精霊の壺 ~突然現れたワガママなクソ精霊~

関口 ジュリエッタ

第1話 精霊の壺

 気持ちのよい春の季節に、時和良太ときわりょうたは同じ学年で友人の川原裕太かわはらゆうたと学校が終わり、自宅へと帰路につく。


「なあ良太。どっかに大金でも落ちてもないかな……」


 死んだ魚の目のようなやる気の無い表情で裕太は呟いた。


「そんな夢のような出来事あるわけないだろ。それに実際に落ちていたら逆に怖えよ」

「それもそうだな……いや、夢のような出来事が起こるかも知れない」

「どういう意味だよ」


 元々頭が悪い裕太がとうとう手に負えないほどの知能まで陥ったのかと思う良太であった。

 仕方なく裕太の指差す方に目を向けると、そこにはまるで廃墟のような一軒家があった。

 目をこらしてみると『古物商店精霊』とかかれた看板がある。


「あそこの骨董品の店屋に億を超える品物があるに違いないぞ」


 バカな考えを思いつく裕太に、深くため息を吐く。


「あのな裕太。そういう物はプロの鑑定士か、物を見極めるスキルを持つ天性の持ち主じゃないと見つけるのは不可能だ」


「なら心配は無いな。この俺は、その天性を持って生まれた男だからな」


 瞳をキリッとさせ、胸を張って裕太は言い張る。


「そうだな。お前は

「バカはないだろ! バカはっ!」


 急に怒った野犬やけんのように吠える裕太に問題を出してみる。


「それじゃ命を賭けて物事に当たる事や。本気で物事に打ち込む時に使う四字熟語は?」

「俺を馬鹿にしているのか? そんな簡単な四字熟語がわからない人間はいないだろ」

「いいから答えろよ」

「ふん。答えはだろ!」


 何をどう考えたらそんな答えにたどり着く、そもそも四文字で収まってないし……。


「…………さすが天性の持ち主だな。そんな君には車にひかれる権利を与えよう」

「いやいや、運悪ければ死ぬから」

「死んで異世界転生する可能性もあるぞ」

「…………その考えは思いつかなかった」


 急にマジになる裕太に慌てて冗談だと話す。


 例えこいつが異世界に転生したとしても、ラノベみたいにチートキャラやハレームキャラには到底なれないだろ。むしろ、転生したとしてもすぐ野盗やとうに殺されて現実世界に戻ってきそうだし。


