第十六話 宝物 中編

 地震から一か月後。五月は、まず、学校の昇降口の、新たなクラス表を見に来ていた。

 ゆかりも裕樹も怪我をしたものの、大事には至らなかった。学校が休校になり、今日まで五月は、部屋の片づけや、村人の片づけの手伝い、炊き出し、源家の掃除などをして過ごしていた。そのため、かなちゃんとマリリンとはその間、一回も会うことはなく、久しぶりの再会となるのだった。裕樹の方は、高校の近くの病院にそのまま入院していたこともあり、同様に会うことはなかった。


 昇降口にたどり着き、クラス表を覗く。千渡村との距離の関係で、ホームルームの十分少々前の時間のため、人だかりができていた。

 五月の学年は二クラス。苗字は「暁」のため、出席番号は前の方になるので、表の上部分を見て自分の名前を確認すると、下駄箱を経由して教室へ向かった。


 その足取りは、重く感じた。

 かなちゃんとマリリンとは一緒のクラスだろうか。それぞれが一人だけになって、加美山と同じクラスになってしまったら、果たして耐えられるのだろうか。

 その確認をしなかったのは、怖かったからというのもあるが、クラスの扉にも貼られているので、人がいっぱいいるところよりは、ある程度すいているところで確認したかったというのもある。結局後回しにして少しの間逃げているだけだが、すぐにわかることなので、その少しの間も使って、クラスの陣容を知る備えを最後までしたかった。


 目的の教室へ着く。その扉には、先ほどと同様のクラス表。

 目を向けてみる。

 かなちゃんとマリリンと、今年も一緒だった。

 最高だと思った。

 加美山がいる点を除けば。


 それでも、三人一緒ならば、励ましあえる。裕樹とも、もうそろそろ連絡を取っても構わないだろう。確か、数日前に退院したはずだ。綾香とお義母さんもいるし、サラもいる。だから、大丈夫だ。

