第六話 日常
最近の五月は、以前にもまして友達がたくさんいて、みんなと仲がいい。特に、佳菜子と麻利亜は、五月と親友になってくれるかもしれない。裕樹との約束を果たすのにつながるのではないだろうか。
ただ、心配がある。魔法の話が出たのだ。
五月の神社の神「
でも、五月の過去を聞いたらどう思うのだろうか。自分たちも巻き込まれるのではと、思うのではないだろうか。
そして、私のことを聞いたら、どう思うだろうか。
私は怖い。五月がまた、一人になることが。
私は見たくない。五月がまた、つらい目に遭うところを。
私は嫌だ。また、一人になるのが。
※
花見から数日後。五月はかなちゃんとマリリンと休み時間に話して過ごすようになっていた。放課後には部活をし、帰りは途中まで一緒に帰り、そこで別れるようになっていた。
この日も、いつものように三人で話していたのだが、かなちゃんが徐に切り出した。
「ねえ、巫女さん。千渡村には蕎麦屋とか温泉があるんだっけ?」
それに五月は頷いて答える。
「うん、そうだよ。蕎麦屋は常連になってるし、時々温泉にも行ってたよ。最近は行ってなかったけど……」
最後に行ったのはいつだろうか。五月は思い出してみる。
「ああ……、そっか……」
温泉に最後に行ったのは去年で、今年はまだ行ってなかった。蕎麦屋には今年も行ったが、それも一月。そして、温泉に行けなかったのは、あれがあったから。
雪崩があったから。みんな……、いなくなったから……。
あれ以来、五月は温泉にも蕎麦屋にも、行く気がおきなかった。そもそも、考えたことがなかった。
裕樹との約束をするまで、病院にいたり、家に閉じこもったりしていた。絶望していた。真っ暗だった。
イワキダイキに、「暁五月と関わると死ぬ」という妄言まで書かれ、様々な連中から、いわれのない誹謗中傷を受けた。
でも、あの日、裕樹が救ってくれた。
それからは、小学校にまた通うようになった。がんばろうと思った。約束のために。
それでも、孤独だった。
そこにいるのは、教員と、五月、そして、楓と雪菜と他のクラスメイト二人の、計四つの机。
先生が児童に質問をする。先生は児童が座っている方を見る。そこには、五月しか座っていない。五月しか返事をしない。五月は頭がいいから、何を聞いてもすぐに答えが返ってきて、もはや、授業などではなかった。学ぶことはなかった。
休み時間になる。周りの教室はうるさくなる。しかし、五月のクラスに声はない。五月は六年生だが、クラスは一つ。児童は一人。会話が生まれる余地はなかった。五月はただ本を読んで過ごした。たまにほかの学年の児童が来て、話したり遊んだりはしたが、親しくもない彼らと触れ合っても心が満たされない。裕樹との約束を果たしたかったが、何も感じない彼らといるのはただ苦痛で、ただ流れに身を任せながら過ごした。
卒業式。一人。別れなどなかった。もう、そこには別れるような人はいなかった。
そんな息苦しさにいたため、蕎麦屋とか温泉のことは考えられず、家ではぼうっとして過ごしていた。
裕樹と約束して、がんばろうと思っていた。でも、具体的にどうすればいいのかがわからなくて、周りとうまく付き合えず、結局一人になってしまった。
心の傷が、大きすぎた。
そんな五月を救ってくれたのは、サラだった。
「五月、裕樹との約束を忘れましたか? いえ、覚えているはずです。そうならば、中学校に入学してからでもいいですから、友達を作ってみることから始めませんか? 『絶対に幸せになる』と約束したのでしょう? どうすればいいのかわからないかもしれませんが、一人でいるのはつらくなかったですか? つらかったのなら、まず友達を作ることから始めてはどうですか? それで楽しかったのなら、それは約束を果たす一歩になると思いますよ」
そういってくれたサラに、五月は言った。
「友達……、か。確かに、サラの言う通りかもね。小学校にいても、先生か年下だけ。親しくない人たちとは、うまく付き合えるはずなかったか。でも、中学校に四月から通う。そこには同じ年の人がいっぱいいる。気兼ねなく話せる人を、見つけられるかもしれない。裕樹と約束してから卒業するまでその人を見つけられなかったけど、何も知らない彼らの中にいるかもしれない」
そして、サラに微笑んで言った。
「わかった。サラの言うとおり、友達がいたら、楽しいかもしれない。それなら、裕樹との約束に近づける」