「とにかくバカな話しはここまでにして、さっさと帰ろうぜ」


 そそくさと帰ろうとすると裕也に肩を掴まれた。


「いいから行こうぜ」

「ハア~、わかった行くよ。だがすぐ見て帰るぞ」


 気持ちが乗らないが、裕太は一度言うと絶対なので仕方なく怪しい古物商店に足を向けた。


「こんにちわ~」


 たて突きの悪い扉を開けて店内に入ると二人は驚愕きょうがくする。

 ホコリだらけの狭い店内に木製の棚が縦並べて、その棚に和風の色彩が入った壺など、色とりどりの壺が並ばれていた。

 だが、良太は何かに取り憑かれたように不思議と、この店内から出たいとは思わなかった。

 その時店内の奥から一人の老人が出てきた。

 顔がしわだらけでニット帽かぶり、口にはパイプタバコくわえる、優しそうな老人が良太たちの目の前に現れた。


「ほっほっほっ。こりゃ珍しい若いお客さんだな」

「じいさん。ここは壺しか置いてないけど、壺を専門とした店なのか?」

「まあ、そんなところかな」


 なにか、この老人は胡散臭うさんくさい匂いが漂わせている、と良太は睨んだ。

 怪訝けげんそうな目を向けていると、それに気付いた老人を咄嗟に良太は目をそらす。


「そんな疑わしい目を向けなくても、ワシは君たちに高値で強制的に売ろうとはしないから、安心しなさい」

「別にあなたが怪しいとは一言も言っていません」

「嘘つけ。いかにも偽物しか置いてなさそうな店だな、と思っていたくせに」

「黙れ!」


 誤解を与えないようと説明した矢先、裕太は余計な事を口ずさむので、力一杯ゲンコツをした。


「ほっほっほっ。まあまあ、疑われてもしょうがないだろ。こんな潰れかけた店じゃ」


 どこかの旅するご老公みたいに笑い流す。

 確かに最初は胡散臭い店屋だと感じていたが、今は違う。この老人からはそんな感じが見えない。


「これ以上いると迷惑掛かるから、早く帰ろうぜ」


 裕太に帰るように促そうとしたら、老人がそれを止めた。


「ここに来たということは、何かの縁じゃ。冷やかしでも良いから棚に置いてある壺たちを見ていってくれ」

「……そういわれても」


 正直しょうじき壺なんかに興味が無かったが、裕太は楽しそうに辺りを物色し始めたので、やむを得ず良太も置いている壺を眺めることにした。

 よくよく眺めると、あることに気付いた。


「ねえ、じいさん。


 棚に綺麗に並べられている壺に値札が貼ってないのだ。店主である老人に値段を教えてもらうシステムなのか、と思った。


「購入する人で値段を決めるのじゃよ。勿論、金のある奴にはおもいっきり吹っかけるがな」


 老人が発した一言に絶句をしてしまう。

 商売人として一番やってはいけない事だ。それを平然とニコニコ顔で話す老人にさっきまで消えていた闇を感じる。


「……悪どいな、じいさん」


 そんな海千山千うみせんやませんみたいな老人が面白い一言を告げた。


「だが、ここに来る人間は皆好き好んで壺を買っていくのじゃ。例え一千万や一億でもな。なんせ、この壺の中にはが宿っているのだからな」


 良太はこの老人がどういう人物なのかがわかった。


 そうか、このじいさんは悪どい人じゃなかったんだ。だったんだな。


 理解した良太は老人の話しに合わせることにした。


「そうなんですか! それじゃ、俺の願いもこの壺にいる精霊が叶えてくれるのですか!?」

「勿論」


 ボケ老人は二つ返事で答える。


「そんな夢みたいな壺、俺も欲しいな。それじゃ――この壺はいくらですか?」


 適当に良太は目のあった朱色のシンプルな壺に指を差す。


「それは君には売れん」


 即答に断れた。


 このジジイ、金の持っていない貧乏学生に売るつもりはないってか!


「値段は私が決めるが、所有権を決めるのは私ではなく、壺に宿ってる精霊が決めるのじゃよ」

「…………」


 ボケた老人にしては、しっかりした設定を付けているんだな……。


 急に老人は立ち上がり、独り言のように頷きながら誰かと語り出した。

 こんな姿を周りの人達が見たら、危ない人だと勘違いしてしまう。


「むむむ。まさか、――いいのか!? わかった。お前に任せる」


 なにを納得したのかわからず、老人は店内の奥へと向かった直後、奥で壺を眺めていた裕太が満足して、こちらに戻ってきた。


「もう満足したし、早く帰ろうぜ」

「いや、まだここにいようぜ」

「はあ、何だよ乗り気じゃなかったくせに、一体どんな風の吹きまわしだ?」


 裕太が腕を組んで不思議がっていると、店内に老人が戻ってきた。

 老人の腕には銀細工であしらった模様の壺を、大事そうに両手で包み良太の所に持ってくる。


「君にはこれを売ろう」


 老人と取引している良太の姿を見て裕太は愕然がくぜんとする。


「おまえ壺買うのか!?」

「いや、まだ買うとは決まっていない」

「何を言っているのじゃ、もうこの壺はおまえさんの物だから代金をもらわないと」


 まさかの押し売りに良太は絶句する。買うとは言ってないのに老人は手をかざして代金をもらう仕草をしだす。

 ひとまず、値段がいくらなのかを考えてから対処しよう。

 緊張のしきった声を張って老人に言葉を返す。


「その壺はいくらなんですか?」

「一万五千円」


 高けーよ! しかも学生でも微妙に払えそうな金額設定しやがって!


