第二十六話 運命

 母様を見つけたが、茫然とすることしかできなかった。

 そこで見たのは、次々と人を殺していくさま。

 それも、以前は仲が良かった村人だった。

 それを、吐き気を催すような方法で殺め続けていた。

 そのせいか、母様の周りは血の海で、川のようになっていて、遺体と思えるものが流れている。


 ……止めなくては。

 そう思って、母様に声をかけると。

 獲物を見つけた猛獣のような冷笑を浮かべて、わたしに振り返るや。


「ライトニング・アロー」

「……っ!」


 母様が最も得意とする、黄魔法の攻撃。

 一瞬でわたしに迫り、普通ならば永遠の闇にのまれるような一撃。


「シャドー!」


 それを、すんでのところで影に乗って躱す。

 わたしが最も得意とする魔法――すべてを漆黒の闇に染める、黒魔法で。

 わたしが立っていたところからは、轟音が聞こえた。


 ……思えば、不思議なものだ。

 この状況では、母様の方が黒魔法を使いそうなものを、全てを明るく照らす、黄魔法で村人を蹂躙するなんて。

 これは、運命のいたずらなのだろうか。

 リベカのころから永遠に続く、呪いなのだろうか。

 よくわからない。

 でも、運命だろうが何だろうが、母様を止めなくてはならない。

 ……再び、幸せになるために。


「シャドー・バインド!」


 地面に着地し、影を使って母様を捕らえる。

 母様は脱出しようともがくが、影のせいで動けない。

 わたしはこのまま、「マジカル・ドレイン」を使って、無力化させようとした。


「バニッシュ」


 しかし、母様は黄魔法で目が眩むほどの強烈な光を放つと、影を消滅させてしまった。


「やっぱり、簡単にはいかないよね……」


 思わず歯ぎしりする。

 いくら暴走しているとはいえ、かつては天才とされた魔法使い。

 拘束しただけでは、簡単に脱出される。

 つまり、疲弊させるか、気絶させるかしかない。


 ……それでもだめだったら。

 殺す、しかないのか。

 わたしの手で。

 大好きな、母様を。

 父様を失って、母様まで失うのか。

 そんなの、耐えられるはずがない。

 想像するだけで、身が引き裂かれそうだ。


 やるしかない。

 そもそも、母様に敵うかすらわからないのだ。

 だとしたら、殺せないと思うしかない。

 それでも、全力で止める。

 わたしも生きる。

 そう自分を奮い立たせ、再び仕掛ける。


「シャドー!」


 今度は無数の影が母様に襲い掛かる。

 先ほどのような、捕まえるだけの生半可なものじゃない。

 それこそ、……殺すかも、しれないものだ。

 それでも、こうしないと、通用しない。

 これでも、母様は死なない。

 だから、わたしは追撃の準備もした。


「バニッシュ」


 案の定、激しい光であっという間にわたしの魔法の影が防がれる。

 それどころか、わたしの方にも迫ってくる。

 その威力の違いに、打ちのめされそうになるが、歯をくいしばって耐える。


「イオツミスマル!」


 神器を使って、結界を作り身を守る。

 大きな音はするが、やはり神器の魔法は強力で、わたしに攻撃は届かない。

 そして、一気に攻め立てようとした。


「シャドー・トルネード!」


 連発できる魔法では、かなり強めの魔法だった。

 黒魔法ではあるが、赤、青魔法の複合魔法「トルネード」の要素が強い魔法。

 それが、「シャドー・トルネード」だ。

 影の竜巻が幅数十メートルほどの規模で、雲まで届くほどまで巻き起こる。

 轟音が響きながら、母様が巻き込まれる。

 そのまま姿が見えなくなり、魔法が成功したと思った。

 これが好機だ。


「マジカル・ドレイン!」


 そう思い、再び母様を無力化しようと、竜巻に向かって放つ。


「フォトン・トレント」


 しかし、竜巻の中から光の激流が巻き起こり、あっという間に竜巻を打ち消してしまう。

 そのままあっという間にわたしのすぐ目の前まで迫る。


「……っ! イオツミスマル!」


 とっさにイオツミスマルを使って防ぐ。


「きゃあ!」


 しかし、とっさに使ったためか、十分に衝撃を抑えられない。

 そのまま、吹き飛ばされてしまい、わたしの体は地面を転がる。


「ぐぁ……」


 全身に鈍い痛み。

 特に、最初の地面との衝突で、変に腕をついてしまい、あまりの痛みで呻いてしまう。

 ……それに。

 先ほどから、体が重い。

 寒い。

 いつもならありえないほどの早さで、魔力消費性疲労症のような症状が出る。


 まずい。

 このままでは……。

 しかし、母様の方から巨大な魔力が渦巻くのを感じ、そちらに顔を向けると。


「……あ」


 母様が、とどめを刺そうと莫大な魔力を集めている。

 これは、母様の最強の矛。

 たった一人で、敵軍を壊滅させた……。


「サンシャイン・ブレイカー」


 黄魔法最強の魔法。

 空気を震わし、轟音とともに迫ってくる。

 魔法を使えたとしても、この体では、防げない。

 イオツミスマルでも、先ほどの繰り返しで、また体が転がって、衝撃に耐えられないだろう。


 ……ああ。

 わたし、死ぬんだね……。


 今までのことが一瞬のうちに頭の中を駆け巡る。

 小さいころ母様と、父様と、家族みんなで過ごしたこと。

 蘭と遊んだこと。

 魔法を使えたこと。

 母様と特訓したこと。

 その一つ一つが、皆大切な思い出だ。

 それが、こんなにもあっさりと……。


 思わず目をつぶる。

 その時だった。

 最後に、母様が教えてくれたことが頭に浮かぶ。


 ……もう、これに頼るしかない。

 だから、わたしは。

 古からの戒めを。


「……ライジング」


 破った。

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