魔法物理学総論 サラファン・トゥルキア・バノルス著

 始めに、魔法を学ぶ者たちに、心に留めておいてほしいことがある。

 多くの人がご存じの通り、魔法の使い過ぎは、体に負担をかける。それは、軽微な症状にとどまらず、意識不明や暴走など、重篤な症状を引き起こすこともある、極めて危険なものだ。それは、ここ数代の王の短命さ、子の少なさからも明らかだ。


 しかし、今日のバノルス王国では、マスグレイヴ帝国の脅威が日に日に増している。いくらマスグレイヴ帝国の魔法文化がバノルスよりも大きく遅れているとはいえ、それはバノルスの科学技術にも当てはまり、マスグレイヴ帝国からの防衛のほぼすべてが魔法に依存している状況だ。その中で、次代を担う、私も含めた若者は、最低限魔法の技量を維持しないと、マスグレイヴ帝国から、バノルス王国を守り切ることはできないだろう。もしバノルス王国が敗れた場合、ガリルト神王国も滅びてしまいかねない。


 つまり、危険な魔法ではあるが、ガリルトを、家族を、友を、恋人を、そして日常を守るためには、必要不可欠なのだ。


 しかし、恐れることはない。

 これまで、バノルス王国は何度も対峙してきたが、そのたびにマスグレイヴ帝国を討ち、国を守ってきた。たとえ苦戦しようとも、我ら王家の者が、魔法、神器をもって、敵国を壊滅させてきた。

 国民の皆とともに、王家も国を、ガリルトを守ってきたのだ。

 国民の皆で手を取りあえば、一人一人の負担が減り、さらに敵から身を守る術になる。

 もしもの時は、王家が矛を向け、国を、国民を、ガリルトを守る。


 これまでもそうして守ってきたのだ。

 だから、安心して学んでほしい。

 そして、栄えある王国の未来のために、尽力してほしい。

 それが、私の願いである。






 そもそも魔法とは何なのだろうか。

 神であるガリルトから魔法を授けられたとされているが、化学的に説明できる。

 人は、食事をして、栄養素を吸収する。その栄養素が、エネルギーになったり、体を構成したりするのだが、その際、「魔臓」という臓器で産生される、マジカラーゼの触媒作用や、エネルギーにより、「マジカリウム」という物質になることがある。


 マジカリウムは、魔臓に貯蔵される。それを排泄することで、外界に、わずかに影響を与えることができる。これを、「魔力を流す」、あるいは、「魔力を放出する」と表現している。ただ、通常この状態では、魔法を使うまでには至らない。


 しかし、マジカリウムの排泄の際、エネルギーや、マジカラーゼの触媒作用により、「ポリマジカリウム」を産生して、その状態で排泄される経路が主流だ。ポリマジカリウムの状態で排泄されることで、「魔法」として、外界に影響を与えられる。

 また、マジカラーゼの種類により、産生されるポリマジカリウムも異なる。その違いにより、発現する魔法も異なる。


 私が分類した、「魔法自然説」という分類法では、自然の現象や、マジカラーゼ及びポリマジカリウムの種類により、大きく、六種類に分かれる。

 火属性とも呼ばれる、「赤魔法」、水属性とも呼ばれる、「青魔法」、緑属性とも呼ばれる、かつての緑魔法と土魔法を総称した「緑魔法」、光属性とも呼ばれる、「黄魔法」、闇属性とも呼ばれる、「黒魔法」、それら以外の、「白魔法」と分けることができる。ほかにも、これらの魔法を組み合わせた、「複合魔法」と呼ばれるものも存在する。また、複数の魔法を同時に使用することを、「並行魔法」と呼ぶ。


 さらに、人により、発現するマジカラーゼの種類は異なる。

 つまり、使える魔法の種類が異なるのだ。これを、「適正」と呼ぶ。

 マジカラーゼを持たない者もいれば、複数の種類を持つ者もいるため、魔法を使えなかったり、様々な種類の魔法を使えたりする。ただ、その属性のすべての魔法を使えるとは限らない。同じ種類のマジカラーゼでも、さらに細かな違いもあり、それが、適性の魔法があってもそのすべてを使えないことにつながる。


