第十七話 宝物 後編
そう五月は決めたのだが、それでも、次の日からも学校に行くのは止めなかった。それは、五月はまだ中学生で、出席していない場合、ゆかりの耳に入り、
佳菜子と麻利亜や、裕樹との関係については避けられなかったが、それは適当にごまかしていた。具体的には、いつも佳菜子と麻利亜、もしくは裕樹と遊んだり、勉強したりする時間には、源家で
みんなゆかりに話していないのか、それともゆかりが気を遣っているのかわからなかったが、五月が問い詰められることはなかった。
サラとも、あまり話さなくなった。気を遣ってくれたのかどうか、わからなかったが、正直、あまり騒がれなくて、気が散らずに済んだ。
学校では、佳菜子と麻利亜が同じクラスにいるが、話さなくなった。もっとも、二人は五月の気持ちは一時的なものと信じて、五月に話しかけていたが、それを五月は拒絶していた。
加美山らによるいじめは相変わらずで、物がなくなるということはしょっちゅうだったので、
魔法の練習もした。一度は「オラクル」の練習もしようと思ったのだが、再び高熱に襲われたうえ、失敗したのか、何も見えなかったため、「プレディクション」の練習をするしかなかった。あまりにも倒れ続けると、どうしようもないことになると思ったからだった。何か役立つことを見られないか期待していたが、意味のあることを見られず、最初の決意も苦痛になり、日々をただ決められたことを無気力になって、機械的に過ごすだけだった。
もう、なにもかもどうでもいい。
そう思った。
※
一か月後、ゆかりからイワキダイキの死を知らされた。
先日の大災害で死んだという。
「ざまあみろ」
そう五月が口にして嘲笑った時、ゆかりはどう思っただろうか。五月は、ゆかりのことを見てはいなかった。
愉快だった。
自分の呪いで、幸せをぶち壊しにした屑野郎を殺したのだと思うと、報いられたようで、愉快で、笑いが堪えられない。屑から付きまとっておいて、勝手に自分と関わったせいで呪われて自滅するのは、滑稽で、笑える。
自分たちが受けた苦しみを等しく受けたとは思えなかったが、少しでも仇を討てたような気がした。
しかし、自分の部屋に戻り、ふと気づくと、自分の醜さに気付き、嫌になる。
そして、いつの間にか涙でぐしゃぐしゃになっている。
とても、惨めだ。
まるで、まっさらな布地が、泥に濡れて、汚れていくかのよう。
黒い感情で浸食されていく。
どんどん穢れていく。
どんどん壊れていく。
一か月前に決意したことは、何一つ進展していない。それどころか、周りはあまり気付いていないようだったが、五月は自己嫌悪の繰り返しで、自分が壊れていくのがわかった。
それでも、学校に通ったり、
それは、かつての幸せの日々が、裕樹との約束が、ズッ友だと言ってくれた佳菜子と麻利亜が、五月が大好きな人たちが、恋しかったからかもしれない。
そんなことを望んではいけないなと思いながらも、その未練を断ち切ることはできない。
自分と関わったら呪われるから。
いっぱい、ひどいことをしたから。
それでも幸せな日々がほしかったから。
※
いつものように、意味のない学校に着く。下駄箱で靴を履き変え、薄暗い廊下を通り、教室に入る。
佳菜子、いや、かなちゃんが、ハサミを持った加美山に、髪を切られようとしていた。
かなちゃんは、クラスの連中に取り押さえられ、身動きできない。マリリンも同様だった。
クラスの連中は笑っていた。
イワキダイキと同じような、屑だった。
そいつらに、かつてのズッ友が、傷つけられようとしている。
目に涙を浮かべて、周りに助けを求める。
だれも、かまわない。
それどころか、皆で見世物を見るように煽っている。
加美山が、ハサミをかなちゃんに向ける。
かなちゃんと、マリリンの絶叫が響く。
それが、五月を正気に戻す。
助けなくてはならない。
でも、五月にはそうする手段がない。
……いや、一つだけ、賭けることができるものがある。
それは、五月が魔女だと証明するもの。
助けられる保証がなくて、自らの首を絞めるだけになるかもしれないもの。
一回しか成功していないもの。
体を壊すかもしれないもの。
五月が「
それでも。今までは、このような瞬間のために、練習をしてきたのだ。
「プレディクション」には、必要なものを見られないことが多く、期待できそうにない。
だから。大好きな人たちを守るために。
五月は、小さく、それを言った。
「オラクル」
視界が金色に染まる。体から何かが出ていき、力が抜け、疲労感が押し寄せる。
そのとき、頭にイメージとして流れ込んできた。
それは、映像ではなかった。何かの感覚のようだった。その感覚は、「オラクル」や「プレディクション」とも違う二つ。そのうちの一つは、すでに知っていたものに似ていた。
