第十八話 闇夜の目覚め

 カン! カン!

 青々とした晴天の下で、軽やかに、一定のリズムで鳴り響く。


「……っ」


 二人は、舞い落ちる羽に必死に食らいつく。

 カン! カン!


「あ……」


 しかし、いつまでも続かない。


「ああ……」


 桜月が空振りをしてしまう。

 今の勝負は、桜月の負けだった。


「はあ……、負けちゃった。蘭ちゃん強いよ……。わたしより年下なのに」


 肩を落として悔しがっている。


「よっしゃ! 勝った!」


 一方の勝者は、菊の娘のらんだ。桜月よりも年下ではあるが、なかなか運動ができる子で、何回もこの勝負をしているが、勝敗は五分となかなか健闘していた。

 二人が遊んでいたのは羽根つきだ。従妹ということもあり、それ以外にも様々な遊びを二人でよくしていて、とても仲がいい。


「ああ! もう! 今度は負けないんだから! 蘭ちゃん、もう一回やろ!」


 お互い負けず嫌いだということもあり。


「いいよ、お姉ちゃん! また勝つんだから!」


 何回も、何回も同じ遊びを続けている。


「怪我しないようにね」


 私は二人に声をかける。


「大丈夫ですよ、母様。わたしたち、それくらいわきまえています」


 はにかみながらすっとぼける桜月に、思わずため息をつく。


「……そう言ってよく転んで、服を汚すのはどこの誰なのでしょうね?」


 その言葉を聞いて、桜月の顔が青くなる。


「え、えっと……。あはは……。け、怪我はしてないよ。母様……」

「怪我していないからって、いいわけではないでしょう」


 いつもの言い訳に、呆れ半分である。


「まあまあ、子供は遊ぶのが仕事なんだから。思う存分あそばせようよ、桜空」


 菊のとりなしで、私はこれ以上言うのをやめることにした。


「はあ……、注意しなさいよ、二人とも」


 二人は元気に駆けて行って、再び羽根つきを始めた。

 それをまた眺める。


「……なんかあっという間だね、桜空」

「……うん」


 菊の言葉で、穏やかな日々に思いをはせる。

 桜月が歩いたり、喋ったり、菊や朝日と過ごしたり、村人と農作業したり、神社の仕事をしたり。

 普通の女のような、愛しい日々を送っていた。

 それは、風のように過ぎていって、もう、桜月が生まれてから、十二年だ。


「……こんな日々が、ずっと続けばいいな」


 思わずそう漏らす。


「……桜空」


 菊は、複雑な気持ちに違いない。

 私の過去を知っているのだから。

 ある日突然、日常が崩壊した。

 だからこそ。

 ……今の幸せがある。


「大丈夫だよ、桜空」


 菊は私の手を取る。


「あんなに大変な目に遭ったんだもん。最後まで幸せじゃないと、桜空がかわいそうでしょ? 神様はそんなにいじめないよ」

「……そだね。ありがと、菊」


 感傷に浸っていたせいだろうか。

 目から熱いものが流れるのを感じる。

 私の幸せを願ってくれる、親友であり、家族でもある菊の存在が、とてもありがたかった。


「あっ……」


 桜月の声。

 私と菊はそちらに顔を向ける。

 そして。


「あ、桜月」


 その幸せは。


「……え?」


 少しずつ、ひびが入っていった。




 音はなかった。

 ただ、静かに「それ」は姿を現した。

 ……転んだ桜月を守るように。

 ――黒い影が。

 転んだ瞬間、布団のように桜月の体を支える。

 体勢が整うと、何事もなかったかのように消える。

 それをただ茫然と、その場にいた四人は見つめていた。



 ※



 ――これが、わたしが初めて魔法を知った瞬間だった。

 母様が運命の子――五月に話しているのを聞きながら振り返る。

 オラクルを通じてみているので、気づかれることはない。


 その時までは、わたしは普通の村娘だった。

 みんなと一緒に遊んで、田畑や神社の仕事、家事を手伝って。

 今思い返してみると、幸せな毎日だった。

 ただ、当時はそんなことに気付くはずはなかったのだけど。

 それに、それからの日々も、わたしは楽しかった。


 でも、その時の母のことを、そして、が背負った運命のことを思うと……。

 古から続く、不幸への入り口であり、――わたしが、リベカが思う、終焉への入り口だったのだ。

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