 この適正について、黒魔法は、赤、青、緑魔法の適性がない限り、適性を持つ可能性はない。これは、黒魔法の作用を示すポリマジカリウム、マジカラーゼが、赤、青、緑魔法のポリマジカリウム、マジカラーゼの特徴を、兼ね備えているためである。そのため、黒魔法は複合魔法と言え、使用者はかなり少ない。反対に多いのが、赤魔法、青魔法で、それに緑魔法、白魔法、黄魔法、そして、黒魔法と続く。


 また、「マジカリウム」、「ポリマジカリウム」は魔法の発現やその強さに影響するため、「魔力」とも呼ばれる。この魔力を消費するたびに、少なからず体に負担をかける。その結果として起こる疲労や、発熱、疲労倦怠感などの症状を、「魔力消費性疲労症」と呼ぶ。最悪の場合、死に至るとされ、バノルス王家が短命なのは、魔力消費性疲労症が引き金になっているという説もあり、私も、この説を支持している。また、魔力が不完全だったり、魔力消費性疲労症が重篤化したりすると、我を忘れてしまい、狂乱してしまう、「魔力暴走症」がある。たいていは魔力が尽きて倒れ、沈静化するが、詳しいことは不明だ。


 魔力は、マジカラーゼの活性の強さにより、より多く産生したり、少なく産生したりする。そのため、マジカラーゼを弱める酒などを飲むと、魔力は低下し、最悪の場合、魔法を使えなくなる。反対にマジカラーゼを強めると、魔力は増加し、強力な魔法を使えるようになる。マジカラーゼの活性を強めるには、成長したり、魔力を放出したり、魔法を使ったりすることで、マジカラーゼの量が増えて、結果的にマジカラーゼ活性が増強する。しかし、魔力の増加には効果はあるものの、体に負担をかけるため、魔力消費性疲労症などになる可能性があり、注意が必要だ。


 魔法の使用により、魔力を消費して、体に負担をかけるため、魔力消費性疲労症は、魔力が強い人ほど、魔力が少ない人ほど、強力な魔法を使うほど、なりやすいといえる。なお、強力な魔法は、上級魔法と呼ぶ。

 また、魔法を使う際、手を振ったり、杖を使ったりするが、そうすることによって、魔力を効率的に集めることができ、無駄をなくせ、魔法を楽に使えるようになるためだ。


 イメージしながら呪文を唱えることで魔法を使うことが多いが、実際には、イメージだけでも魔法を使える。イメージや呪文によって、発現するマジカラーゼが調節されて、使う魔法の種類や、その強さが決まり、結果としてポリマジカリウムが産生して、魔法として発現する。単純な魔法ならば、ほぼ呪文を唱えることで、呪文がイメージの補助にもなるので、その魔法を使える。しかし、複合魔法や並行魔法などの複雑な魔法や、強力な魔法は、呪文が存在しないものもあり、その時には、イメージだけで魔法を発現させたり、様々なマジカラーゼや、使う魔法に見合ったマジカラーゼの強さが必要になったりするので、使うだけでも一苦労だ。


 魔力を道具に込め、その道具を使うことで、魔法を使うことができる、「魔法道具」も存在する。たいていの魔法道具は、ポリマジカリウムを感知して、魔法を発現させる。魔法道具の魔力が枯渇すると、それは使用できなくなるが、補充することで再び使える。






 さて、王家である私がこの書を著しているわけだが、この書を読んでいる諸君らの中には、王家だけが使える魔法道具、「神器」について興味があるものも多かろう。

 そこで、特別にここに記そうと思う。

 それによって、神器とはどういうものか、どれだけの力を持つのかを知って、いざというときでも安心してほしいと思っている。






 先ほども説明したとおり、神器も魔法道具の一種だが、魔法を使う際、ポリマジカリウムではなく、マジカリウムを感知する必要がある。その一方で、自力で魔力を神器自体に取り込むことができるため、神器自体の魔力は、切り札を使わない限り、枯渇しないとされ、貯蔵されている魔力の量は、通常の人間十人分以上とされる。切り札を使用した場合は、どうなるのかは不明だ。


 また、神器を使う際、全属性のポリマジカリウムを使って、神器と使用者のつながりを作らなくてはならない。つまり、全属性の適性を持たない限り、神器を使えないわけだ。そのため、使用できる者は、リベカ様や、その血を引く王家に限られる。私は神器を使うことができるので、全属性への適応があるといえる。