「わかりました。大丈夫です。私がついています。なにがあっても、わたしは五月の味方です」
「うん、ありがと、サラ」
それからは前を向くことができた。中学校の初日から、心細くはあったが、みんなに声をかけられた。サラの助けもあって、自己紹介をうまくできた。
そして。今、目の前にいる二人が、友達として、五月を支えてくれている。
「それじゃ、今度のゴールデンウィークに行こうよ。学校は部活があるだけだし。行けるときに行っといたほうがよくない?」
その友達の一人の、かなちゃんが、蕎麦屋と温泉に行こうと言う。もう一人の友達の、マリリンも賛同する。
「それ、いいね。ミーちゃん、行こうよ。千渡村にはこの間行っただけで、花見以外もしてみたいし、せっかくの連休だし」
新しい友達の二人が、行きたいと言う。
かつての日々みたいに。友達と一緒に蕎麦を食べて、温泉に入って。その懐かしく、遠く、儚い時が、再び手に入れられる。楽しい日々が戻ってくる。約束に近づけられる。
五月は、それに頷き、蕎麦屋と温泉は、ゴールデンウィークも営業しているので、四月二十九日に行くことにした。部活の後の昼ごはんに蕎麦を食べ、温泉に入る。ただそれだけのことをするのが、とても楽しみだった。
※
「ここが蕎麦屋だよ」
部活が終わり、しばらく自転車をこいで、三人は蕎麦屋の目の前に来た。
その蕎麦屋の名前は、「
五月は久しぶりに来たが、以前と変わらず立派な家と店だと感じた。数か月来ていなかっただけなので、当然と言えば当然なのだが、それ以上の時が経っていると感じ、感慨深かった。
店に入る。すると、見知った顔が出てきた。
「いらっしゃいま……、え、五月ちゃんじゃないですか。お久しぶりです」
そう言ったのは、橘家現当主、雄一郎の長女、次期当主の
「お久しぶりです、綾花。元気にしてましたか?」
「はい、元気にしてましたよ。五月ちゃんこそ大丈夫ですか? 色々と大変でしたけど……。あれ?」
そこで、綾花は、五月と一緒に来たかなちゃんとマリリンに気付いた。
「もしかして、五月ちゃんの友達ですか? はじめまして。私、橘綾花と申します。五月ちゃんがお世話になってます」
お辞儀する綾花に、かなちゃんとマリリンも慌ててお辞儀する。
「あ、いえ、あたし、千葉佳菜子です。五月の友達です。よろしくお願いします」
「ワタシ、佐藤麻利亜と言います。同じく五月の友達です。よろしくお願いします」
その挨拶を聞くと、綾花は五月に微笑んで言った。
「新しい友達ができたんですね。よかったです。元気そうな姿を見られて」
その言葉に、かなちゃんとマリリンは違和感を覚えたが、すぐに五月が綾花に言葉を発したため、詳細を聞くことができなかった。
「綾花、今日は二人とここの蕎麦を食べようと思ってきたのです。いつもの部屋は空いてますか?」
五月の様子に、変わった様子はない。気のせいだと思い、二人はその違和感を流すことにした。それよりも、いつもの部屋というのが気になっていた。五月は常連だったというから、もしかしたらいつもそこで食べていたのかもしれないと思った。
「ええ、空いてますよ。それじゃ、五月ちゃんはみんなと一緒にそこに行ってください。私はメニューを持ってきますので、少々お待ちください」
そう言うと、綾花は厨房のほうに去る。三人は五月についていき、店の奥の小さな部屋へと向かった。
「ここがわたしがいつもここで蕎麦を食べるときの部屋なの。小さいけど、なかなかいいとこでしょ」
そこは、まさに和室という場所。畳が敷かれ、障子の窓、違い棚などがあり、まさに教科書に載っている、銀閣の書院造のような部屋だった。
そこに、ゆったりとした声が降ってくる。
「あ、びっくりしました? ここ、うちの自慢でもあるんですよ」
綾花だった。メニューとお冷を持ってきてくれたのだ。
「あ、はい。なんか教科書に載ってそうな部屋だったので」
かなちゃんが返す。
「ありがとうございます。ご注文が決まりましたら、五月ちゃん、私に言ってください。厨房のほうにいますので」
それに五月は頷くと、綾花はその部屋を出て行った。
「ねえ、ミーちゃん、なにがおすすめ?」
マリリンがメニューの冊子を開く。そこには、野菜かき揚げ蕎麦、笊蕎麦、かけ蕎麦、わかめ蕎麦などが載っていた。
「そうねえ、ここの一番人気は野菜かき揚げ蕎麦だから、それにする?」