「ごめん、おじいさん。俺はやっぱりいいわ」

「こんな出会い滅多にないぞ!」

「でも……さすがにその金額は厳しい」


 今、手元にある残高はちょうど壺の買う代金分あるが、それを使ったら今月は一文無しになってしまう。

 老人は腕を組み苦虫を口に入れたような表情になったが、すぐに表情が戻り両手をパチンと叩く。


「よし! 五千円に撒けてやる! ――はい五千円!」


 このじいさん、俺に買わせるまで店内から出て行かせないつもりだな。

 無理に店を後にしてもいいが、店主が老人の為、良太は横暴おうぼうな行動には出ることはできなかった。


「……わかった。出すよ」


 老人に根負こんまけし、財布から五千円札を取り出し渡した。


「毎度あり。それとこれは説明書じゃ」


 老人はポケットから説明書と言って紙切れ一枚を取り出し、それを良太に手渡した。


「それじゃあな、じいさん。あんまり悪どい商売してると極楽浄土ごくらくじょうどに行けなくなるぞ」

「ほっほっほっ。褒め言葉として捉えておくよ」


 老人に見送られながら良太たちは店から出た。



 一人暮らしをしている良太は、自分が借りてるアパートの部屋に着いた。

 自室に入った良太は、壺を机においてポケットから老人に渡された壺についての記載された説明書に目を向けると、何やら精霊を呼び出す手順が記載されていた。


 ・壺を三回こする。

 ・いでよ壺に宿る精霊よ我が願いを叶えろ、と心を込めて唱える。


 書かれている説明はこれだけだか……五千円払ったんだ。嘘でもやってみよう。


 早速、壺を三回擦って呪文を唱える。


「いでよ壺に宿る精霊よ! 我が願いを叶えろ!」


 両手を広げ中二病全開で呪文を唱えたが、しばらくしても部屋は静寂せいじゃくに包まれる。


「くだらね~恥ずかしい思いして唱えるんじゃなかった。あのボケ老人にまんまと遊ばれただけだったか」


 内心、精霊の事を信じていた自分がバカバカしくなる。

 部屋に置いていても邪魔な為、リサイクルショップにでも売り払おうかと考えていた時、驚愕する出来事が目の前で起きた。

 なんと壺が光に包まれ、やがて人間の姿に変身したのだ。

 良太は驚いた。老人の言っていたことが真実だったことに。

 五千円で売ってくれた老人に暴言を吐いたことを申し訳ないと思ったが、今はその事は後回し、目の前に現れた精霊にどんな願いを叶えるか胸が高鳴っていた。

 しかもこの女神は超絶美女だから、さらに興奮度が増す。


「初めましてご主人様。私の名前はエミリアと申します。以後お見知りおきを」


 白銀の肩まで伸びる艶のあるロングヘアーで目元や鼻筋がすらっと整い。精霊を通り越して女神のような女性だ。しかも体型もグラマーなナイスボディで胸はロケットのように飛びだしている巨乳。

 鼻の下を伸ばしながら良太は、女神に願い事を頼む。


「こちらこそ初めまして、俺の名は時和良太だ。それでエミリアに願い事を叶えて欲しいんだが?」

「勿論です。ご主人様の願いを叶えるのは私の役目です」

「よし、それじゃ俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれ!」


 実は良太は一人っ子なので、この精霊みたいな超絶美女の妹が欲しいと夢に思っていたのだ。


「わかりました。これからよろしくね

「グハァッ!」


 思わず良太は、昇天しそうになる。

 それから次に命令する内容を考えていると、エミリアが急いで喋り掛けてきた。


「――ちょっと、待ってください」

「なんだ?」

「ちゃんとした願いを叶える前に、最初に本契約をしないといけないのです」

「本契約? そんな事があるのか」

「はいそうです」


 女神のような美しい笑みを浮かべながらエミリアは頷く。


 説明書のにはそんな記載されていなかったな。――まあ、いいか契約すればこんな美少女と一つ屋根の下で暮らせるんだからな。


「わかった契約をする」

「それじゃ、私が言う言葉を復唱してください。それを唱えれば本契約は完了します」


 そういうとエミリアは契約の言葉を話す。


「私は生涯自らの命が朽ち果てるまで」

 

「私は生涯自らの命が朽ち果てるまで」づづけて良太は復唱した。


「エミリアの命令に従い、この命令を従った以降は私からの命令は全て無効にします」


「エミリアの命令に従い、この命令を従った以降は私からの命令は全て無効にします――て、ちょっと待て!?」


 突然、眩い光が辺りを照らし、良太は一瞬目を閉じた。


 何が起こったか突然のことだったので理解はできなかったが、自分が言ってはいけないことを喋ってしまったことだけはわかる。


「契約を完了しましたよ。お兄ちゃん」


 光が消えて、エミリアを眺めると不敵な笑みを浮かべていた。


「一体これは、どういうことなんだエミリア!」

「これからは、私の命令に一生従うことになったのよ」

「くそ! 俺を騙したな! 俺はお前のご主人様だぞ!」

「ご主人様じゃなくて下僕の間違いなんじゃない。それに騙される方が悪いんのよ。私の美貌びぼうに見とれて口を滑らしたあんたが悪いの。それに最初の命令が私にお兄ちゃんと呼ばせる命令なんて……キモい」


 良太は顔を赤くしたイノシシのような表情をしだす。


「このクソ女! 絶対許せね~」


 皮肉にもエミリアの策略さくりゃくにまんまと騙された良太はくややんでもくややみきれない。


「それじゃこれから私の下僕として精進しなさい、お兄ちゃん」

「黙れ! 今から俺の妹らしく調教してやる!」

「――平伏しなさい!」


 急に良太は身体を地面に這いつくばった。


「はははっ、いいザマねお兄ちゃん」

 

