第三話 魔法
王位につけるのは、桜空と、母のステラだけ。王家の存続の危機だ。
しかも、次代の王になる桜空は、成人になるというのだから、その夫を出した家は、権力争いに優位になると考えるのは、容易に想像がつく。
結果的には、恋愛ではあるものの、反政府派であるノア派の家の、リベルと婚約した。
そのため、ノア派の影響力が増したとも捉えられ、政権側とノア派の歩み寄りが進むと思う。
穢れたことによる、王家の寿命の短さは、解決には至っていないけれど、リベルと桜空の仲なら、心配ないだろう。
マスグレイヴ帝国の出方が気になるが、歴代のバノルス王は何度も魔法を使って退けたのだから、おそらく守り切れるだろう。
でも、そのきっかけになったともいえる、オラクルの滅亡は、なぜ起きたのだろうか。
魔法のことをこれから教えてもらえると思うが、だれも使えないというのが気になる。
そして、なぜ「オラクル」を、わたしは使えるのだろうか。
その理由がわかるといいのだが。
※
「落ち着きました?」
私がようやく泣き止んだのを見計らって、母が声をかけてくる。
「……はい。すみません、取り乱してしまいました」
母と、もっと一緒にいたい。
でも、それは叶わないだろう。
母と過ごせる時間があとわずかだと思うと、とても悲しくて、寂しくて。
母の愛に包まれたら、いいと言われたから。
自分の気持ちに、正直になった。
だからだろうか。母との距離が、近くなったように思う。
「いいんですよ。たまには、母親らしいことをさせてください。あまりできていなかったですからね」
王と王女。それ以前に、親子なのだ。
ようやく、親子同士、素直になれたと思う。
「サラファン。いつまでもこうしていたいですけど、今日の実験をそろそろ始めなくてはいけないのではないですか?」
ただ、いつまでも子供のままではだめだ。
やることをやらねば。
「……そうですね。名残惜しいですけど……。
それでは母上、夕方まで、イオツミスマルとヤサコミラ・ガリルトをお借りしますね」
「はい。棚の上のいつもの場所にあるので。
……あまり頑張りすぎないでくださいね」
最後の「頑張りすぎるな」という、母上の言葉。
これは、自身の体験によるものだろう。
自分の、自分たちの、二の舞にならないように。
「わかりました。気を付けます」
そう答え、私はイオツミスマルを置いている棚の目の前に立つ。
「では、行ってまいります」
「……無理だけはしないでくださいね」
母上の再三の注意に、頷いて答える。
無理は絶対しない。
私が長く生きるためにも。
この国のためにも。
……母のためにも。
「コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル。
ゴー・イン・ヤサコニ・イオツミスマル」
イオツミスマルとつながる魔法、その空間に入る魔法を唱えると、周りが真っ白になる。
そして、いつもの暗い色で、明るい場所に、私は立っていた。
この、イオツミスマルの空間が、私の実験場だった。
ここでは、外からの干渉を受けない、揺り籠であり、外を危険にさらさない要塞でもある。
このイオツミスマルとつながると、体が追い風を受けているかのように、楽に魔法を使える。
魔力の供給をイオツミスマルがしているためだ。
そのため、このイオツミスマルの空間で、危険な実験を行うことができる。
しかし、あくまでイオツミスマルの力のメインは空間の創造。その空間を維持するために、使用者の魔力、イオツミスマルの魔力の吸収、産生が必要だが、魔力の供給は、イオツミスマルが作り出した魔力の一部を使用者に供給するにすぎない。
「コネクト・トゥ・ヤサコミラ・ガリルト」
その魔力を供給するのが、イオツミスマルの空間内に浮いてその存在を強調する、ヤサコミラ・ガリルト。
まるで鏡のような盾であるそれは、外界から魔力を吸収することで、使用者に魔力を供給する。