 だから……。

 お願い。

 嫌なことなんて、起きないで……。

 そう思いながら、扉を開く。


 顔ぶれは、去年の半分の人が一緒だった。二クラスなのだから当たり前だが。

 いつものように自分の席に荷物を置き、かなちゃんとマリリンのもとへ行く。二人はいつも一緒に五月を出迎えてくれる。

 今日も二人一緒だった。

 ……でも、様子がおかしかった。

 かなちゃんの元気がなく、マリリンが話しかけても、どこか上の空だった。

 ……嫌な予感がした。

 それでも、明るく二人に話しかける。

 嫌な予感が当たらないことを信じて。いつものように笑いあうのを楽しみにして。


「おはよう。かなちゃん、マリリン」

「あ、ミーちゃん、おはよう」


 ……。

 かなちゃんからは、かえってこない。

 不安で胸がざわつく。それを振り切りたくて、かなちゃんがいつも通りだと信じたくて、明るく声を出すことを意識して、再び挨拶をする。


「あれ、かなちゃん、聞こえなかった? おはよう」

「……あ、巫女さん、か。おはよう」


 そう答えて顔を上げたかなちゃんは。

 とても、やつれているようで。

 顔が青い。

 五月は、息をのんだ。

 嫌な予感が、的中したことを悟る。不安が増し、胸が苦しくなる。

 いつものかなちゃんじゃない。いつもの快活さがない。

 何かがあったに違いない。


 そう思っても、かなちゃんに聞くのはためらわれる。何があったかわからない状態で聞くのは、かなちゃんを打ち砕く気がして、できなかった。

 かなちゃんは、再び俯く。

 マリリンの方に目を向けると、マリリンは首を振る。どうやら、マリリンも詳しい事情は知らないようだった。


 そのとき。


「……なあ、巫女さん、麻利亜」


 かなちゃんが俯いたまま口を開く。五月とマリリンは、恐る恐る振り向く。

 かなちゃんの口調は、いつものままのようにも思えたが、震えているように感じた。


「巫女さんには謝んなきゃね。ごめん。巫女さんの注意があってもだめだった」


 五月は訝しげにかなちゃんを見つめる。

 かなちゃんの表情は暗いまま。


「今回の地震の津波で、お母さんが、……死んだ」



 ※



 ……ああ、やっぱり、か……。

 やっぱり、そう、なのか。

 わたしと関わる人は、みんな、不幸になるんだ……。地獄に叩き込まれるんだ……。

 わかっていたことじゃないか。こうなることくらい。わたしと関わったら、みんな、不幸になることくらい。

 イワキダイキに書かれなくても、そんなこと、本当は、わかってた……。


 だってそうでしょ?

 お母さんとお父さんが死んだんだよ?

 楓と雪奈が死んだんだよ?

 ゆかりと裕樹がけがをしたんだよ?

 そして、かなちゃんのお母さんが、死んだんだよ?

 こんなの、絶対、普通じゃない……。普通じゃない!


 なんでみんなこんな目に遭うの?

 そんなの、決まってる……。

 わたしの、せいだ……。

 わたしのせいだ!


 だってそうでしょ?

 みんな、みーんな、わたしと関わってる。

 わたしと仲がいい人たち。

 わたしが、大好きな人たち。

 その人たちが、死んだり、傷ついたりしてる……。


 やっぱり、わたしって、呪われてるのかな? わたしと関わると、みんな、わたしに呪われるのかな?

 だって、わたし、魔女、だもの……。

 魔女の、子孫だもの……。


 ああ、どうしよう。どうすればいいんだろう?

 取り返しのつかないことをしちゃった……。

 もう、みんなに、顔向けできない……。

 みんなを、知らず知らずのうちに呪ってしまう。不幸にしてしまう。傷つけてしまう。殺してしまう。

 こんな、わたしなんか……。


 ……、お父さん、お母さん、楓、雪奈、殺しちゃって、ごめんね……。

 ゆかり、裕樹、傷つけちゃって、ごめんね……。

 かなちゃん、お母さんを殺しちゃって、ごめんね……。

 でも、かなちゃん、マリリン。

 もう一つ、謝らなきゃいけないことが、出てきちゃった……。


 ズッ友って、言ってくれたよね? 何があっても、たとえ、イワキダイキの言うことが、本当だとしても。

 うれしかった。

 本当に、うれしかったの。

 救われた気がして。

 前のような幸せが、戻るような気がして。

 その日々は、つらかったことも多かったけど、幸せへの、第一歩だったと思うんだ。


 でも。

 わたしと関わっていたら、二人は不幸になってしまう。

 わたしは、それが嫌なの。

 ……だから、ズッ友を、やめようと思うの。

 勝手なのはわかってる。

 でも、大好きな二人を、傷つけたくないの。

 魔法を使えるようになったから、どうにかできるかも、と思ったけど、無理だった……。

 わたしの呪いに、巻き込んだだけだった……。


 魔法を使える、なんて言わなかったけど、言わなくていいよね。

 わたしが呪ってるなんて知ったら、もっと悲しむだろうから。魔法を使えるって聞いたら、本当のように思えて、わたしが二人を呪ったことを、嫌でも知っちゃって、悲しむだろうからね。

