第十話 予知夢
イワキダイキがまた五月を傷つけた。でも、私には何もできない。
これを考えると、確かに魔法なんてない方がいいと思う。
でも、確かに五月の周りにはおかしなことが起こっている。イワキダイキのような連中が出てきてもおかしくはない。五月の周りの人が死に、村の神社の巫女で、伝説に魔法があるのだから、格好の標的なのだろう。そんなことでデマを流して、それを広めて、人を傷つけるというのは、かつてのこの地の人間の愚かさが何も変わっていないと言え、実に嘆かわしい。私の娘が浮かばれない。
さて、五月は今、十三歳。今の日本では、思春期と呼ばれる年齢で、第二次性徴という体の変化が現れる年齢だ。実際に、五月の胸はかなり大きくなってきている。まだ中学一年生だから、より成長するだろう。
確か、この年齢になると魔法を使える人が増えた。体の変化に伴って、魔力量も増える。多くの場合は魔力を制御できなくて、失敗をしながら魔力量が増えて、制御できるようになって魔法の習得につながる。それは大体十五歳ごろで、その年齢になると、成人の儀をして、大人と認められた。
私の場合は、八歳ごろには魔法を自由に使えるようになった。個人の差があるとは思うが、私はバノルスの血を引くもの。ガリルトの血を引くもの。ほかの人とは違う、魔力が強い家の血を引いている。十歳ごろには研究者になり、母からはほかにやることがあるだろうと言われた。周りからは「天才魔法使い」と呼ばれた。成人の儀をやってみたかったが、あんなことがあったから仕方ない。今となっては遠い昔のことで、切ないけど、懐かしい。
話は飛ぶけど、杯流しを今年も五月がやった。
杯流しは、私の娘が始めた祭り。でも、その理由は、私も知らない。
娘が書いた桜空伝に、真実は書いてあると思うのだが。正確な由来が伝わってないのは、おそらく、娘が外に見せるのを禁じたのだろう。
今の
※
霞む階段を五月は駆け下りていた。ショッピングセンターの中にあるような、白い階段。なぜそんなことをしているのかはわからない。ただ、ひたすらに走る。不思議と体は軽く、疲れを感じず、どこまでも走り続けられそうだった。
やがて、目の前に扉が見えた。それに気を取られ、階段を踏み外し、滑り落ちる。すると、あっという間に回りが白に包まれる。体を動かそうとするが、動いているのかどうかわからない。痛みもない。傷ができた感覚もない。何も見えない。聞こえない。においもない。感覚がなくなったのだろうか。
しばらくすると、辺りが黒くなる。漆黒の世界。どこまでも続き、進むべき道がわからない。そこに、明かりがともる。弱々しい明り。ろうそくだった。前と後ろ。それしか道がない洞窟だった。
とりあえず前に進んでみた。細く、長い道。ある程度進むと、分かれ道もあったが、その先は暗くて、とても進めそうになかった。まっすぐに明りのある道を通って行った。
すると、目の前に弱いが、それでもろうそくよりも強い、小さな光が見えた。日光かもしれない。外に出られるかもしれない。そう思うと、歩くスピードが速くなり、駆け出した。
目の前が開けた。しかし、そこで足を止めた。地底湖だった。その先には、天井まで伸びた柵があり、その先には、日光が差し込む。
五月は悩んだ。柵まで泳ぐのは造作ない。ほんの十メートルほどだ。ただ、柵をどうやって壊せばいいのだろうか。それを壊せば、外に出られそうだった。
辺りを見回す。すると、足元には木の棒があった。長さ三十センチメートルほどの、アニメの魔女が持つような木の棒だった。
持ってみる。手になじむ。昔からそれを使っていたような気がした。これなら、柵を破れそうな気がした。
木の棒を持って湖に飛び込み、柵まで泳ぐ。柵にしがみつく。そして、呪文のようなものを唱える。しかし、呪文が正しくないのか、木の棒は何もしてくれない。
そこで、柵にどんなことが起こるのかを想像してみた。
呪文はなんだろうか。思いつかない。とりあえず、英語の「アロー」と、ラテン語の「アクア」を組み合わせてみようと思った。「水の矢」というのがその意味で、想像しやすかった。
そして、五月は言った。
「アクアアロー」
すると、水の矢が生まれ、柵に向かっていく。しかし、鈍い大きな音を立てただけで、壊れない。
足りないのだろうか。しかし、成功はしたみたいだ。何度もやれば、壊れるのではないだろうか。
五月は「アクアアロー」を連呼した。何度も、何度も。柵はなかなか壊れない。次第に、疲労がたまっていく。きつい。柵にずっとしがみついているので、衝撃にずっと耐えなければならず、限界が近づいていく。
休もう。そう思い、来た方を振り返ると、そこにはもう陸地はなく、すでに湖に沈んでいた。
