第五話 お花見

 お花見。

 桜を見て楽しむこと。

 この季節になるたびに、彼のことを思い出す。

 今となっては、遠い思い出。

 私が魔法を使って、幸せをつかんだ頃の思い出。

 私が、「今の名前」になった由来が、桜。

 ……。


「フラッシュ」


 黄魔法の呪文を唱えてみた。

 ……。

 でも、何も起こらない。

 思わずため息をついちゃうけど、もう、わかり切ったことだ。

 もう、私には魔法を使えない。

 魔法を使えていた時の感覚が、まるでない。


 いいことだと思う。

 他でもない、私が、娘が願ったことなのだから。

 でも、魔法が使えなかったせいで、五月が苦しんでしまった。

 惨劇と愛する者の苦しみ、どっちをとるべきか。

 葛藤が続いている。



 ※



「起立。注目。礼」

「さようなら!」


 日直の号令に学校の終わりを告げる挨拶がこだまする。それと同時に、生徒が一目散に部活、帰宅などをしに、廊下へと飛び出していく。

 しかし、怪我などする可能性もあり、五月、かなちゃん、マリリンは、廊下の端を縦に並んで、話しをしながら歩いて部活へと向かう。


「そういえば三人は、明後日に五月ちゃんの神社でお花見するんだっけ?」


 そこに、いつもの三人とは別の声。


「うん、そう。希望のぞみちゃんは部活なんだっけ?」

「そうなの。まあ、しょうがないね」


 彼女は加美山かみやま希望のぞみ。五月たちと同じクラスで、バスケットボール部。体育館で部活をしているが、外へ出るための昇降口の目の前を通るため、そこまで五月たちと一緒に話をしながら部活へ向かうようになっていた。


「あたしたちとは予定が合わないからね。もし合ったら、みんなでどこか行こうよ」


 かなちゃんの提案に、みんな頷く。


「多分、夏休みになるかな。その時までに決めようか」


 マリリンの言うとおり、夏休みのような、長期休暇しか時間が合わないだろう。

 少し先のことになるが、友達が増えて一緒に遊ぶというのは、想像できなかったことで、非常に楽しみだ。


 最近の五月は、クラスメイトとなじみ、希望ちゃんのように、親しくなったものもいた。

 大切な人たちを失ってしまったが、その心の隙間を埋めるように、友達が数週間でたくさんできたのだ。

 それだけでもうれしいことだが、希望ちゃんのように一緒に遊ぶ約束をするというのも、かなちゃん、マリリンだけになるかもしれなかったので、すごくうれしい。

 裕樹と約束した幸せへどんどん近づいていくように思えて、もっとみんなと仲良くなりたいと思った。


「じゃあ、その時はよろしくね。また明日ね」

「うん、また明日」


 昇降口に着いたので、希望ちゃんと別れる。

 三人はそのまま下駄箱のところで靴を履き替え、部活へ向かう。

 何気ない日常。

 当たり前のようで、当たり前じゃない日々を、五月は噛み締めていた。



 ※



 四月後半、千渡村は、桜が満開で、あちこちで花見の話になる。それにもれず、五月は新たな友達と、源神社で花見をしようと、五月の案内で五月ご自慢の、村を一望できる源神社の高台に来ていた。


「これがミーちゃんの言っていた、源神社の絶景?」


 マリリンとかなちゃんが目を奪われる。そこには、家々や田畑が眼下に広がり、周りは青々と木が茂った山々に包まれていて、見上げると青空で覆われていた。


「うん、そうだよ。今は田んぼが田植えしたばかりだから、空の色が移っているような感じだけど、夏になると一面緑色になって、秋には黄金色、冬には白になって、その季節を実感できるんだ。で、向こう側に行くと源神社の境内に行けるの。一応、村で一番大きな規模の神社で、わたしはその神社の『巫女』。だからある程度この辺りには詳しいよ。桜はすぐ後ろにたくさん咲いてるよ」


 それを聞いて、かなちゃんとマリリンは振り返る。すると、そこにはピンク色の海が大きく広がっていて、二人が思わず見とれるほどきれいな景色だった。そんな二人を見て、五月は、二人を誘ってよかったと、心から思った。