 ズッ友だと思ってた人が、そんなことをしたなんて、知りたくなかったって、後悔するだろうね。

 そうなるくらいだったら、わたしが、二人が呪われるのを見たくないからって、突き放した方がいい。


 つらいかもしれない。

 悲しいかもしれない。

 苦しいかもしれない。

 でも。わたしが呪っていることを知ったら、もっとそうなっちゃう。

 そんなの、嫌だ。

 だから、かなちゃん、マリリン……。

 わたし、ズッ友を、やめるね。

 ……ごめんね。

 こんな、わがままを言って。

 こんな、わたしで……。


 裕樹とも、もう会わないほうがいい、か……。

 ごめんね。裕樹。

 わたし、約束、守れそうに、ないや……。

 初めて会ったのは、楓と雪奈と一緒に、裕樹の野球の試合を見に行った時だったね。


 相手のピッチャーよりも遅いのに、アンダースローで、コントロールよくストレートと変化球を使い分けて、次々打ち取っていったね。

 相手のピッチャーは速いストレートでたくさん三振を取ってたけど、裕樹の方がかっこよかった。

 仲間を信じて、打者に打たせて、打球を仲間が捕って、送球して、アウトを一つ一つ取るたび、仲間と声を掛け合うのが、まぶしかったからかな。


 そして、試合後に一緒にお昼ご飯を食べたね。あの時裕樹がおいしいって言ってくれた卵焼きとかサラダは、わたしの手作りだったけど、それを知った時の裕樹の笑顔は、その時は言えなかったけど、とてもうれしくて、とても素敵で。

 また作ってあげたくなった。

 また会いたいと思った。

 また一緒にいたいと思った。


 そして、時々会うようになっていったね。

 お父さんとお母さんが死んで間もないころだったけど、楓と雪奈の存在ももちろん大きかったけど、会うたびにどんどん、もっと一緒にいたいなって、もっと笑顔を見たいなって、もっと知りたいなって、思うようになったんだ。


 そして、あの時が来たね。

 直前に、本当は裕樹も一緒に行きたかったって言ってたけど、その時、わたしはまた絶望したの。

 ……楓と雪奈が、死んじゃった……。

 でも、本当は裕樹もつらかったはずなのに、雪奈を見捨ててしまったって思ったかもしれないのに、わたしを助けてくれたよね。

 約束してくれたよね。

 本当に、救われたの。


 でも、それからも、裕樹はつらかったんだよね。わたしはつらいのと楽しいのとがごっちゃ混ぜだったけど、裕樹との約束が、かなちゃんとマリリンが、ゆかりと綾花たちが、支えてくれた。でも、裕樹の方は、そういうの、なかったんじゃないかな。

 支えてくれる存在が。


 バレンタインの時の、雪の降る夜に、お互い謝りあって解決したけど、もう一度謝るね。

 そんな簡単なことに気付かないで、一人で苦しめちゃって、ごめんね。

 その夜には、……えっと、その、思い出すのもちょっと、恥ずかしいかな。

 でも、その夜は楽しかった。ちょっと言葉足らずで、わたしの気持ちをちゃんと表現できないのがもどかしいな。


 裕樹。

 わたし、裕樹と一緒にいられて、裕樹との約束に支えられて、裕樹の顔が見られて、裕樹にギュっとされて、裕樹に頭を撫でられて……。

 とても、うれしくて……。

 とても、胸がいっぱいになって……。

 幸せだと思ったのに、苦しさも感じる。


 これって、なんなんだろう。

 わたしには、わからないな。

 その夜の後の、二週間ぐらいかな。二月の末にはわたし、高熱出して寝込んじゃったから。

 その二週間の日々が、裕樹と約束した幸せのような気がしたな。

 裕樹と一緒になれて。

 かなちゃんとマリリンにからかわれるのも嫌じゃなくて。

 ゆかりもわたしのお母さんのようで。

 綾花も親身になってくれて。

 本当に、楽しかったな。


 それでも。

 わたしにとっての幸せって、わたしが大好きな人たちがみんな幸せなこともあるんだよ。

 だから、それを壊すようなわたしなんか、一緒にいちゃいけないよね。

 こんな、呪われたわたしが。

 みんなを巻き込みたくないの。

 ……ごめん。

 ごめんね。

 ……大好き。


 そして、サラ。

 いろいろわたしを支えてくれたのに、こんなことになって、ごめんね。

 でも、一人にさせて。

 みんなが不幸になるところなんか、見たくないから。

 ……魔法を使うと不幸になるって言ってたけど、もしかしてこのことなのかな?

 だとしたら、サラは全部知っていたのかな?


