第十五話 宝物 前編

 ……余計なことをしてしまったのだろうか。

 五月に「オラクル」のことを話したところ、本当に成功してしまった。

 私や、桜月さつきですら使えなかった魔法を、五月は一回で成功させた。

 そのことは、五月はまだ成長していないのに、多量の魔力を必要とする魔法を使えること、「オラクル」への、リベカ様以来となる適応者であること、「巫女」であることを示す。

 早い話、このまま成長すると、適性のある魔法のうち、最上級の魔法を自在に操れる可能性がある。もしかしたら、桜月と同等、もしくはそれ以上の、私やリベカ様に匹敵する魔法使いになるかもしれない。


 しかし、それで本当にいいのだろうか。少なくとも、桜月との約束を、反故ほごにしてしまう。

 イワキダイキのような連中に、付け入られるすきを許してしまう。

 確かに、私と五月は覚悟を決めた。それでも不安なのだ。さらなる不幸を招くのではないかと不安なのだ。


 それに、何もできなかった。「オラクル」を使えたからと言っても、地震が起こることを知っただけ。結局、ゆかりと裕樹が傷ついた。五月は動揺したが、綾花のおかげで狂わずに済んだ。今は少し落ち着いているが、不安定なのは変わらないだろう。

 魔法を使えても、結局意味ないのではないだろうか。

 ただいたずらに体に負担をかけるだけ。

 イワキダイキのような連中に付け入られるきっかけになるだけ。

 魔法を使っても不幸を防げず、傷つき、つらいだけ。

 そう思ってしまう。


 もう一度、一人だったころに戻るかもしれない。

 五月も、私と同じようになるかもしれない。

 それが怖い。


 でも、もう後戻りはできない。「オラクル」を五月が知った今、魔力消費性疲労症の重篤な症状を起こすほどに消耗するが、それでも五月は、何もしないよりは、何かできることをしようと考えるだろう。そうやって、身も心もボロボロになっていく。

 止めるべきだろうか。でも、五月は聞き入れないだろう。


 そうなると、五月はこれから、魔法の腕がどんどん上達するだろう。それでも、周りの不幸は起こってしまう。それを見て、五月は傷つく。何もできない自分に怒りも覚えて。

 そして、体への負荷が重なり、最後には母上や、私が生まれる三年前に、二十八歳で死んだ、ジュリアおばあ様のように、病気になって苦しんでいくのだろう。

 ……、これでは、幸せに程遠い。


 やはり、魔法を使うことで、不幸になるのだろうか。それとも、不幸になる原因でも、別にあるのだろうか。

 あるいは、魔法を使えることで、その不幸を防げるのだろうか。

 私の場合、魔法があることで、不幸を招いた。

 死ぬほど、後悔した。

 それが、今も続く。


 でも。

 そもそもの原因は、あの時、魔法を使えなかったから。

 それ以前に、リベカ様が、バノルスに嫁いだから。

 「オラクル」が、滅びたから。

 リベカ様の血を引くせいで、王がみな、短命だったから。

 そのせいで。

 ノア派が生まれたから。


 ……もう、どうすればいいのか、わからない。

 魔法があればいいのか、なければいいのか、わからない。

 魔法があっても不幸になり、無くても不幸になる。

 いにしえから続く、呪いの連鎖。


 もはや、魔法のあるなしなど、どうでもいいのかもしれない。

 幸せになるなど、簡単なようで、実は一番手の届かないところにあるもの。

 だからこそ。

 「幸せ」をつかんだ時、それは輝き。

 幸せになったと気づける。

 今考えると、そう、思う。


 ……信じるしかないか。五月なら、大丈夫だと。

 これ以上考えても、くどいだけで、何も結論を出せない。

 前に進むしかない。前を向くしかない。前向きに考えるしかない。

 そうだ。裕樹とのわだかまりは、完全に消えたはずなのだ。不安はあるようだが、それは終わることへの不安。裕樹からそんなことは、ありえない。

 佳菜子や、麻利亜、綾花に、ゆかりもいる。私もいる。

 大丈夫だ。五月は幸せになれるはずだ。

 大丈夫。大丈夫。

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