 そもそも、神器は王のものだ。

 リベカ様がお作りになった、強力な魔法道具で、「ケセフ・ヘレヴ」、「ヤサコミラ・ガリルト」、「ヤサコニ・イオツミスマル」の三つがある。


 リベカ様の次代の王、フローラ様から、現在の王の母上にまで引き継がれていて、神器が強力であるため、母上の代からではあるが、「神器を持つものが王である」とさえ言われるようになった。

 そのため、普段の私の研究で使っているが、本来ならば、私が使うのはふさわしくない。


 しかし、「次代の王の教育のため」という名目で、歴代の王は自分たちの子に神器を使わせている。これは、引き継いで、使い方がわからないという事態を防ぐためだ。それに、王家では神器のことを、王が持つべきものとは特段考えていないため、私も「教育」という名目で、イオツミスマル内で実験をしている。


 なぜ神器を持つものが王という考えが広まったのかというと、現存しない神器、ケセフ・ヘレヴの伝説によるところが大きいだろう。

 それは、リベカ様がマスグレイヴの侵攻から、初代神器、ケセフ・ヘレヴを用いて、大量の敵軍を、一瞬で打ち払ったというものである。

 その場所は、敵軍の兵士の頭蓋骨などが散乱し、「されこうべの場所」という意味の、「ゴルゴタ」と呼ばれるようになった。


 この話が、私が生まれる前、先代の王であるジュリアおばあ様が崩御なさって、さらにマスグレイヴが侵攻してきたことで、バノルスの民が皆沈んでいた時に、母上が神器のヤサコミラ・ガリルト、ヤサコニ・イオツミスマルを使って、兵の死者を一人も出さずに、自身の魔法で敵軍を一掃したことで、ケセフ・ヘレヴは再び脚光を浴び、本に書かれたこともあり、母上は国を守った英雄として、神器は、その呼び名も一役買い、王が持つものとしての、神聖なイメージで、今度こそ王国が再興するという希望が国民に広がった。

 だからこそ、「神器を持つものが王である」というイメージが広がったのだろう。

 では、神器について、それぞれわかっていることを述べていこう。


 ケセフ・ヘレヴは、現存しないため、詳しくはわからない、「しろがねつるぎ」と呼ばれることもある神器だ。ただ、「神の雷を落とした」とされているため、赤、青、緑、黄、白魔法の、複合魔法の可能性がある。それが広範囲に、そして強力に作用することで、ゴルゴタ一帯を敵軍の亡骸が散乱するという結果になったのだろう。


 ヤサコミラ・ガリルトは、魔力の供給機といえる、盾である。その表面は鏡のように映る。魔力とはいっても、マジカリウムのみだが、使用者に大量のマジカリウムを供給することで、使用者が魔法を使うときの負担を軽減したり、より上級の魔法を使うことができる。また、魔力を跳ね返すこともできる。


 ヤサコニ・イオツミスマルは、ヤサコミラ・ガリルトには劣るものの、マジカリウムの供給をすることができる、勾玉である。主な機能は広範囲に魔法を作用させること、疑似的な空間を生み出すことである。その空間内は、外の空間からは干渉を受けない。また、物の保存が可能で、空間内で魔法などを使っても、外の空間に干渉させないこともできる。


 そして、神器には多大な魔力を使うことで発動する、切り札のような効果もあるとされるが、使われたことがないとされ、真偽は不明だ。

 ケセフ・ヘレヴは不明だが、ヤサコミラ・ガリルトは、別なところに行け、イオツミスマルは、すべてを終わらせることができるとされる。

 そのために使う魔法の呪文も、一応伝わっているが、今までにそれを使ったことは、ケセフ・ヘレヴは不明だが、一切ないとされる。

 しかし、その切り札は、かなり強力であると思われる。


 実際に戦闘でヤサコミラ・ガリルト、イオツミスマルが使われたのだが、その戦闘の中で、神器が使われてからのバノルスの死傷者は、記録に残っていない。それほどの鉄壁の防御を、ヤサコミラ・ガリルト、イオツミスマルは有している。そこに、歴代の王という、最強の矛が加わり、バノルスは今日まで平穏に保たれているのだ。