その供給源は、自然界だけでなく、魔法自体もあり、その魔法を防ぎながら、自身に魔力を吸収したり、別の方向に跳ね返したりできる。そのため、戦場では相手の魔法を跳ね返して逆に相手に攻撃したり、魔力として吸収して、使用者にその魔力を供給させて、魔力の回復も図れる、応用のできる神器だ。
この神器を駆使して、私は体への負担を避けながら、そして、周りを危険から回避しながら、より負担が少なかったり、強力だったりする魔法を研究している。
しかし、神器は王のものなので、私が使うことに、疑問に思うものがいると聞いている。
なぜ私がこの神器を使えるのかというと、これは、「次代の王の教育のため」である。
そもそも神器とは、リベカ様がお作りになった、強力な魔法道具、つまり、魔力が込められていて、魔法を使える道具で、「ケセフ・ヘレヴ」、「ヤサコミラ・ガリルト」、「ヤサコニ・イオツミスマル」の三つがある。
リベカ様の次代の王、フローラ様から、現在の王の母上にまで引き継がれていて、神器が強力であるため、母上の代からではあるが、「神器を持つものが王である」とさえ言われるようになった。
つまり、今私が神器を使っているのは、私が王である、と言っていると思われるかもしれないもので、そのために私が使うのはふさわしくないと考えるものがいるのだ。
しかし、先ほどの「次代の王の教育」という名目で、歴代の王は自分たちの子に神器を使わせている。神器を引き継いで、使い方がわからないという事態を防ぐためだ。加えて、王家では「神器を持つものが王である」という考えを持っていないために、王でない私や、歴代の王女たちは、「教育」という名目で、神器を使用していた。
なぜ神器を持つものが王という考えが広まったのかというと、現存しない神器、ケセフ・ヘレヴの伝説によるところが大きいだろう。
それは、リベカ様がマスグレイヴの侵攻から、初代神器、ケセフ・ヘレヴを用いて、大量の敵軍を、一瞬で打ち払ったというものである。
その場所は、敵軍の兵士の頭蓋骨などが散乱し、「されこうべの場所」という意味の、「ゴルゴタ」と呼ばれるようになった。
この話が、私が生まれる前、先代の王であるジュリアおばあ様が崩御なさって、さらにマスグレイヴが侵攻してきたことで、バノルスの民が皆沈んでいた時に、母上が神器のヤサコミラ・ガリルト、ヤサコニ・イオツミスマルを使って、兵の死者を一人も出さずに、自身の魔法で敵軍を一掃したことで、ケセフ・ヘレヴは再び脚光を浴び、本に書かれたこともあり、母上は国を守った英雄として、神器は、その呼び名も一役買い、王が持つものとしての、神聖なイメージで、今度こそ王国が再興するという希望が国民に広がった。
だからこそ、「神器を持つものが王である」というイメージが広がったのだろう。
しかし、私が誕生して以降、母上が病気がちになったことがあり、厳しい状態に逆戻りしてしまっている。
おそらく、マスグレイヴの侵攻から国を守った際に、体に負担がかかってしまって、病気がちになってしまったのだろう。
そう私は思う。
ただ、歴代の王が皆短命なことに、それだけで説明できるのかは、わからない。もしかしたら、他に理由があるかもしれない。
そのためのヒントになるかはわからないが、「ケセフ・ヘレヴ」について調べたことがある。
ケセフ・ヘレヴは、リベカ様が最初にお作りになられた、初代の神器とされていて、その後にケセフ・ヘレヴを改良する形で他の二つの神器を作ったとされる。「
おそらく、神器に多量の魔力を送ることで使えるとされる、切り札だと思うが、それ以上はわからなかった。
しかし、その戦闘後、ケセフ・ヘレヴは行方不明になった。
リベカ様は、その戦闘後、意識不明になり、そのまま目を覚ますことはなかったという。
それ以来、オラクルは滅び、王家は短命になった。
