番外編 青空バースデー
五月二十二日。今日は土曜日で、部活が終わった後、かなちゃんとマリリンに言われるがままに、五月は源神社の、村を一望できる高台に来ていた。
見上げれば満点の青空。桜の季節ならば、絶好のお花見日和だったが、それは一か月も前の話。すでに花弁は散っていて、青々とした葉桜となっている。
そこに、五月がたった一人でいた。
それは、一時間ほど前にさかのぼる。部活が終わってみんなで帰路についていた時、かなちゃんに、「ごめん! ちょっと用事があるから、巫女さんは花見したところで待ってて! ご飯は食べなくて大丈夫だから!」と言われて、そのまま二人と別れてしまったのだ。かなちゃんを追うマリリンを呼び止めようとしたが、マリリンにもはぐらかされ、五月一人になり、仕方なく源神社の高台に来たのだ。
二人が何をしようとしているのかはわからない。それでも、何も不安に思わないのは、二人が、かけがえのない友達、ズッ友であるからに他ならない。
なにか、五月を驚かせようとしているのかもしれない。
そう考えると、少し戸惑ってはいるけれども、とても温かい気持ちになる。
楓と雪奈と一緒に過ごしていた時に戻れたようで、毎日が楽しい。
それに、希望ちゃんをはじめとしたクラスメイトとも仲のいい人が増えて、幸せへの道のりを確実に歩んでいるように感じていた。
昨日も、希望ちゃんともうすぐ大会があることで話が盛り上がっていた。
でも、やはり裕樹との約束が大きい。
絶対に幸せになる。
その約束は、五月にとっての、目標であり、ゴール。そこへ到達するために、日々を過ごしている。
だからこそ、今の五月を支えているのは、裕樹だ。
裕樹がいなかったら……。
寒気がする。
おそらく、みんなの後を追って……。
そう考えると恐ろしい。
それは、本当の終わりなのだから。
その五月を支えてくれて、再び幸せをつかむために歩めるようにしてくれた裕樹は、五月にとって、とても大きな存在になっていた。
裕樹との約束を果たそうとしたおかげで、ズッ友ができた。
五月は、ますます二人を大事にしようと思った。
長いこと物思いにふけっていたが、そろそろ疲れてきた。
千渡村に戻るのに、坂道をずっと自転車で上ってきたからだ。
それに、お昼時なのに、何も食べていないのだから、空腹も合わさって、ヘロヘロだ。
とりあえず腰を下ろし、辺りを見回す。
すると、かなちゃんとマリリンがこちらへ向かって歩いてきていた。
「お待たせ、巫女さん」
「ミーちゃん、ごめんね。結構待ったんじゃない?」
思わず苦笑いする。
「まあ、ちょっと待ったかな。お腹もペコペコだし。それよりも、その荷物、どうしたの?」
二人は、カバンを背負っていたが、いつもの部活のではなく、もう少し大きいものだった。
なぜか、かなちゃんは何やら不気味な笑みを浮かべている。
正直、嫌な予感しかしないが、おそらく、何かを企んでのことだろう。ズッ友になって以来、かなちゃんのことは以前にもまして知っていた。
しかし、マリリンも笑みを浮かべていた。それも、かなちゃんと同じような笑み。
普段のマリリンはこのような笑みは浮かべないので、余計に不安になる。
そんなわたしの不安に気付かないかのように、笑みを浮かべたまま、二人はカバンを下ろし、マリリンがその中からレジャーシートを出す。
「まあ、ミーちゃん、そこに座って」
とりあえず、マリリンに言われるがまま、靴を脱いで、シートの上に正座する。それを確認してから、かなちゃんとマリリンも靴を脱いでシートに座る。
そして、かなちゃんの笑みがますます深くなり、カバンから、重箱のようなものを取り出す。
「……巫女さん」
「……ミーちゃん」
「は、はい!」
二人に改めて名前を呼ばれて、変な声で返事を返す。
「誕生日、おめでとう!」
二人は声をそろえて、祝いの言葉を放つと同時に、重箱を開ける。
その中には。
「……え、そ、蕎麦?」
笊蕎麦が盛り付けられていた。
驚いてしまって、どもってしまう。
そして、「誕生日」という言葉。
「もしかして、わたしの誕生日プレゼント?」
二人の顔を見る。
ニヤニヤしていて、五月が驚くところを見て、喜んでいるようだった。
「驚いてる、驚いてる!」
「やったね、佳菜子。サプライズ、成功だね!」
どうやら、サプライズだったようだ。
実際、誕生日のことなど、すっかり頭から離れていたので、今日が五月の、中学生になって初めての、十三歳の誕生日だということを思い出し、余計に衝撃が大きい。
それと同時に、ズッ友の二人が、五月のことを思ってくれていることが伝わってきて、とてもうれしい。
自然と、顔が綻ぶ。
「……ありがと、かなちゃん、マリリン」
「どういたしまして」
二人同時に返してくれる。
みんな、笑顔。
絶望に叩き込まれていたころからは、考えられないほど。
お父さん、お母さん、楓、雪奈は死んでしまったけど。
イワキダイキのデマはあるけれど。
裕樹が約束を通して救ってくれて。
ゆかりや綾花、村のみんなが支えてくれて。
サラがいて。
そして、ズッ友がいてくれて。
幸せの一歩をつかめている気がする。
幸せになれそうな気がする。
……いや。
幸せになれる。
幸せになる。
絶対に。
何があっても。
五月は前を向く。
来月は、六月。
お父さんとお母さんが死んでから、二年がたつ。
間違いなく、イワキダイキが仕掛けてくる。
負けるものか。
ズッ友がいるんだ。
みんながいるんだ。
約束があるんだ。
たとえくじけたって、絶対に立ち直る。
そして、幸せをつかむんだ。
あんな疫病神なんかに負けるわけにはいかない。
みんなのためにも。
楓と雪奈のためにも。
お父さんとお母さんのためにも。
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