退路がたたれた。もう、このまま柵を壊すしかない。
再び、「アクアアロー」を連呼する。しばらくすると、柵にひびが入ってきた。
いける。五月は攻勢を強める。衝撃や音が伝わるが、それに耐える。
やがて、大きな音を立てて、柵が崩れた。そのはずみで湖にたたきつけられるが、すぐに姿勢を整えて、無我夢中で光のほうへ向かう。陸地にたどり着く。そして、光のもとへと駆けていった。
そのまま進んだ。まっすぐに。
そのまま五月は光に包まれ、あたりが真っ白になり、気を失った。
気が付くと、かなちゃん、マリリンに勉強を教えていた。自分の手元を見る。そこには、英語が書かれてあった。Prediction。「予知」だとか、「予言」という意味だった。
五月は思った。先ほどと同じように、不思議なことが起こるのではないだろうか。
手元を見てみた。木の棒はなかった。
それでも。興味本位で言ってみた。「予知」という現象を思い浮かべながら。
「プレディクション」
すると、目の前の光景が、教室に変わった。いつものように、クラスの人が五月たちを無視したり、ひそひそ話をしたり。五月たちは、三人で過ごしていた。
マリリンの様子がおかしかった。上靴をはいていない。聞いてみると、来たときには下駄箱にはなかったという。
マリリンを残してかなちゃんと一緒に探す。マリリンの靴下を汚すわけにはいかない。マリリンは大丈夫だと言ったが、無理を言って教室に残ってもらった。
上靴はすぐ見つかった。トイレに投げ込まれていた。それを拾い、かなちゃんと教室に戻った。
マリリンに上靴を渡す。お礼を言ってくれた。
そこで急に目の前が真っ白になり、五月の意識はなくなった。
※
目が覚める。目の前には、天井がある。起き上がると、五月の部屋だった。
顔をつねってみる。痛い。どうやら、先ほどまで見ていたものは、夢だったらしい。時計を見ると五時五十分ぐらい。いつもよりも、若干早めに起きた。
いつものように準備し、ご飯を食べ、家を出る。自転車に乗り、学校へと向かう。いつもと同じ朝だった。
教室に入ると、いつものように無視されたり、ひそひそ話をされたりした。もう慣れているため、どうでもよかったが、何もしていないのにそんな態度をとってくるクラスメイトにあきれる。自分の席に向かい、教科書を机にいれる。
そこにかなちゃんとマリリンがやってくる。いつもと同じように話をしていたが、マリリンの表情が硬い。気になって聞いてみることにした。
「マリリン、なにかあった? なんかいつもと違うと思うんだけど」
すると、マリリンの口から耳を疑う言葉が出た。
「上靴がないの。下駄箱にしまってたはずなんだけど。だからちょっと困ってて。先生が来たら来客者用のスリッパを借りられないか聞こうと思ってたんだけどね。来る前に言ってもいいんだけど、先生たちの打ち合わせをやる時間になってたから、来てからにしようと思ったの」
上靴がない。それは、夢と同じことだった。夢と同じならば、トイレにあるはずだ。
「ちょっと探してくるよ」
席を立ちあがる。
「ミーちゃん、いいよ。探さなくても、直に見つかるよ」
「ううん、今探す。なんか夢に見たの。その夢で探したところぐらいは探す」
ホームルームまであと十分ほど。探すのには十分な時間だった。
「でも、悪いよ」
「まあ、そう言わない、麻利亜。すぐ探してくるから」
かなちゃんも立ち上がる。
「わかった。お願いね」
それから二人は、夢の通りに回った。廊下、階段、そして、例のトイレへと順に回る。そこには、夢で見た通り、床にマリリンの上靴が散乱していた。
「ひどい……」
かなちゃんが思わずつぶやく。一方の五月は茫然としていた。
夢の通りだった。上靴を探したのに回った場所の順も、教室の様子も、上靴の散乱した様子も。すべて。
夢を思い出してみる。「予知」という意味の「プレディクション」を、「どんなことになるのかを想像しながら」唱えてみたところ、未来の光景が見えた、と捉えることができる。そして、その夢で見た通りの光景が目の前で繰り広げられたのだ。
もしかしたら、同じように「プレディクション」を、「予知をする」ことをイメージして唱えれば、再び未来を見ることができるのではないだろうか。そのような気がしてならなかった。
そこでもう一度唱えようとすると、かなちゃんに声をかけられた。
「巫女さん? どうしたの? 教室に戻らないと遅刻になるよ」
かなちゃんもいたことを思い出し、二人で教室に戻り、マリリンに上靴を渡した。
「見つけてくれたの? ありがとう、佳菜子、ミーちゃん」
その声が遠い。
これも、夢で見た通りだった。