私は、疑問に思った。
どうにも、ケセフ・ヘレヴがすべての引き金になっている気がするのだ。
なぜなのかはわからないが、一連の流れとして成り立っている。
それに、母上も神器を使ったが、リベカ様のようにはなっていない。
正直、母上もリベカ様のようになってもおかしくなかったことに気付いて、寒気立ち、ケセフ・ヘレヴを不気味に感じた。
まるで、陰で糸を引かれているようなイメージだ。
だからといって、今できるのは、負担が少なかったり、強力だったりする魔法の研究だ。
マスグレイヴの脅威がある中で、私だけの力では、どうにもならないかもしれない。
だからこそ、民にも力をつけてもらわないといけない。
そう思い、ようやく実験を開始することにした。
まずは、空間魔法でしまっていた丸太を出す。
その丸太に向け、高温の炎で燃やし尽くすイメージで、体の中に眠る力を感じながら、それを形あるものとしてイメージして、練り上げる。それと同時にある呪文を唱える。
マジカラーゼによって、マジカリウムを作り出して、イメージによってポリマジカリウム、つまり、魔法として、一気に放つのだ。そのイメージの補完を、呪文でする。
すると、激しい炎が丸太に襲い掛かる。
成功だ。
なかなか成功しない実験が成功して、達成感やうれしさで胸がいっぱいになり、思わず「やった!」と声を上げそうになる。
これが、赤魔法の最上級魔法、「インフェルノ」だ。
「燃え狂う炎」という意味のそれは、使えるものの多い赤魔法の中でも、強力なもので、火を放つことになるので、敵軍に一気に燃え広がって、大きな損害も与えられる。激しい炎でもあるので、簡単に消すことは叶わない。
赤魔法のほかに、青魔法、緑魔法、黄魔法、黒魔法、それ以外の白魔法があり、さらにこれらの魔法を組み合わせた複合魔法や、複数の魔法を同時に使う、並行魔法がある。
その魔法を発現するのに必要なのがマジカラーゼで、マジカリウムという物質を作り出したり、マジカリウムをポリマジカリウムにして、魔法として発現するのだ。ポリマジカリウムは、マジカラーゼの種類によって、それに応じた種類になる。
つまり、魔法として放たれるのはポリマジカリウムで、魔法の種類を決めているのがマジカラーゼだ。
そして、マジカラーゼは人によって発現している種類が違うので、使える魔法、使えない魔法が生じてしまうのだ。これは適正と呼ばれていて、私や、母上といった、リベカ様の血を引くものは、適性がすべてだ。皆神器を使えるので、神器を使うのには、最低限すべての魔法に適性がなければいけないと考えられる。
無論、いくら適性があっても、使う魔法に応じたエネルギーが必要だ。
それが、マジカリウム、ポリマジカリウムで、総称して魔力と呼んでいる。魔力を消費するたびに、つまり、魔法を使うたびに体には疲労がたまってしまい、魔力消費性疲労症になったり、我を忘れてしまって、狂乱してしまう、魔力暴走症になったりする。
魔法を使う負荷は、魔力が強いほど、使う魔法が強力なほど大きいので、必然的に魔力が強い私たち王家は、負荷が大きいということになる。
だからこそ気をつけなければならないが、王家が短命であったり、母上が寝たきりであることからも、少なからぬ影響があると思う。
つまり、私にも当てはまるかもしれない。
逃れられない運命なのかもしれないと思うと、胸が痛むが、だからこそ、私はよりよい未来をつかむべく、主に白魔法のうちの一つ、空間魔法を中心に、魔法全般を私は研究している。
そもそも、白魔法にも、いくつか種類がある。空間魔法、時間魔法、力魔法、波魔法などだ。ただ、あまりにも種類が多いため、大きく分類できない魔法を総称して、白魔法と呼んでいる。
その中の空間魔法が、私の専門なのだ。
どのような研究をしているのかというと、新しい魔法を生み出す研究、発見されている魔法の新たな使い方を模索する研究をしている。