二人はそれに頷き、五月は綾花のいる厨房へ向かった。
「綾花、注文いいですか?」
すぐに綾花が見つかり、五月は声をかける。
「はい、いいですよ。早いですね。なんですか?」
「野菜かき揚げ蕎麦三つお願いします」
それを聞くと、綾花は朗らかに笑う。
「やっぱり最初はそれですか。人気ですからね。たまには別のも注文してくださいよ」
五月は苦笑した。
※
「お待たせしました。野菜かき揚げ蕎麦です」
そういって綾花はいつもの野菜かき揚げ蕎麦を持ってきた。
どんぶりの中に、蕎麦と、ネギ、そして、大きなかき揚げがあった。
「いただきます」
三人そろって言う。
蕎麦をすする。その感触、蕎麦の味、歯ごたえ、喉越し。すべて懐かしい。おいしい。かき揚げを食べる。蕎麦と同じく、懐かしくて、かりかりして、おいしい。かつて食べてきた味がそこにあり、あの時の幸せの一端に触れた気がした。
かなちゃんとマリリンも食べる。すると、食べるのに夢中になり、まともに話をしなくなった。それもそのはずで、一度食べるとその虜になってしまうほどのおいしさであり、その味を求める人で賑わっていた。二人もそのような人たち同様、その味に惚れていた。
あっという間に三人は蕎麦を平らげ、会計に向かった。
「また、来てくださいね。いつでもお待ちしております」
綾花がそう言うと、かなちゃんとマリリンがまた来ると言った。
「綾花、ご馳走様でした。おいしかったです。懐かしかったです。また、みんなで来ますね」
かなちゃんとマリリンも五月と同じく礼を言った。
「ありがとうございました」
その声を背に受けながら、外に出た。
「じゃあ、次は温泉だね、巫女さん」
かなちゃんが五月に確認する。
「うん、そうだよ」
「温泉ってどこらへん? 近いの?」
マリリンは場所を聞いてくる。
「うん、近いよ。ここの隣」
二人は驚きの声を上げる。
「え、そうなの、巫女さん?」
「うん、駐輪場もあるから、自転車はそこに停めよう」
三人は自転車で温泉に向かうと、すぐに旅館のような施設が見えた。
そこが、五月が言っていた温泉、「千渡温泉」である。暁家、つまり、五月の親戚が経営する温泉で、すぐ近くにはスキー場がある。
そこに三人が入ると、暁家の人や従業員が声をかけてきた。五月は一人一人、ほどほどに話しながら、かなちゃんとマリリンとともに、温泉のある浴場へと向かった。
ほどなくして、女湯の脱衣所に三人は入った。そこで服を脱ぎ、三人で浴場に入った。
目の前には、見慣れた広い浴場が広がった。大きな湯船がいくつかあり、かけ湯をしてから、三人は湯船につかる。
懐かしかった。以前は、楓や雪奈と一緒に入ることが時々あった。それより前には、お母さんと一緒に入っていた。その日々は今となっては遠いもの。しかし、今は隣に、新しい友達の、かなちゃんとマリリンがいた。かつての幸せが、再び戻ってきつつあるように思った。
「巫女さん、露天風呂ってあるの?」
かなちゃんが尋ねてくる。
「うん、あるよ。そっち行こうか」
三人は湯船から上がり、五月に続いて外へと続く扉へと向かう。
外に出ると、やはり依然と同じような露天風呂があった。
再びかけ湯をして、三人は入った。
「ミーちゃん、いい湯だねえ」
マリリンが間延びした声で五月に話しかけてくる。すっかりくつろいでいるようだった。
「そだねえ」
五月も間延びした返事をする。
そのとき、横から不気味な視線を感じた。温かい湯に浸
つ
かっているはずなのに、背筋を悪寒が走り抜ける。恐る恐るその視線の先に振り向いてみると、かなちゃんがにやにやしながら五月のある一点を見つめていた。
「え、なに? どうしたの? 何かついてる?」
五月は後ずさりしながらかなちゃんに尋ねた。嫌な予感がして不安になる。
かなちゃんはにやにやしながら言った。
「ああ……、うん、そうだねえ……。確かについてるねえ……。……ひっひっひ……。巫女さん、どうやったら……」
一度区切り、大げさにかなちゃんは続けた。
「どうやったら、そんなに大きな胸を手に入れられるんだい?」
「……はい?」
よくわからないことを言われたため、理解できず、間抜けな返事が口から出る。
「だから、どうやったら、そんなに立派な胸になるんだい? まだ中一でしょ? 日々、たゆまぬ努力をしているのではないのかい?」
何やらよくわからないことを言われる。そして、あまりにもはしたない発言に頭痛がしてくる。
