント・ブレイカー」だ。
その絶大な魔力や、衝撃から、もしこれが直撃したら、普通なら即死してもおかしくないほどの威力だろう。
すでに、五月はかつての桜空や桜月と肩を並べる、もしくはそれ以上の魔法を操れるようだ。
このままではやられる。
そう直感する。
まずは防戦一方の状況を打破しなければならない。
「ライトニング・アロー」
光の矢が五月へと放たれる。それに動じず、五月は振り向くと、その手に魔力を集めた。
「リフレクション!」
すると、白い壁のようなものが現れ、「ライトニング・アロー」が直撃するが、壊れることはなく、桜空の方へと反射される。
それを桜空は横へ飛び込んで躱すしながらも、五月の魔法に舌を巻く。
「リフレクション」は、相手の魔法を跳ね返す白魔法。ただ、魔力量が十分でないと、跳ね返せず、貫通されるという、難しい魔法でもある。
それを難なく成功させたのだ。練習をしていたとはいえ、実戦でいきなり成功するのはさすがというべきか。
ただ、仮にもテストなので、いつまでも不利な状況のわけにはいかない。
桜空は、攻勢を強めようと、魔法を連射した。
「フォトン・クラスター」
先ほど五月が放った「シャドー・クラスター」の黄魔法版をお返しする。五月はあっという間に逃げ場を失ったかのように思えるが、またしても「ゲート」で難を逃れる。
「アナライズ」
その行方を探そうと、桜空は魔力の流れを調べながら、魔力を手に集中する。
「……そこ! サンシャイン・ブレイカー!」
そして、五月が現れたであろう場所に、自分が使える魔法で一番強力な黄魔法を放つ。
それは、かつてマスグレイヴの軍を、一発で壊滅させ、撤退に追い込んだ強大な一撃。
数百メートルにも及ぶ巨大な光の大砲が五月に向かっていく。
「……エレメント・ブレイカー!」
しかし。
それを予期していない五月ではなかった。
あらかじめ、魔力を手に集めていたのだ。
負けじと白く輝く大砲を放つ。
それは桜空の「サンシャイン・ブレイカー」の威力に匹敵し、その二つが激突する。
その瞬間、轟音を上げながら、衝撃が辺りを駆け巡る。
もし周りにビルがあったら、その窓ガラスはすべて粉々に砕け、木々があったならば、全てなぎ倒されるほどの威力だっただろう。
しかし、その二つの大砲は互いに拮抗し、なかなか均衡が崩れない。
桜空は、両手で魔力を放ち、押し切ろうとする。
己の中にある魔力を、全てぶつけないと、貫かれると思ったのだ。
全力で行かないと、勝てそうにないほど、五月の魔力はすさまじかった。
そして、次第に五月の大砲が飲み込まれ、桜空の大砲が直撃する――。
そう桜空が思った時だった。
「いっけー!!」
五月の叫びとともに、絶大な魔力を送られた五月の大砲が息を吹き返すどころか、桜空の大砲を飲み込み。
「……あ」
あっという間に、桜空はその直撃を浴びてしまったのだった。
※
「……参りました」
完敗だった。
桜空は、まさかこれほどまで五月が成長しているとは思わなかった。
最初はテストのつもりで様子を見ようと考えていたが、本気でやらなければ相手にならなかった。
しかも、最後には必殺の一撃が完膚なきまで打ちのめされるくらい、五月の魔力が凄まじかった。
「大丈夫? 一応セーフティー・モードだったから、傷一つないけど、気絶しちゃったから」
五月は気遣ってくれるが、余計に差を感じて、落ち込みそうになる。
「ああ、気にしないでください……。一応、テストだったので……」
想像以上だった。
天と地ほどの差を痛感した。
それに、桜月以上の魔法を操っているのに、全然疲れた様子を見せないのだから、魔力量も半端ないのだろう。
間違いなく、最強の魔法使いだ。
これなら、きっと……。
「五月、……合格、です」
大丈夫だ。
今の五月なら、呪いに対抗できる。
そう確信できる実力だ。
「本当!?」
五月はまだ不安なのか、確認してくる。
桜空は、苦笑しながら言った。
「本当です。こんなに魔力が強くなってるなんて、思いもしませんでした。正直言って、五月以上に強い人に会ったことがないです。これなら、呪いに対処できるはずです」
そして、満天の笑顔を浮かべる。
「おめでとうございます。安心して、高校に行けますよ」
その瞬間、五月は目頭が熱くなるのを感じた。
高校に行ける。
当たり前のことに、ようやく至れる。
普通の人と同じように。
まだ呪いを解いたわけではなかったけれど、ようやく、それに打ち勝てるかもしれない武器を持つことができた。
それはつまり。
もう一度、ズッ友と、裕樹と一緒に歩めるかもしれないこと。
まだ実際に対処したわけではないので、しばらく先のことになるとは思うが、もし対処できれば、それは叶うのだ。
希望が見えてきて、とてもうれしくて、思わず五月は涙をこぼした。
「……ありがとう、桜空」
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