これにより、結界を作る魔法、空を飛ぶ魔法などを、私は生み出した。
いずれも白魔法を利用したものだ。そのうち、結界を作る魔法は、白魔法の空間魔法で、外界からの魔力の干渉を防ぎ、外からの認識をされにくくなるものだ。つまり、外からの魔法を防ぐというものだ。複雑なため、呪文は存在せず、イメージする必要がある。
空を飛ぶ魔法は、赤魔法、青魔法、空間魔法の複合魔法なのだが、こちらも複雑なため、呪文は存在せず、イメージする必要がある。
この発見により、空からの奇襲が、自分の目で見てできるようになったが、空間魔法を使えるものが少なく、そのうえで赤魔法と青魔法にも適性がないと使えないため、バノルスで使えるのは、私や母上など、ごく少数だ。
そもそも、バノルス王家は魔力がとても強いが、オラクルだったリベカ様は、ガリルトのオラクルの血なので、フローラ様からはガリルトとバノルスの血を引いていることになる。両者の魔力が強いためか、従来のバノルス王家よりも、魔力が強くなったとされる。また、リベカ様に適性がすべてだったためか、私に至るまで、皆すべての属性に適性を持つのだ。
話を戻すが、空間魔法や複雑な複合魔法は、使用者が少なくなってしまうため、比較的適性を持つ人が多い、赤魔法、青魔法、緑魔法の研究を、最近はしている。
その中で生み出したのが、赤魔法の上級魔法、「プロミネンス」、赤魔法と緑魔法の複合魔法、「メテオ・シャワー」、赤魔法と青魔法の複合魔法、「レージ・オブ・ブリザード」などがある。
ほかの属性を含めると、黒魔法の上級魔法、「エターナル・カーズ」などを生み出した。
「プロミネンス」は、周りを火の海にする魔法、「メテオ・シャワー」は、流星群を降らせる魔法、「レージ・オブ・ブリザード」は、猛吹雪にする魔法で、「エターナル・カーズ」は、指定の条件を満たすまで、永遠に呪い続ける魔法だ。
ただ、いずれも詳しいことは不明で、強力ではあるものの、危険な魔法である。使用された者を、徹底的に亡き者にしようとする魔法で、多大な魔力を消費するため、使用者にも予期せぬ副作用を及ぼしかねない、危険な魔法なのだ。
先ほど成功した、「インフェルノ」についても、同じことが言える。
そうはいっても、マスグレイヴのような敵から国を守るには、手段は選べない。それこそ、敵国の兵士全員を、ケセフ・ヘレヴをリベカ様が使った時のように、亡骸にして、その骨を散乱させるような気持ちでないと、敵を討ち果たせないのだから、非人道的だと言われようが、徹底的に殺し尽くすことが必要だ。
だからこそ、戦場に慈悲など必要ない。
敵を殺せばいい。
そうしないと、国を、国民を、守れないのだから。仕方ないことなのだから。
そう自分に言い聞かせ、今日も研究を続けた。
※
「リーブ・ヤサコニ・イオツミスマル。
ディスコネクト・フロム・ヤサコニ・イオツミスマル」
今日の実験を終えて、イオツミスマルから出て、その接続を断ち切る。
窓の方を見ると、夕日が差し込んでいて、影が色濃くなっている。
「お疲れ様です、サラファン」
朝からずっと研究し、それを終えた私を、母上がねぎらってくれる。
「母上こそ、お疲れ様です。とりあえず、今日やろうと思っていた分は終えました。赤魔法で一つ成功したものがありますが、まだ実験の域を出ないので、これからより詳しく研究したいと思います」
今日の出来は、珍しく成功した魔法があったが、いつもはこうはいかないし、まだ詳しいこともわかっていない。そもそも、楽に解決するなら、バノルスの問題は解決にすごく近くなるが、現実は甘くない。
「そうなんですか。もしその魔法がいいものならいいですね。
サラファン、大変だと思いますけど、頑張ってくださいね。
私や、母上のジュリアおばあ様、ラケル様、リリス様、アンネ様は、みんな成人前に王になったうえに、体も壊してしまっていたのですから、ずっと停滞していたんです。サラファンのおかげで、前進できてとてもありがたいです」