「ええと、佳菜子さん、何をおっしゃっておいでですか? ひょっとして、変態ですか? わたくし、普通に、普通に生活しているだけですよ」
深呼吸をすると、頭が冷えてきたので、佳菜子に冷たく言い返す。怒鳴ってやっても良かったが、周りに人は何人かおり、源家当主として、恥ずかしい真似はできない。
それでも佳菜子は五月に変なことを聞き続ける。不気味な笑い声をあげ、まるで周りの変態な男子のようで、うんざりしていた。
そのとき、マリリンが佳菜子に言ってくれた。
「佳菜子、いい加減にしなさい。ミーちゃんに失礼でしょ。確かに胸がすごく大きいけど、成長が早く来ただけでしょ。あんた、変態にしか見えないよ」
そこでやっと佳菜子は止めてくれた。
「ごめんね、巫女さん。その立派な胸を見たら、つい、いじりたくなっちゃって。もうしないから、許して」
かなちゃんが舌を出して謝る。
「……もう、しょうがないな」
それを聞いて、許す気になり、五月はそれを受け入れた。
そんなやり取りも、楽しかった。いかにも普通の日常のように思えて、楽しかった。
この二人となら、ずっと楽しく過ごせると思った。
でも、それは長く続くのだろうか。
六月まで、あと一か月ほど。両親が死んでから、二年が経とうとしていた。
そして。今年の一月には、楓と雪菜が死んだ。
みんな、五月と関わった人。みんな、五月と親しかった人。
イワキダイキが、再びやってくるかもしれない。そして、二人を付きまとうかもしれない。
何も知らない方がいいのか。知らせて、心構えをしてもらった方がいいのか。
なにより、どうすれば傷つかないのか。
五月には、よくわからなかった。
二人は、五月がかすかに暗い表情をしているのには気づかなかった。
しかし、それに気付いた人がいた。
サラだった。
※
その日の夜、サラは五月の今日の出来事を聞いていた。特段、五月に変わった様子はなく、一目見ただけでは、先ほどの暗い表情は見間違いだと思えるようだった。
しかし、サラにはそのように見えていなかった。五月が生まれてからずっと、一緒に過ごしていた。五月の両親がいない今、親しくしている年月の長さは、ゆかりを優に上回る。そのため、サラは五月のことを、誰よりも知っているつもりだった。だからこそ、五月の微妙な表情の変化に気付けた。
楽しげに語る五月の話が一段落したところで、水を差すことを後ろめたく思いながらも、サラは五月に切り出した。
「五月、一つ質問してもいいですか?」
五月は笑顔のまま頷く。
「温泉に入っていた時、どうしました? ……イワキダイキのことを考えていましたか?」
それを聞くと、五月の目が大きく開かれる。
「どうして、そう思うの?」
「五月の表情が微妙に変わったからです。でも、あんなに楽しそうなのに、そんなことをする道理がありません。おそらく、いつまで続くのか不安になったのではないですか? また、幸せが終わるのではないか。六月にまたあいつが来るのか。そうなったら二人はどう思うのか。そういうことも、不安に思っているのではないですか?」
サラが口を閉じると、静寂が訪れる。サラは、五月の言葉を待つ。五月は、サラの言葉を聞くと、その表情を硬くするが、言葉を発しない。どう話すべきか、悩んでいるようにも見える。
やがて、五月は苦笑いしてサラに言った。
「いつ気付いたの?」
「五月の胸の騒動が収まった時です」
サラは即答する。
「そっか……、二人は気付いてなさそうだったけどな……」
そのように言う五月の表情はどこか寂しげで、サラは思わず目をそらしてしまう。
「半分正解で、半分間違い。イワキダイキのこととか、二人のことを考えてはいたんだけど、二人にそのことを話すべきなのか迷ってたの。知ってるべきなのか。イワキダイキが来るのに心構えをするべきか。なによりも、どうすれば一番傷つかないのか。サラはどう思う?」
五月に聞かれる。少し考えてみる。
この場合、最悪なことを考えるべきだろうか。もしそうならば、最悪な事とはなんなのだろうか。
それは、再び五月が一人になることなのではないだろうか。すなわち、佳菜子と麻利亜が、五月と関わらなくなることなのではないだろうか。
サラは、五月が一人になった時のことを知っている。自分が一人だった時を知っている。
