番外編 桜空伝(さくらでん)

 今となっては昔のことだが、山間に村があった。田畑を耕して人々は暮していた。

 ある日、その村の神社の神主が、山中で倒れた女性を見つけた。服はところどころ破れ、髪は土埃にまみれて灰色となり、全身から血が流れていて、神主は女性が死んでいるものと思った。急いで駆け寄ると、かすかに体が揺れていた。生きている。そうとわかると、神主は自宅まで女性を運び、村の女と一緒に精一杯介抱した。

 女性はなかなか目を覚まさなかった。息はしているものの、弱々しく、神主は女性の無事を切に願った。


 数日後、村の女を家に送った神主は、自宅に戻ると、女性が起きているのを見た。助かった。そのことがわかると、神主はうれしく思った。長髪で美しく、整った顔は美人そのものの、少女だった。そのとき、少女が神主を呼んだようだった。しかし言葉がわからず、何を言っているかわからなかった。少女も言葉が通じてないことに気付いたみたいだったが、何か聞き取れない言葉を話すと、神主に向かって話しかけた。すると神主は、少女の言葉を理解することができた。驚きながらも事の経緯を話すと、少女は助けてくれたことを感謝したうえで、動けるようになるまで世話になりたいと頼んだ。神主はそれを受け入れ、しばらく少女は居候した。少女の名は、桜空さくらといった。


 ある日のこと、神主の村に近隣の村から、百人以上の不審な人間が、不思議な術を使って村々を襲い、ほとんどが壊滅したという情報が入ってきた。さらに、それが神主の村に迫ってきたのである。村は混乱し、四方八方に人々は逃げた。神主もどうするか悩んだ。その時、少女が、「自分は神である。自分を助けてくれたお礼に、その不審な人間どもを追い払おう」といった。神主はにわかには信じられなかった。そこで少女は神主に不思議な術を見せた。何かの言葉を少女が話すと、急に突風が吹いたり、水の矢が放たれたり、植物が急成長したりした。それを見て、神主は少女を神と確信し、神に指示された場所に避難し、神にすべてを委ねた。


 そして、神と不審な人間が激突した。一対百以上と、無謀なように思えた。しかし、神は傷つきながらも、その不思議な術ですべて撃退した。村から脅威は去ったのである。

 これに村人たちは感謝した。もちろん神主も感謝し、神の傷がいえるまで世話をし続けた。神は神主に礼として、神主が独り身であったので、その不思議な術で嫁を授けた。神主は神に感謝し、夫婦で幸せに暮らした。数年後には子も生まれ、幸福に包まれた。


 ある村に、神が舞い降りた。神は傷を負っていて、その村の神主が介抱し、その感謝として、村に襲ってきたものを撃退した。その十数年後、村に疫病が広まった。神主は神に助けを求めた。そこで神は病人のもとへと足を運び、神の術で癒した。ほかの村々からも要請があり、神が滞在していた村に来たり、神のほうから近隣の村に出向いたりして、その人々も救った。人々は神を讃美し、その神を祀る神主一家を称賛した。


 しかし、神といえども、一人ずつしか癒せず、人々の治癒は滞った。そうなると人々は口々に神や神主、その家をののしった。神への感謝として、その年に不作だった穀物を神社に収めていて、それが狙いで事態を長期化させていると人々が考えたためである。また、疫病は周辺地域にも拡大し、それを広げたのは神や、神主一家だといううわさが広まった。それに対し神主一家や村長の家が潔白を主張したが、人々は神や神主一家を死罪にするよう領主に請願した。それを受けて、領主は神主一家を捕えるよう命じ、その命を受けた村人が神主を殺した。


 それに対し、神は怒り狂い、村に火を放ち、人々を次々に殺した。なすすべがなかった。血や腸が、川のように流れた。そこに、神主の妻がやってきた。自分の身を生贄としてささげることで、怒りを鎮めるように神に懇願した。神はそれを受け入れ、神主の妻を生贄とし、怒りを鎮め、神の世界に帰った。これが、「桜空さくらの祟り」である。


 その後、神主の娘の桜月さつきが、「杯流し」という祭りを始めた。桜月は神同様、不思議な術を用いて人々を導いた。領主は畏れをなし、二度と村とかかわることはなかった。その村は、「血腸ちわた村」と呼ばれるようになった。

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