第二十五話 サクラの祟り

 ……今でもあの時のことを思い出す。

 魔法を使っていればよかった。

 わたしたちは追い込まれていたといっても過言ではないのだから。

 今でも、そう後悔している。


 ……村人がわたしたちの家に襲撃してきて、わたしに不意打ちして、わたしは気を失ってしまった。

 今思うと、母様がいないことがわかっていたのだろう。

 わたしさえ捕らえれば、病気の父様はたやすく手に落ち、簡単に殺せる。

 領主がすべて糸を引いていたのだから、なおさらだ。


 ……ただ、それは、「普通の人」であれば成功していただろう。

 実際には、母様は領主の手から逃れ、拷問を受けていた成美を救出。

 結果的に私は助かった。

 でも、遅かった。


 ……父様が、死んでしまった。

 そして、母様は、あの事件を起こしてしまった。

 どのくらいたったかはわからない。

 わたしは目を覚ましたが、村が火の海になっていた。

 現実感がなかった。

 でも、生まれ育った、大好きだったはずの村は、もうそこにはなかった。


 それでも。

 わたしがやるしかなかった。

 母様を止められるのは、わたししかいないから。

 それに、これ以上、母様を人殺しにさせたくなかった。


 ……だけど、母様に敵うかわからなかった。

 かつて天才とされたその実力は他を圧倒するもの。

 神器を使ってだけど、一人で敵軍を撤退させたと聞く。

 一方のわたしは戦闘経験などなく、母様に教わっていた身。

 いくら母様に驚かれるような素質があろうとも、素人同然だ。


 だから、わたしはまず宝物殿へ行き、イオツミスマルを回収することにした。

 その後で、叔母様たちを救出する。

 みんな、無事。

 ほっとするが、それでも父様も無事だったらと願わずにはいられなくて、複雑な気持ちだった。

 そのとき、事情を聴かれた。

 でも、時間がない。

 わたしはあいまいに笑ってごまかして、急いで母様の元へ向かった。


 ……それでも、迷いがあった。

 殺したくなかった。

 わたしを自分のことのように大切にして、愛してくれていて、幸せだったのに。

 わたしも、大好きだったのに。

 だから、母様を鎮めるしかない。


 そして、もう一度。

 父様の分まで、母様の大切な人の分まで。

 絶対に、幸せになろう。

 もう、誰一人かけることなく。

 わたしはそう決意して、イオツミスマルに「コネクト」を使った。


 ……それは、願いでもあった。

 今でもそう願っている。

 そして、その願いは……。



 ※



 ああ。

 なんて馬鹿だったんだろう。

 こんな簡単なことだったのに。

 ――皆殺しにすれば、朝日を失うことはなかったのに。


 もう、どうしようもない。

 ならば、せめて。

 こんな目に遭わせた奴らを、殺してやろう。


 それが多分、朝日への償い。

 それ以外、考えられない。

 何も感じない。


 先ほどの「プロミネンス」で、無事だった村人が逃げまどっていた。

 それは、地面を動き回るアリのようで、とても目障り。

 私たちをこんな目に遭わせた恨みもあって、余計に腹立たしい。

 私は黒い感情に支配されていて、そいつらを殺すことしか考えられなかった。


「ライトニング・アロー」


 走って逃げている奴がいたので、黄魔法の矢を放つ。

 そのままそいつの体を貫き、そいつは倒れる。

 動くことはなく、紅いものを垂れ流すのみだった。

 血の臭いが漂い、私の心は歓喜に震える。

 それは、麻薬を打ったのではないかと思うほどの快感だ。


 ……もっと、もっと。

 まだ、足りない。


「ライトニング・カッター」


 黄魔法のナイフを、大量に作る。

 それを、一気に逃げ惑う大勢の虫けらどもに放つと。

 次々と悲鳴が聞こえる。

 連中は体を刻み込まれ、細切れになる。

 大量の血が流れ、まるで川のよう。

 地面の傾斜に乗って、体の欠片一つ一つを巻き込んで流れていく。


「……ふ、ふふふ」


 その光景に、目を奪われる。

 まるで、見世物小屋のようだ。

 連中は、その見世物の演者で、私の笑いを取ってくれるのだ。

 血の臭いがさらに掻き立てる。


「あーはっはっはっは!!」


 愉悦に浸り、笑いを抑えられない。


 どうだ!


 これが天罰だ!


 私から朝日を奪った報いだ!


 自らの罪業を悔いるがいい!


 そして苦しんで、そのまま死ね!!


 私は目に着いた人を一人残らず殺していく。

 機械的に。

 もう、理性なんかなくて、狂気に満ちていた。


「……」


 そこに。


「もう、止めませんか」


 一人の声が響いた。


「……母様」


 ……その時、それが誰だったか、私にはわからなかった。

 たとえ、その人が私にとって大切な、それこそ命よりも大事な人だったとしても。

 だから、私は。

 その子に振り向いた。

 狂気に染まった笑みを浮かべたまま。


 そして。


「ライトニング・アロー」


 轟音が響いた。

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