第十九話 闇への誘い 前編

 ……どれくらいの時間が経っただろうか。

 わからない。

 永遠のようにも、あっという間だったようにも思う。

 その間、全てが凍ったかのように、音が消えた。


 ……魔法だ。

 そう思った。

 桜月が、魔法を使ったのだ。

 私が当たり前のように使っていたからわかる。

 それに、桜月は、私の血を――バノルスの、ガリルトの血を引いているのだから、魔法に目覚めるのは当然で。


 幸せに浸っていて、その可能性を考えもしなかった私が信じられなかった。

 魔法がないこの地で、その力に目覚めることの危うさに気付けないなんて。

 しかも、黒魔法だ。

 あの黒い影は、黒魔法で間違いない。


 初めての魔法は、本人のマジカラーゼ活性が最も強いため、発現したものと言え、得意なものとなりやすい。現に、私も最初は黄魔法が使えて、戦では軸としていた。

 ただ、初めての魔法はマジカラーゼが未発達ということもあり、単純な魔法となるのが基本だ。

 それなのに、桜月は黒魔法を使った。


 黒魔法は、赤、青、緑魔法の複合魔法と言える。つまり、最初から複雑な魔法を使えるだけの体ということだ。

 それだけに、初めての魔法が黒魔法なのはごくまれだ。しかし、多くの場合、多大な魔力に負け、制御できず……。

 魔力暴走症をおこして、惨劇を起こす。


 背筋が寒くなる。

 娘が、災いの種になるかもしれない。


 ……私のせいだ。

 私の、バノルスの、ガリルトの血を引くせいだ……。

 頭の中が白くなりそうだった。


 ……落ち着け。

 深呼吸する。

 ……。

 ……よし。


 考えろ。

 どうすればいい?