 でも、そんなわけないよね。

 だって、魔法を使えてたら、もっと助けてくれたはずだから。

 ……みんな、死んだり、傷ついたりしなかったはずだから。

 心のことまではわからないけど、体は大丈夫なはず。

 その力を持っていたら、サラなら惜しみなく使ってくれるはず。


 それができないから、サラはわたし以外見聞きできなくて、わたしも含めたみんなが触れないんだよね。みんなを助けられなかったんだよね。

 それは、サラが魔法の使い方を、知らないことになるんだよね。

 そんなサラが、わたしを助けようと一生懸命頑張ってるのに。

 ……ごめんね。こんなことになって。


 なんでみんな不幸になる呪いをかけちゃうのかな?

 そんなこと、考えてもいないのに。

 ……魔法を使えた、ご先祖様の、桜月さつきが書いた、「桜空さくら伝」なら、それもわかるのかな?

 それを読めば、真実がわかるのかな?

 世間に伝わっている「桜空さくら伝」は、源家によって検閲されていたって、お父さんが話していた気がする。


 その原本が、宝物殿にある。

 それを読めば、わたしの呪いも、解呪できるのかな?

 そうすれば、みんなと、また……。

 そのために、ズッ友は一回解散。

 裕樹とも会わない。

 綾花とゆかりにも、なれなれしくしない。

 サラにも相談しない。

 みんなを巻き込まないように。

 わたしは、一人にならなければならない。

 また、幸せな日々が訪れることを信じて。

 「宝物」を守るために。



 ※



「五月……、五月?」


 マリリンは焦っていた。かなちゃんが憔悴しょうすいしているところに、五月の顔が真っ青になって、何も言わずに俯き、何を言っても反応しないからである。いつもは落ち着いているマリリンも、この「ズッ友」の豹変を目の前にし、冷静さを失ってしまう。


 不意に五月が顔を上げる。マリリンは、五月が正気に戻ったと思い、一度は安堵するが、すぐにそれは霧散した。

 五月は、かなちゃんをまず見て、次にマリリンに顔を向けた。

 その瞳には光が宿らず、すべてを諦観しているかのようだった。


「かなちゃん、マリリン……」


 徐に五月が口を開く。


「わたし、ズッ友を、やめるね……」

「……え?」


 マリリンはもちろん、かなちゃんも五月の言葉に耳を疑った。


「わたしと関わると、みんな、不幸になるもんね。呪われちゃうもんね。

 わたしはもう、そんなの見たくないの。大好きな人たちがつらい目に遭うのが、嫌なの。

 だから、わたし、ズッ友を、やめるね。一緒に過ごすのをやめるね。

 二人はそうなっても構わないって言ってくれたけど……、もう、耐えられない。

 ……ごめんね。勝手なことを言って。でも、わたしには、もう、話しかけないで。

 これ以上、楽しかった思い出を、みんなを、つらいことで塗りつぶしたくないの」


「そ、そんなのおかしいじゃん! なんであたしのお母さんが死んだからって、巫女さんが呪ったことになるの? それに、なんでズッ友をやめる必要があるの?

 イワキダイキの話が本当だったとしても、五月のことを悪く思わないって言ったじゃん!」

「そうだよ、ミーちゃん。ミーちゃんは何も悪くないよ。誰も悪くないよ。

 だから、抱え込まないで。考え直して。

 ワタシたち、五月とズッ友のままじゃないと、嫌だよ……」


 かなちゃんとマリリンは、必死に五月を引き留めようとしてくれている。ズッ友のままでいたいと言ってくれている。

 それでも。

 五月の耳には入らない。

 五月の決意は固い。

 ……過ぎた宝物だな。

 五月には、そう思えた。


 だから、それを守りたくて。

 塗りつぶされたくなくて。

 つらい目に遭うのを見たくなくて。

 呪いたくなくて。

 五月は、二人に背を向け、自分の席に向かいながら。

 ズッ友最後の挨拶をした。


「さよなら」

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