それは、最初に「プレディクション」を使った夢で、その前に使った、「アクアアロー」に似た感覚。
そして気付く。「アクアアロー」の感覚と、「オラクル」と「プレディクション」の感覚には、違いがあることに。そして、今イメージとして流れてきた感覚は、「アクアアロー」に似たものと、今までとは全く異なるものが、組み合わさったものだということに。
たとえるなら、「アクアアロー」は、流れる水のようなもの。
「オラクル」と「プレディクション」は、表現しようのない、今まで感じたことがないもの。
そして、今イメージとして流れてきた感覚は、「アクアアロー」の感覚に、燃える火のような、熱い感覚も加わったもののように感じた。
そして、その感覚の後に、小さく言葉のようなものが聞こえた。
「オラクル」が終わる。
まだ、かなちゃんは無事。
その言葉を、流れる水の感覚、燃える火のような感覚を意識しながら、突風が吹くイメージで唱えた。
「ブラスト」
その時、突風が吹き、窓ガラスが割れる。驚いた加美山やかなちゃん、マリリン、クラスの連中は、窓のほうに視線を向ける。それをよそに、五月は加美山に突進して突き飛ばし、かなちゃんを窮地から救う。
「五月?」
驚いたかなちゃんにかまわず、かなちゃんとマリリンを捕えている連中を五月は睨み付ける。
「かなちゃんとマリリンを開放して。じゃないと、痛い目にあわすよ」
しかし、連中は聞き入れない。
「は? あんた、何言ってんの? 何もできるわけ……」
「ブラスト」
再び連中に攻撃する。かなちゃんの周りの連中が吹き飛ぶ。
初めて使う魔法だが、扱いがよくわかる。手になじむ。
今まで知らなかったのが信じられないほど。
それをいいことに、再び脅しをかける。
「さ、開放して」
しかし、連中は強がって、応じようとしない。
それどころか。
「う、うわー! こ、この、化け物!」
加美山がハサミの刃先を向けて五月に突っ込む。
「五月! よけて!」
かなちゃんとマリリンは悲痛な声を上げる。
それでも、五月は動じない。もう、「ブラスト」の扱いが、手に取るようにわかる。
……これを使えば。
かなちゃんを、マリリンを。
五月の宝物を。
守ることができる。
恐怖におびえながら突っ込んでくる、哀れな加美山は、隙だらけで、たやすく意識を葬り去ることができるだろう。
「ブラスト」
加美山が吹き飛び、壁にぶつかる。動かなくなる。
割れたガラスで傷ついたのか、加美山の頭からは紅いものが流れる。
それがあまりにも美しくて。
五月の心は、歓喜に震える。
※
「さあ、次はだれがやられたい?」
連中は蛇ににらまれた蛙のように動かない。圧倒的な優越感に浸り、笑みがこぼれる。
この「ブラスト」を使えば。
このようなごみ屑を、徹底的に痛みつけ、甚振ることで、恐怖におびえる目を、悲鳴を、滑稽な見世物のように、わたしの鼓膜を震わし、目に焼き付けるだろう。
言いようのない快感だ。いい気味だ。
心が高揚感で満たされて、胸がドキドキする。
まるで、裕樹と抱き合った時のよう。
いや。
それ以上かもしれない。
気持ちよくて仕方ない。
心が震えて、その快感に、いつまでも浸っていたくなる。
いつまでも溺れていたい。
……そうだ。
いいことを考えた。
こいつらを、「ブラスト」で、窓から突き落としてみると、面白そうだなあ。
……ひっひっひっひ。
頭から地面に突っ込んで。
グチャッと。
そして、噴水のように紅いものが噴き出す。
ドクっ、ドクっと。
そのたび、びしゃっ、びしゃっと、地面に
どんどん石のように固く、冷たくなっていく。
そして、ただの物に成り果てる。
ああ……。
なんて……。
うっとりしちゃう……。
奴らを徹底的に痛みつけて、復讐するのを想像するだけで。
こんなに気持ちいいなんて。
知らなかったなあ……。
……そうだ。
実際にやってみたら、どうなるんだろうな……。
面白そう……。
あはははは。
笑みが抑えられないや。
ねえ。
……見せてよ。
てめえらの、その紅いものを。
聞かせてよ。
てめえらの、苦しみ、悶える声を。
紅いものが噴き出し、零れ落ちる音を。
※
しかし、不意に体から力が抜ける。
……いや。
「幸いなことに」というべきだが。
過ちを犯さずに済んだのだから。
そして、わたしを支えていた、足が崩れ落ちる。
体が、熱い。それなのに、寒い。
悪寒なのかな、と思った。
「五月!」
かなちゃんとマリリンの声が遠い。
痛い、と思った。
そのまま何も見えなくなり、気を失った。
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