イサク様とリベカ様の娘、フローラ様が王位に就いたのは二十九だ。しかし、それ以降のアンネ様、リリス様、ラケル様、ジュリアおばあ様、母上は、それぞれ、十四、十一、七、九、十二で王位に就いた。しかも、皆短命だった。そのため、なぜか全属性の魔法を使えるにもかかわらず、それをさらに改良することができなかった。
一応、リベカ様の発案で、科学を発展させようとしたが、マスグレイヴには遠く及ばないため、圧倒的に優位に立つ魔法を、さらに発展させるのは、必要不可欠だった。
しかし、私が発見した魔法には、懸念があった。
「でも、幹部クラス以上なら使えるんですけど、使用者を巻き込む可能性があるんですよね……。今日成功した魔法も、危険なものかもしれませんし……。そう考えると、結界を張れたり、空を飛べたりする、私や母上、リベルなどといった、一部の者しか、比較的安全に使うことができないですね。でも、国を守るためなら、みんな、自分の命など、惜しまないでしょうね……」
確かに私の見つけた魔法は、強力で、国防の要になる。ただ、使用者を巻き込む可能性があるのだ。
「それではサラファン、空間魔法を施した魔法道具を作れば、ある程度防げるのではないですか?」
母上の言葉を聞き、私は考えてみる。
おそらく、結界の類のようなものを搭載すればいいと思われる。そうすることで、使用者の周りを結界が包み、外界からの魔力の干渉を、空間が断絶、もしくはずれていることで、防げると思われる。
そう考えると、妙案のようにも思える。
しかし、根本的な問題があった。
「母上、もしかしたら、可能かもしれません。
ですが、私は専門外なので、簡単な魔法道具しか作れません。それに、空間魔法は複雑で、使用者が少ないため、私が作ることになりますが、あまり多く作れないと思います。また、消費魔力量も多いと思うので、使用できる回数も、わずかかと思います」
「それでも、可能かもしれないのですね?」
私の知識や、技術的な問題から渋ってしまうが、母上は少しでもましならば、導入しようと思っているようだ。
「理論的には、ですけど。
リベカ様のようにはできませんが、教えてくださる方がいれば、作ることは可能だと思います。
ですが、私に関係する話になりますけど、もうすぐ成人の儀と婚礼の儀がありますので、皆それにつきっきりです。なので、それ以降になると思います」
私の成人の儀と婚礼の儀があるため、人手がそちらに割かれていて、魔法道具の専門家を呼ぶのは難しいという懸念があった。
「確かにそうですね。では、成人になった際の、最初の仕事にしましょう。そうすれば、ある程度落ち着いてから、研究することができます」
成人になった際の、最初の仕事なので、成人の儀と婚礼の儀の後になり、その時ならば、ある程度落ち着いてくると思われ、研究できると母上は考えた。
「確かにそうですね。では、その方向でお願いしましょう。この場合、魔法省ですかね?」
「そうですね。ノア派ではありますが、私の命令を反故にはしないでしょう。ゼベダイに人を派遣するようにお願いしましょうか」
ゼベダイは、サルバドール家で、リベルの父だ。ノア派ではあるが、王に背くわけにはいかないだろう。
「では、もしかしたら、リベルがまだいるかもしれないので、リベルがいたら言伝を頼むことにします。もし、もういないのでしたら、サムエルに言伝を頼むことにします」
サムエルは執事長で、召使いさんや、他の執事を監督する立場にある。彼には生まれたころから世話になっているが、彼は王家に長年使えているため、重要な文書の受け渡しの役割も担ってもらっている。
「わかりました。よろしくお伝えください、サラファン」
「はい。母上。
それでは、失礼いたします」