「さ、せっかくここに来たんだから、ここでお昼食べよ」


 五月が二人に声をかけると、二人は五月に振り返った。


「あ、そうだねえ。ところで巫女さん、あたしたちはお昼持ってこなくていいって言ってたけど、ホントに大丈夫だった? お母さん、大変じゃなかったの?」


 かなちゃんが聞いてくる。


「大丈夫だよ。お義母さんと一緒に材料だけ買ったけど、作ったのはわたしなの。こう見えてもわたし、料理が得意なんだから。それに初めての花見だったし、ちょっと本気出して作りすぎたかもしれないな。三人だから、十分な量だと思うけど」


 そう言って、持ってきた敷物を広げ、弁当を開ける。


「こんなに? すごいね、こんなに作れるなんて」


 マリリンが感嘆の声を上げる。


「確かにねえ。あたしも少しは料理できるけど、こんなには無理かな。それはそうと、早く食べよう」


 急かすかなちゃんに苦笑いしながら、五月はおしぼりと箸を二人に渡した。


「いただきます」


 三人の声が響く。それを合図に、食べ始めた。


「うん、これおいしい! 巫女さん、お嫁行けんじゃない?」


 かなちゃんが絶賛する。


「お嫁さんは気が早いんじゃ……」


 五月のその反応に、マリリンが異を唱える。


「そんなことないよ。これ、本当においしい。うちのお母さんの料理よりおいしいかも」


 大げさなくらいの称賛を受け、気恥ずかしくなる。


「おんやあ、巫女さん、照れてる?」


 かなちゃんがからかってくる。


「て、照れてなんか……」


 そうは言うものの、顔が赤くなる。ほめられることに慣れてなく、どう反応したらいいかわからない。


「なんだか、ミーちゃん、かわいい!」


 マリリンもからかってくる。


「もう、からかわないで」


 少しむっとして二人に返す。二人は笑いながら謝った。そんなやり取りが温かく、それ以上五月は言わなかった。



 ※



「そう言えば巫女さん、この神社って何の神様を祀ってるの?」


 料理も少なくなってきた頃、かなちゃんが五月に尋ねた。かなちゃんは、なんとなく気になったため、「源神社」の「巫女」である五月に聞いたように思える。

 しかし、どこまで話したらいいのかわからない。

 ……魔法のことを話すべきだろうか? 話した場合、二人はどんな印象を抱くだろうか? 五月は迷った挙句、話そうと思った。


 話す時が近づいているのは事実だ。

 六月までもうすぐ。その時になっていきなり話したら、どうなるのか。あまり想像したくない。

 イワキダイキに遭遇するかもしれない。何も知らなかったら、余計傷つくかもしれない。

 では、五月を傷つけるようなことを、彼女たちはするだろうか。

 内心、不安ではある。


 でも、これを隠したままでは、安心して一緒に過ごせないのも事実で、事情を全く知らないと、デマを鵜呑みにして、また一人になってしまうかもしれない。

 そんなのは、嫌だった。

 もう、つらい思いなんか、したくなかった。

 二人を、信じるしかない。

 イワキダイキのようなやつとは違う。五月のことを心の底から思っているのだと。

 深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、重い口を開いた。


「それが、わからないの。伝説だと、村を守ったり、神主に嫁を授けたり、人々を癒したり、祟りを起こしたり、……『魔法』を使ったり。特に『何々の神様』とは呼ばれてないの。一応、神社でお参りすると、幸せになるといわれてるけど、それは願いが叶うことなのか、それとも、願い通りにいかなくても幸せになるのかはよくわからないんだ」


 五月も、裕樹との約束の後、実際にお参りをした。しかし、その時に「幸せになりますように」とは祈ったものの、それは、ご利益とでもいうべきものと全く同じなため、五月には判別ができなかった。


「そっか、わからないか。でも巫女さん、神様って、『魔法』を使えたのかい? 今の話だとそうなるけど」


 かなちゃんは下心がなさそうに、純粋に気になっただけの様子で訪ねてくる。マリリンも同じようだった。

 その二人の様子を見て、さらに踏み込んでかなちゃんの問いに答える。


「一応突風を吹かせたり、水の矢を放ったり、植物が急成長したり、病気を治したりしたみたいだけど、所詮伝説だから多分魔法はなかったんじゃないかな。たぶんなんかすごい人が大きく伝えられてると思う。でも……」