 絶対に暴走させてはならない。

 そのためには、桜月に制御させなくてはならない。

 ……それは、桜月に、魔法を教えるということだ。


 魔法がないこの地で、果たしてそのようなことをしていいのだろうか。

 魔法を知らなくては、桜月が危険な存在になるのではないだろうか。

 制御できれば、もしもの時に対抗できるのではないだろうか。

 ……私のような悲しみを、味わわなくて済むのではないだろうか。


 私は悩む。

 でも、一人で決めるわけにはいかない。

 みんなと相談しなくてはいけない。


「……菊」


 私の一言で沈黙が破られる。ようやく、時間が流れる。


「……なに、桜空?」


 私は菊に向き直る。


「……話があります。今日の夜、いいですか……? みんなで相談したいことがあるのです」

「……わかった」


 心なしか、菊の顔が青く見える。


「何話して……」

「うるさい! 黙ってなさい!」


 何も知らない蘭が無邪気に声をかけてくる。それに、思わず菊は強く返してしまう。


「うっ、うう……」


 蘭は目に思いっきり涙をためる。

 それを見て、菊はハッとしたように目を見開いて、蘭を固く抱きしめる。


「ごめん! ごめんね……!」


 そのまま二人はしばらく泣いていた。

 私と桜月は、立ち尽くすことしかできなかった。



 ※



 辺りが静まり返った漆黒の夜。

 私は、朝日、菊と一緒に、神社の方の家、つまり私、朝日、桜月が住んでいる家に集まっていた。

 明かりは一応つけているが、どこか薄暗い。


「……以上が今日の昼に起きたことです。ここまでで何か聞きたいことは?」


 私はみなを招集したものとして、桜月が魔法を使ったこと、そのうえで相談したいということを説明した。


「桜月……」


 朝日の呟き。

 将来への不安、悲しい運命を背負った桜月への嘆きのように聞こえた。

 沈黙が流れる。

 張り詰めた空気が漂っている。


「……桜空はどうするつもりなのですか?」


 朝日の質問に、菊も乗りかかる。


「そうね。魔法に関しては、桜空しか知らないし。何か、策を考えているのでしょう?」


 私だけが、かすかな光のように思うのだろう。桜月を救いたいという思いが痛いほど伝わってくる。


「……はい」


 私の言葉に、二人は固唾をのむ。

 その二人の思いに沿えるかは、わからなかった。

 それでも、やらなければならない。


「……桜月の魔力を抑える道具――魔法道具を作ります。また、自力で制御できるように、魔法を教えます」


 二人を見る。

 認めてもらえるかわからなかった。

 私の提案は、桜月に魔法のことを、私の過去を、自らの生い立ちを、危険を、突きつけるものになるのだから。


「……魔法道具だけではいかないのですか?」


 だからこそ、朝日の疑問は当然だった。

 しかし、私は首を振るしかなかった。


「……いつまでも魔法道具に頼るわけにはいかないです。壊れるかもしれませんし、限界を超えるかもしれませんし、魔法道具の魔力が尽きてしまうとそもそも使えませんから。

 魔力が強い私の血――バノルス、ガリルトの血を引いていますから、なおさらです。

 それに、もしもの時に備えて、魔法を使えた方がいいかもしれないと思います。……私のような後悔を、してほしくない」


 私は魔法を使えなかったことで、幸せをいったんは失った。

 それでも幸せをつかめたが、そう甘くないはずだ。

 やれることは、やっておくべきだ。

 そう思って言った。


 二人は私の悲しみを知っているからだろう、沈痛な面持ちで聞いていた。

 二人が一定の理解をしてくれているようではあったが、桜月のことを思うと、複雑な気持ちだ。

 災いの種であること、母親の出自。ほかにもいろいろあるだろう。そのすべてを、たった十二歳の子供に背負わせるのだ。


 それも、私の血を引いているせいだ。

 こんなにも自分の運命を恨んだことはない。

 もし、私が普通の女だったら――。

 こんなにも、理不尽な運命に振り回されることはなかっただろう。

 それでも、立ち向かうしかないのだ。


「……わかりました」


 やがて、朝日が首を縦に振る。


「仕方ない、としか言えないのが情けないです。ですが、これは桜空と桜月にしかどうにもできないことです。……くれぐれも無理だけはしないでください。

 菊も、それでいいね?」

「……うん」


 涙ながらに菊は頷く。


「……ありがと、朝日、菊」


 私は、桜月の魔法道具の考案を始めた。



 ※



 魔法道具にはあまり詳しくはない。

 ただ、研究者だったこともあり、一般人よりは知識があった。

 そもそも魔法道具とは、魔力が込められた道具のことで、ポリマジカリウム(種類は関係なしに)を感知することで魔法が発動する。

 つまり、普通に魔法を使おうとする感覚で魔法が発現する道具ということだ。


 作り方は、白魔法の「プログラム」を使って、指令として特定の魔法を道具に書き込むようなイメージで魔法道具ができ、魔力を込めれば使えるようになる。その際、複数の魔法の入力も可能だ。

 また、魔法道具に込められた魔力が消費されて魔法が使われるわけだが、当然どんどん魔力が減っていき、ついには魔法を使えなくなってしまう。その場合、魔力を補充することで、再び使えるようになる。もちろん、魔法の発動には、それに見合っただけの魔力量が必要になる。

 これが魔法道具の概略だ。


 ただ、「道具」というくらいなのだから、魔力の依り代となる道具が必要となる。

 これには不安があった。

 桜月の場合、普通の人間だと周りからは思われているので、日常的に使うものを魔法道具にする必要があるのだ。やはり不審なものを身につけさせて、肩身の狭い思い、もっとひどいときは、領主などに処罰されかねない状況に追い込むわけにはいかない。


 そう考えると、普段から身に着ける、服がいいのではないだろうか。私たちの家は神社でもあるので、巫女服ということでもいいかもしれない。時々でもマジカラーゼの活性を抑えれば、魔法は発現しないので、ちょうどいい。

 朝日と菊に相談すると、やはり服がいいということで、私は作成に取り掛かった。


 ……娘の服を手作りするのは、普通の母親のようで普段なら幸せだと思えるのが、悲しかった。

 それでも、決めたことだから。

 どのような魔法を付加すればいいのか考えながら作る。


 まず、魔力を抑える魔法が必要だ。

 ただ、これは一番重要な魔法でありながら、かなり困難なことだった。

 そもそも、魔力を操作する魔法は、かなり希少なのだ。


 どのような魔法が考えられるかというと、魔力量を増やしたり減らしたりするもの、魔力の感受性を高めたり低めたりするもの、魔力を作りやすくしたり作りにくくしたりするものなどだ。また、魔力は、「魔臓」と呼ばれる、肝臓にくっついているようなごくごく小さな臓器で作られるため、魔臓にどのように働くかも考慮すべき問題である。


 ただ、この魔臓を障害すれば魔力は作られなくなるが、体の一部を機能させなくするため、思わぬ副作用をもたらす可能性があり、魔臓の障害で魔力を操作するのは危険だと考えられる。

 そのため、魔力に作用する魔法が最有力といえる。


 その中で私が知っている魔法は、私が使っている、黒魔法の「マジカル・ドレイン」という、魔力を吸い上げて使用者が吸収する魔法、ノア派の長であるユダが使ったとされる「マジカル・デリート」という、魔法を発動させなくする魔法、そして、禁忌とされる魔法の一つである、白魔法の「ライジング」という、身体能力を向上させたり、魔力を増強したりする、いわば火事場の馬鹿力のような魔法の三種類のみ。


このうち「ライジング」は、魔力の上昇になる上にかなり危険なので考慮すべきではないため、「マジカル・ドレイン」、「マジカル・デリート」の二択になる。


 しかし、私は選択のない余地はないと思っていた。

 選ぶべきなのは、「マジカル・ドレイン」だ。


 そもそも、「マジカル・デリート」は、呪文だけ実際に聞いて、リベルに効果を聞いただけで、安全なのかどうかわからないし、魔法を使えなくするというのだから、魔臓に悪影響がある可能性があるから、危険なものだと思った。


 一方の「マジカル・ドレイン」は、強度さえ高めれば魔法として発現する前の、マジカリウムの状態の魔力も吸収できるし、体外からの魔力の吸収ができるので、最適な魔法だといえた。私が以前したように、体内から無理やり吸収することもできるが、何かのトラブルでそうなったとしても軽度の魔力消費性疲労症になるだけなので、安全性は高い。魔法道具の方に魔力をためるようにすれば、魔力の枯渇も防げる。


 ……決まった。

 「マジカル・ドレイン」を付与した服の魔法道具を作る。

 その日から、毎晩、私は新しい魔法道具の作成に追われることになった。

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