最後に挨拶をして、母上の部屋を退室した。
※
その後、廊下を歩いていると、ちょうどリベルが外に向かっているところだった。
「リベル。ちょうどいいところです。言伝をお願いします」
早速リベルに声をかける。
「うん、わかったよ、サラファン。何を誰に伝えればいい?」
リベルは素直に聞いてくれる。
「リベルの父上の、ゼベダイに、成人の儀と婚礼の儀以降に、魔法道具の専門家を私のもとに派遣するようにお願いしてほしいのです。
私が開発した魔法が、魔法道具の開発によって、より安全になるかもしれないのです。そうなれば、国防力が増すと思われます。私は魔法道具のことは専門外なので、専門家に手伝っていただきたいと思ったのです」
それを聞いて、リベルはうなずく。
「うん、わかったよ。そのように父上に伝えておく。
でも、サラファン。大丈夫? ちょっと疲れているようだけど」
疲れていない。そう答えようと思ったが、本当にそうなのか、という疑問が頭に浮かぶ。
体は、疲れていない。イオツミスマル内にあるヤサコミラ・ガリルトのおかげで、体の負担は驚くほど減った。そのため、疲れを感じない。
ただ、先ほど考えていたことが引っかかった。
「……体は、大丈夫です。
ですが、私が開発した魔法が、敵をひどすぎる殺し方をするので、本当にいいのかなと思ってしまったのです。
国を守るためには、敵を殺し尽くすしかない。手段を選んではいけない。慈悲などいらない。
仕方がないとは思います。
でも、そう思ってしまった。
敵に、このような考えを抱くのは、甘いのでしょうか?」
自分が甘いのはわかっている。
敵を殺すのに、躊躇してはならない。手段を選んではならない。慈悲などいらない。
国を守るために。
それに疑問を持つのは、国を危険にさらす。
それを、王女である私がしてしまうのは、敵に隙を見せてしまって、敗戦のきっかけになる。
「……甘いとは思う。
でも、その考えがあるということは、サラファンは、相手のことも思っているということだ。
その気持ちがあれば、戦闘を回避できるかもしれない。
だから、私は、サラファンの気持ちを、間違いとは思わないよ」
リベルは私の考えを、甘いとは思いつつも、間違いではないと言ってくれた。
「敵に対して、徹底的に対抗しなくてはいけない。
でも、そもそもそれを防げたら、こっちも犠牲を出さずに済む。
サラファンの考えは、双方に歩み寄った、いい考えとは思う。
でも、賛同する人は、少ないと思う。
だから、あまり大きな声では言わないでほしい。
せめて、私と二人でいるときだけで」
「……はい」
リベルの言うとおりだ。王女である私が、敵に歩み寄るのは、国民からしたら、受け入れられない。軽はずみで言っていいことではない。
「すみません、リベル。もう少し、よく考えるべきでした」
しかし、リベルは笑みを浮かべて応えた。
「まあ、次から気を付けような、サラファン。
それに、敵のことも考えるサラファンは、すごく優しいと思う。そんなサラファンだから、私は好きになったんだよ」
好き。
不意に言われ、顔が熱くなる。心臓が大合唱を始め、リベルから目をそらしてしまう。
「リ、リベル! 急にそんなこと言わないでください!」
私の反応を見て、リベルは声に出して笑う。
「ごめんごめん。でも、本当にサラファンは優しいよ。
大丈夫だよ。
私たちなら、平和にできるはずだよ」
平和に。
今のバノルスは、不安定で、平和とは言えない。
でも、それを解決できれば、平和で、幸せな世の中にできると思う。
「そうですね。頑張っていきましょう」
リベルに同意する。
「それじゃあ、父上に先ほどの話を伝えておくから。
それでは、また、婚礼の儀の日に、サラファン」
リベルの言葉を最後に、私たちは別れた。
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