 二人が五月を傷つけるようなそぶりをしないのを確認しながら、五月は続ける。


「源家のご先祖様も魔法を使えたみたいなの。だけど、詳しい記述がない。たぶんこれも大げさに伝えられた類だと思うけど、こっちのほうは『魔法を使って人々を導いた』とあるだけで、どんな魔法を使えたか載ってないの。単なる偶然だと思うけど、なにかあるんじゃないかって思うんだよね」


 五月は不安だった。ただでさえ「魔法」という非現実的なことが自分の村にかつてあり、さらに自分のご先祖様もそれを使っていたというのだから、自分とはなんなのか、また、他人に恐れられてしまうのではないかということが不安だった。また、伝説も不鮮明で、何か裏があるような気がしてならず、不安を助長させていた。


 それが理由で、イワキダイキのような連中があることないことを書き、五月や、千渡村の村人を傷つけるのである。名誉棄損などの形で訴えて、そんな連中を二度と関わらないようにしたいのだが、「魔法」の記述のせいで、魔法がないことを証明できないこともあり、時々ではあるがそいつらは好き勝手やっているのだ。


 理不尽だと思う。鬱の気分になる。

 なぜ、あんな連中のせいでこんな思いをしなければならないのか。

 腹立たしくもあり、むかつく。

 ……あんな奴ら、いなければいいのに。


「ねえ、ミーちゃん、もしも、だよ。もし魔法を使えたら、何をしたい?」


 黒い感情に染まりそうになった五月に尋ねてきたのはマリリンで、五月は、負の連鎖からようやく抜け出す。

 マリリンはさらに続けた。


「確かにミーちゃんの言うとおり、大げさに伝えているだけかもしれないけど、本当のことかもしれないじゃん? そうだとしたら、夢があるかなあって」


 急に「夢がある」と言われ、五月は驚いた。五月は、魔法は非現実的でおかしく、恐れられるものと考えていたが、マリリンが言ったのは全く逆方向のベクトルのものだった。「夢がある」などといういい印象など、まったく抱いていなかった。

 思えば、悲観的に考えるような状況ばかりだった。両親が死に、友達までいなくなった。イワキダイキのような連中に誹謗中傷をされてばかりだった。今までは失ってばかりで、傷ついてばかりで、なんでもマイナスの方向に考えていた。そんな状況で、魔法のことをよく考えることなど、できるはずもなかった。


「ミーちゃん? どうしたの? なんか、変なこと聞いた?」


 考えに耽っていた五月に、マリリンは何か気に障ることを言ったのかと思い尋ねた。

「あ、ごめん、ちょっと考え事。魔法に、『夢がある』なんて考えたことがなかったから……。わたしは、魔法が使えたら、幸せを守りたいかな」


 それを聞いて、かなちゃんとマリリンは目を丸くしていたが、かなちゃんが五月に返した。


「何言ってんの、大丈夫だよ、巫女さん。魔法を使えなくたって、幸せになれるよ。大丈夫。あたしたち、友達でしょ?」


 もう来ない日常だと思っていた。あれからもう三か月。みんなで楽しく遊び、一緒に食べ、話をする。かつての友との日々は、楓たちが死んで、裕樹ともまともに会えない中、「約束」があっても、遠い存在だった。それが今まさに目の前にある。五月は胸が熱くなり、涙がこぼれた。


「え、どうしたの、巫女さん? なんか変なこと言った?」


 五月が涙を流したことに、かなちゃんが驚きながら五月に声をかける。マリリンも五月に駆け寄ってきた。


「違うの。なんか、うれしくて……。ねえ、かなちゃん、マリリン」


 五月は二人を見て続けた。


「ありがとね」


 五月は笑った。二人はきょとんとしたが、五月につられて、みんなで笑った。

 大丈夫だ。かなちゃんとマリリンは、五月のことを傷つけようとはしない。

 二人になら、すべて話せる。

 そう思った。


 二人には、まだ、両親のことや楓たちのこと、イワキダイキのことは話していない。今話せば二人は五月に気を使ってくれると思うが、今はまだ暖かな気持ちに浸りたくて、話さなかった。

 大丈夫。これからもずっと一緒なのだから、焦らなくてもいい。

二人は一緒に悲しんでくれるだろう。そして、もし会えたらと、想像して、楓たちは、永遠に自分たちの心に生き続けるだろう。

 かつての幸せがすぐ近くにあるような気がして、また、「約束」に近づけそうな気がして、五月は、今この瞬間をかみしめていた。

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