どうやら、「プレディクション」と唱えると、未来が見えるようだ。
そんなわけない。そんなはずない。たまたまだ。そう思い直す。
たまたま夢で「プレディクション」と言って見えたことが、現実で起こった。デジャビュに違いない。
しかし、そんな風に簡単に片づけられなかった。
五月は、源家の血を引いている、源家最後の人。さらに、五月は源家本家の長女だった。その源家の先祖である、
そんな人が五月の先祖であった。イワキダイキが五月にあることないことを書いて平気な顔をしているのはそのためで、「そんな人なら呪いをかけられるかもしれない」と人々を煽って民衆をひきつける。五月側は否定しようにも、昔のことであるし、魔法をないと証明できないので、何もできないのである。
そんな状況で、未来がわかるかもしれない「何か」に、五月は目覚めてしまったかもしれないのだ。もしかしたら、「魔法」を使えるようになったかもしれない。もしかしたら、「魔法」を現代によみがえらせてしまったかもしれない。もしかしたら、「魔法」が実在することを証明してしまうかもしれない。
それはすなわち、イワキダイキ側に攻撃される、絶好のネタを供給することになる。そうなると、五月はもう反撃できない。泣き寝入りするしかない。逃げるしかない。行方をくらますほかない。
かなちゃんと、マリリンと合わせる顔がなくなる。
そうならぬよう、五月は二人には話さないことにした。二人ならこのことを聞いても五月のことを信じるだろうが、誰かに聞かれるわけにはいかなかった。そうなると、誰にも話せなくなるため、疑うわけではないが、お義母さんにも綾花にも話すことはできないことになる。
これでは相談ができそうもない。
しかし、誰にも話せない存在が五月にはいた。
「サラ、帰った後、ちょっといい?」
サラに声をかける。誰にも聞こえないよう、極力小さな声で。すると、サラが目の前に現れ、首を縦に振ってくれた。
※
かなちゃん、マリリンと別れた後、五月はまっすぐ自分の家へと帰り、すぐに自分の部屋へと向かい、サラを呼び出した。
サラは五月の目の前に現れた。
「どうしたのですか、五月。学校でも少し様子がおかしかったのですが、なにかありましたか?」
五月は深呼吸してサラに聞いた。
「ねえ、サラ、笑わないで聞いてくれる?」
サラはそれに頷く。
「サラって魔法を信じる?」
たったそれだけのことなのに。サラの顔は、不意に曇る。
「ほら、千渡村には、『
「五月は、どうしてそのように思うのですか?」
サラが聞いてくる。表情は暗い。あまりこの話はしたくないのだろうか。
「予知夢を見たの。それも、夢のまんま。マリリンの上靴がなくなって、それを探して、トイレにあって、それをマリリンに渡すとこまで、そっくりそのまんま」
「なぜ……、なぜそれで魔法のことを聞くのですか?」
サラの表情は暗いままだった。
「予知夢を見る直前に、夢を見たの。それに英語があったんだけど、その意味を想像しながら言ってみたの。『予知』という意味の『プレディクション』をね。そしたら、予知夢を見たの」
それを聞いて、サラは驚愕の表情を浮かべる。
「え……、五月は、『プレディクション』と唱えて、予知夢を見たのですか?」
五月は頷く。サラは真っ青になっていた。
「サラ、大丈夫?」
心配になり、五月がサラに聞く。
「だ、大丈夫です。……その、五月。本当に、『プレディクション』と唱えて、予知をすることができたのですね?」
その質問に五月が頷く。
「そうですか……、そう、ですね……、魔法、ですか……。これだけだとわからないのではないですか? まだ一回だけなのでしょう?」
五月は首を縦に振る。
「それならたまたまじゃないでしょうか。何回も起こらないと、魔法を証明できないと思いますよ」
失礼します、と続けて、サラはどこかへと消えた。
何かを隠している。そう五月は思った。サラにうまくはぐらかされ、質問にきちんと答えてくれなかったように思う。
普通なら、わからない、とか、信じている、信じていない、というように答える。しかし、サラは、どうして魔法があると思うのか、と聞いてきた。それは、魔法があることを知っている人が、それを隠すようにしているような、怯えているような態度にしか見えなかった。
そうなると、魔法は本当に実在したのだろうか。真偽はわからない。
そもそも、サラがいったい何者なのかもわからない。聞いてもはぐらかされてきた。なぜ五月にしか見たり、会話したりできず、誰も触れないのだろうか。どこから来たのだろうか。なにを知っているのだろうか。何歳なのだろうか。
身近な友達を不気味に感じた。
※
