第三話 親子

 久しぶりに五月の笑顔を見た。

 もう見られないかと思っていた。

 いくら裕樹との約束があったとはいえ、五月の傷は深すぎた。

 親しい人が学校にいなくなってしまって、卒業式で送られる児童は、五月ただ一人。

 そのような状況で、幸せへの糸口をつかむのは、無理な話だった。


 事実、抜け殻のように、五月はぼうっとして過ごしていた。

 そんな五月を見ているのがつらくて、中学生になってから友達を作るように勧めてみた。

 一人になってしまって、ものすごく辛そうだったからだ。

 五月は、前を向いてくれた。

 中学生になってからのことに、思いをはせるようになった。


 そして、さっそく五月に友達ができた。

 千葉佳菜子、佐藤麻利亜という女の子だ。

 楓や雪奈、裕樹と同じように、五月を支える存在に、五月の傷を癒す存在になってほしいと思う。

 長い間一人で過ごすのは、私だけで十分だ。

 五月には、そんな目に遭ってほしくない。

 娘のためにも、源家のためにも。



 ※



「へえ、五月は陸上部に入んのかい」


 みそ汁をよそいながらお義母さんが言った。

 ほのかに湯気が漂うそれは、暁家が代々受け継いできた母の味がする、五月の大好物だ。

 今は夕食の準備をしていて、五月はお義母さんが作った食事を、テーブルに食事を配膳しているところで、今日あったことを、お義母さんに話していた。


「はい。友達ができて、その子たちが陸上部に誘ってくれたので、そこにしようと思いました」


 これから、彼女たちといろいろ遊んだり、部活したり、色々なことをするだろう。

 そのようなことを想像すると、まるで楓と雪奈が一緒だった時と同じ、穏やかな日々が戻ってくるのではないかと思って、心が弾む。

 そのため、自然と笑みを浮かべて、五月は答えた。


「……久しぶりに笑ったね、五月」


 不意に、ほっとした口調でお義母さんが言った。

 久しぶりに笑った。

 その言葉にはっとして、お義母さんへと視線を向ける。


「……あれから、色々と大変だったしね。

 友達を死なせてしまって。

 娘まで死なせてしまって。

 ……あんたには、悪いことばかりしてしまった。

 助けになると思っておきながら、沈み込んだあんたに何もできなかった。

 ずっと、暗い表情のまま。

 裕樹君と話をしたときはまだましだったが、やっぱり一人じゃ、意味がなかった。

 もう、笑った顔を見られないかと思った。


 それが……、学校初日に、笑顔になれるなんてね……。

 本当の母親じゃないが、うれしいよ。

 こんなこと、言う資格はないけどさ。

 ……その友達を、大切にすんだよ」


 ……ずっと、お義母さんは心配してくれていた。

 そのことが、痛いほど伝わってきた。

 直接その場に居合わせなかったとはいえ、実の娘が死んでしまって、その友達も死んでしまった。

 自然に巻き込まれたから、どうしようもないと思うかもしれない。


 でも、お義母さんにとって、見殺しにしてしまったも同然で、ずっと後悔しているはずだ。

 そして、養女の五月まで苦しめたことに、自責の念に苛まれていたはず。

 本当の母親であろうとしたはずなのに、苦しめてしまって、母親失格とまで考えているかもしれない。

 だから、ずっと苦しんできて、ようやく五月が笑顔をのぞかせたことに、ひどく安堵したことだろう。

 それがわかった。


「ゆかり」


 でも。

 五月にとっては、ゆかりは母親だ。

 そして、一生懸命になっていたことも知っている。

 だからこそ、自責の念に駆られる姿を、見たくなかった。


「もちろん、新しい友達を大切にしますよ。

 でも、わたしにとってゆかりは、お義母さんで、母親です。

 家族なんですよ。

 たとえ、血がつながっていなくても、わたしの母親です。

 ゆかりが母親になってくれたおかげで、わたしは救われたんですから。


 だから、自分のことを悪く言わないでください。

 わたしのために頑張ってくれているのは、知っていますから。

 それに、わたしはお義母さんがいないと、ちっとも幸せになれませんから。

 だから、本当の母親じゃないなんて、言わないで……。

 お母さん……」


 そのままお母さんに抱き着き、五月の顔を胸に押し付ける。

 目頭が熱い。


「あっ……」


 突然温かいものに五月は包まれる。

 お母さんの腕だった。


「まったく、しょうがない娘だねえ。甘えすぎだよ、あんた」


 母の温もりに包まれ、今までたまっていた感情があふれてきて、涙がこぼれる。


「……ありがとね、五月」

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