 ここまでが、魔法の仕組みである。

 しかし、本当に王家が守ってくれるのか、疑問に思うものもいるかもしれない。そこで、私の研究の一部を紹介したいと思う。


 先ほども触れたが、私の適正はすべてだ。リベカ様も含めた、フローラ様以降のリベカ様の血を引くものすべての適性が、すべての属性だ。

 そのため、白魔法のうちの一つ、空間魔法を中心に、魔法全般を私は研究している。


 そもそも、白魔法にも、いくつか種類がある。空間魔法、時間魔法、力魔法、波魔法などだ。ただ、あまりにも種類が多いため、大きく分類できない魔法を総称して、白魔法と呼んでいる。

 その中の空間魔法が、私の専門なのだ。


 どのような研究をしているのかというと、新しい魔法を生み出す研究、発見されている魔法の新たな使い方を模索する研究をしている。

 これにより、結界を作る魔法、空を飛ぶ魔法などを、私は生み出した。


 いずれも白魔法を利用したものだ。そのうち、結界を作る魔法は、白魔法の空間魔法で、外界からの魔力の干渉を防ぎ、外からの認識をされにくくなるものだ。つまり、外からの魔法を防ぐというものだ。複雑なため、呪文は存在せず、イメージする必要がある。また、物理的な衝撃を防ぐ魔法も新たに開発している。

 空を飛ぶ魔法は、赤魔法、青魔法、空間魔法の複合魔法なのだが、こちらも複雑なため、呪文は存在せず、イメージする必要がある。

 この発見により、空からの奇襲が、自分の目で見てできるようになったが、空間魔法を使えるものが少なく、そのうえで赤魔法と青魔法にも適性がないと使えないため、バノルスで使えるのは、私と母上をはじめとした、一部だけだ。


 そもそも、バノルス王家は魔力がとても強いが、オラクルだったリベカ様は、ガリルトのオラクルの血なので、フローラ様からはガリルトとバノルスの血を引いていることになる。両者の魔力が強いためか、従来のバノルス王家よりも、魔力が強くなったとされる。また、リベカ様の適性がすべてだったためか、私に至るまで、皆すべての属性に適性を持つのだ。


 話を戻すが、空間魔法や複雑な複合魔法は、使用者が少なくなってしまうため、比較的適性を持つ人が多い、赤魔法、青魔法、緑魔法の研究を、最近はしている。

 その中で生み出したのが、赤魔法の上級魔法、「プロミネンス」、赤魔法と緑魔法の複合魔法、「メテオ・シャワー」、赤魔法と青魔法の複合魔法、「レージ・オブ・ブリザード」などがある。

 ほかの属性を含めると、黒魔法の上級魔法、「エターナル・カーズ」などを生み出した。

 「プロミネンス」は、周りを火の海にする魔法、「メテオ・シャワー」は、流星群を降らせる魔法、「レージ・オブ・ブリザード」は、猛吹雪にする魔法で、「エターナル・カーズ」は、指定の条件を満たすまで、永遠に呪い続ける魔法だ。


 ただ、いずれも詳しいことは不明で、強力ではあるものの、危険な魔法である。使用された者を、徹底的に亡き者にしようとする魔法で、多大な魔力を消費するため、使用者にも予期せぬ副作用を及ぼしかねない、危険な魔法なのだ。

 そうはいっても、マスグレイヴのような敵から国を守るには、手段は選べない。それこそ、敵国の兵士全員を、ケセフ・ヘレヴをリベカ様が使った時のように、亡骸にして、その骨を散乱させるような気持ちでないと、敵を討ち果たせないのだから、非人道的だと言われようが、徹底的に殺し尽くすことが必要だ。


 だからこそ、戦場に慈悲など必要ない。

 敵を殺せばいい。

 そうしないと、ガリルトを、国を、国民を、守れないのだ。

 そして、戦場に出るものを守るためにも、より負担の少ない魔法であったり、先ほどの強力な魔法を、安全に使用できたりできるように、日々私は研究している。

 ガリルトを、国民を、国を、日常を、いかにして守り抜くか。いかに発展していくか。そのようなことを私は意識して日々を過ごしている。

 この書を読んでいる諸君も、より良い明日のために、日々努力してほしい。



 サラファン・トゥルキア・バノルス

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る