それ以来、五月は誰もいないところで、「プレディクション」を唱えるようになった。もちろん、予知ができた時と同じように、予知するところを想像しながら。しかし、予知をすることはしばらくできなかった。
また、「アクアアロー」も唱えようと思った。しかし、水とはいえ矢を放つので、なにかを壊したり、危険にさらしたり、誰かに見られたりする可能性が高く、「アクアアロー」を唱えることはなかった。
誰にも気づかれないよう、自分の部屋に一人でいるときのみ「プレディクション」を唱えた。成功することはなかった。そのため、次第に五月は、たまたま夢で見たことが現実になっただけだと考えるようになった。
「プレディクション」を唱えるとき以外は、かなちゃんやマリリンと一緒に過ごした。学校ではひそひそ話や無視に加え、物がなくなることが起きるようになった。それが続くようになってから、三人はいじめを受けていると自覚した。しかし、三人は一緒にいて、いじめに耐えていた。三人一緒に過ごすため、さらに結束が増した。
三人は友達。ズッ友。どんなことにも、くじけない。
そうして時は過ぎ、十一月、二学期の中間試験の試験期間に突入した。試験開始の前日、五月はいつものように二人と勉強していた。解散し、自分の部屋で寝る前に軽く教科書とノートを見返していたが、ふと「プレディクション」のことを思い出した。
どうせ何も起こらないんだろうな。起こったらラッキーだな。そのように思い、軽い気持ちで、軽く予知のイメージをして言った。
「プレディクション」
すると、頭の中に映像が飛び込んできた。何かを考えながら目の前を見ているときの、その何かが頭の中に入ってきたのだ。
それは教室の中。試験中だった。手元には、歴史の問題があった。その問題を、しっかりと見た。目に焼き付いた。
そこで頭の中に映像が流れなくなった。
これは、どういうことだろうか。まさか、本当に使えたのだろうか。
それに、明日は歴史もある。その問題もしっかり見た。
明日になれば、使えたかがわかる。一応、その問題の部分が書いてある箇所を再び読んで、布団にもぐりこんだ。
※
翌日、五月はいつものように学校に登校し、試験を受けた。
歴史の時間直前。五月は心を落ち着かせる。しかし、目の前の光景は「プレディクション」で見た光景と似ていて、不安になる。
試験が始まる。問題を開いた時、五月は青ざめた。
「プレディクション」で見た問題そのものだった。
※
試験は歴史以外、問題なく終わった。点数で見れば問題はどの教科も問題ないのだが、歴史の時の衝撃が強すぎた。
軽率だった。使わなければよかった。よく考えればよかった。
「魔法がある」ということが、さらに裏付けられる事態を招いてしまった。
これでは、イワキダイキの妄言に、塩を送っていることになり、余計に五月の立場を苦しくしかねない状況だ。
後悔の念に苛まれる。
ただ、これもたまたまの可能性がある。このままなかったことにして二度と「プレディクション」を唱えなくてもいいかもしれないが、無意識のうちに使ってしまうかもしれない。
つまり、魔法なのかもしれないものの制御ができないかもしれないのだ。そう考えると、本当に使えるものなのか、使えるとしたらそれを制御できるかなどを確かめるために、何回も唱える必要がある。そして、誰にも見られてはいけないことになる。
イワキダイキのような連中から疑われないためにも、引き続き「プレディクション」を唱えなければならないと思うと、いつまで続ければいいのかわからず、嫌になる。
それに、かなちゃんとマリリンが知ったらどうだろうか。裕樹が、ゆかりたちが知ったらどうだろうか。絶対に五月を裏切らないとは思うが、裏切られることを考えると、身の毛立つ。
そんな不安に駆られないためにも、絶対に誰にも見られてはいけないだろう。
……サラは誰にも見られないだろうから、大丈夫かもしれないが。
そのように五月が思案していると、かなちゃんとマリリンはそんな五月の様子に気づき、声をかけてくれた。しかし、五月は「二人には言えないことなの。ごめん」というだけで、何もできないでいた。
そんな時、またクラスの人の中に、魔法でカンニングしたと騒ぐ者がいた。教員は穏便に済ませようと、相手にせず、なにもしなかった。かなちゃんとマリリンは励ましてくれた。
しかし、五月はそれを素直に受け止められなかった。「プレディクション」で、実際の問題を見てしまったのである。たまたまかはわからない。それでも見たという事実は変わらず、五月の気持ちは重くなるばかりだった。
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