五月はその時どうだったか。イワキダイキの記事によって中傷され、味方はサラ以外いない。まるで、真っ暗なトンネルのよう。逃げ道があるかどうかわからず、前に進んでいるのか後ろに進んでいるのかもわからない。絶望の袋小路。
それを誰が救ったか。楓たちや、裕樹だった。彼らが五月の足元を照らしてくれた。道標になってくれた。五月を前に進ませてくれた。支えてくれた。
今、佳菜子と麻利亜がその支えになってくれるようにサラは思った。花見や、今日のような日常を送ること。そんな普通のことが五月には必要だと思った。普通がどれだけ幸せなのか。それは、サラと五月はよく理解していた。
そうであるならば、果たして二人にイワキダイキの話をしていいのだろうか。話した時、二人は五月を避けるのだろうか。話さなかった時はどうなのか。どうすれば傷つかないのか。そして、何が最善なのか。
そのようなことを思案していたところ、サラは先日の花見の時の会話を思い出した。
魔法のことを聞いても、「夢がある」と言ってくれた、二人のことを。
サラも迷っていた。怖かった。二人は、信じるに足る人物なのか。五月のことを、理解できる人物なのか。
花見や、今日のことを思い出してみると、二人は悪くない人に思える。五月とも仲がいい。
魔法のことを、「夢がある」と言ってくれた。
そして、言わなかった場合に、イワキダイキの問題や、村の話、五月の話などを聞いた時、二人は五月にどう思うだろうか。その時に五月の説明を聞いて納得するだろうか。
否。きっと、怒るだろう。そして、余計に傷つくだろう。友達だと思っていた人から信頼されていなかったと思って。苦しんでいた五月に気付けなかったことを許せなくて。イワキダイキ達から五月を守れなくて。
それは結局、三人の関係の破綻につながると思った。
そして、また五月は一人になってしまい、裕樹との約束もままならない。
そのまま、楓たちの後を追ってしまうかもしれない。
そのまま、サラはかつてのように一人になってしまうだろう。
それに耐えられるとは、思えない。
でも、もし話したらどうだろうか。二人は五月を避けるだろうか。イワキダイキのようなことをするだろうか。
そんなことは、ない。少なくとも、花見や今日の様子を見る限り、二人は五月の味方だと思った。
サラは、その考えを、二人を、信じることにした。
「五月」
サラは五月に顔を上げる。すると、五月も顔を上げ、サラの目を見る。
「話すべきだと思います。信じるべきだと思います」
しかし、それに五月は素直に応じない。当たり前だ。これはもう二度と二人と仲良くできないかもしれないことに直結する。慎重に考えるのも無理はない。
それでも、サラは揺るがない。
「五月、話すべきです。私は花見や今日、そのほかの日もずっと五月と一緒にいて、二人のことを見ていました。いい人に見えました。五月と仲がよさそうでした。友達になっていると思いました。そして……、魔法のことを、『夢がある』と言ってくれました。悪いようにはいいませんでした。その人たちを、信じるべきだと思いました」
サラは続けた。
「もし、二人に言わなかった時はどうなるのか想像してください。あとで五月のこととか、イワキダイキのこと、村のこと、魔法のこととかを聞いて、二人は納得できますか? できないと思いますよ。きっと、二人は五月に怒ったり、傷ついたりすると思いますよ。そうなると、三人でいられなくなるかもしれませんよ」
そこまで聞くと、五月は俯いて何も言わない。自分の中で整理しているようだった。
やがて、顔を上げて、サラに言った。
「サラ、わかった。二人を信じてみる。二人なら、わたしを信じてくれると思う。きちんと受け止めてくれると思う。味方になってくれると思う。だから、いい頃合を見計らって話してみるね。でも、六月になるとイワキダイキが来るかもしれないから、誕生日前を目安にすればいいかな?」
それにサラは頷く。
「ありがと。……ねえ、サラ」
五月は続ける。
「サラは、何があっても味方だよね?」
サラにとっては、答えが一つしかない質問だった。
「なにを言ってるんですか? 当たり前じゃないですか。私と五月は、ずっと、死ぬまで一緒ですよ」
※
そう。
何があったとしても。
死ぬまで。
……いや。
死んでからも。
永遠に。
あの人の血を引いている限り。
わたしたちは、呪われ続ける。
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