 これから良太はクソ精霊との地獄のような日々を送る事になるのだった。



 日が変わり、エミリアの命令で強制的に学校をズル休みをしてしまうことになった。

 良太はゾンビのような顔色でエミリアの目の前で正座していた。


「ねえ、お兄ちゃん。私ケーキが食べたいから駅前の有名ケーキ屋でイチゴのショートケーキ買ってきなさい」

「誰がお前の命令なんか――ギャアァァァ!!」


 突然全身にしびれるような痛みに覆われ、良太は顔をゆがませる。

 命令を聞かないと高圧電流が身体中を流れるような痛みを伴うのだ。


「わかった! 命令に従う!」


 くそったれな女神エミリアの命令を了承すると、瞬時に痺れるような痛みが消えた。


「早く行きなさいよ! このクズ」


 人を汚物のような目で見下すエミリアに殺したくなるほど恨む。

 だが良太は、命令にそむく事が出来ない為、急いでケーキ屋へと足を運ぶ。

 自宅から出て、駅前の有名パテシエの作るケーキ屋に向かっている最中、あることを思い出す。


 あのゲス女神を俺に売り飛ばしたジジイの所に行って文句言ってやる!


 良太はケーキやを後にして、一目散に老人が経営していた古物商店に向かった。

 ケーキ屋からさほど距離がなかったところだったので、店の前まで行くと、良太の目の前にとんでもない光景が映し出された。


 更地さらち……だと!?


 なんと以前あった古物商店が存在しなかったかのように姿形もなかった。

 確かにあったはずだと思った良太は、近辺を調べ回るが以前見た店はなかった。

 あまりエミリアを待たしていると、次にどんな罰を与えてくるか不安になった為、老人の事は後回しにして急いで自分が住んでいるアパートに帰路につくことにした。



 六畳一間のオンボロアパートに戻ると、エミリアは不貞腐ふてくされた表情になっていた。


「ねえ、私にひとこと言うことあるよね?」

「ケーキなら買ってきたぞ」

「時間が掛かりすぎて申し訳ありませんでした、でしょ?」


 このクズ女が~!


「さあ早く言わないと強制的に言わせるわよ」


 エミリアは、ニコニコとふてぶてしい笑い顔を見せた。


「時間が掛かりすぎて申し訳ありませんでした」


 苦やしい気持ちを押さえながら良太は歯噛みする。


「わかった。今回は特別に裸で近所を一周してくれたら許してあげるわ」

「いい加減にしろこのクズ! もう我慢できない! テメェを今ここでたたき出してやる!」

「――早く全裸になって近所を一周しなさい! これは命令よ!」

「ウギャアァァァァァァ!」


 良太が手を出すより先にエミリアの命令が早かった。


 チキショョョョョウ!


 断末魔のように叫びながら、良太は勢いよく服を脱ぎだした。


「…………小っさ」


 良太の下半身を見ながら口元に手を当てて、鼻で笑うエミリアに怒りを通り越して殺意が湧いてくる。だが、また身体に走る電気が通る痛みを感じたくない為、意を決して部屋のドアを開けて飛びだした。


 

「キャアァァァ~変態よ」

「ママあの人全裸で走っているよ」

「――見ちゃいけません!」

「小っさ」


 周りの住民たちが良太を見ると雄叫びを上げるような悲鳴を各地で湧いてくる。最後に触れてはいけない言葉を言った奴を良太は睨みつけた。

 全裸で近所を全速力で走っている良太の背後に運悪く、警察官が追ってきた。


「止まりなさい!」

「イヤに決まっているだろ! 止まったら俺を捕まえるだろ」

「当たり前じゃないか! 君の行為は紛れもなく犯罪だぞ!」


 冤罪えんざいだ、なんて言っても聞く気がないと思った良太はマラソン選手並みの脚力で逃げ回った。



 警察官を何とか振り切った良太はアパートに戻るが、もう時刻は夜の八時を過ぎていた。

 人の気も知らずにエミリアは、ベッドの上で寝息についている。

 起こさないように良太はアパートの部屋から出て、近所の公園まで散歩する事にした。

 寝ている間だけ良太は自由の身になれるのだ。ということで人の気配がない寂しい公園でブランコに跨がり一息つく。


 ハア~、あんなダメ精霊に一生こき使われるなんて俺は一体どうなってしまうんだ……。


 顔を俯きながら深い嘆息たんそくをしていると、何者かが良太の目の前に突っ立っていた。

 さっきまで追われていた警察官だと思った良太は、恐る恐る顔を上げると、そこには記憶のある老人の顔が良太の双眸そうぼうに写る。


「やあ、少年元気でやっているか?」

「この姿を見て元気にしてるって見えるかジジイ」


 老人のニッコリとしたスマイル笑顔が良太には馬鹿にしたような笑みに見えてしまう。

 良太が今こうして一人寂しく公園にいるのは、この老人が精霊の壺を無理矢理に売りつけたせいなのだから。


「年寄りにはもっと、優しくしないとダメだぞ」

「あんたのせいで散々な一日だったんだぞ! 責任取ってくれるよな」

「どういうことだ?」


 老人は不思議そうに伸びたあごひげを撫で始めた。


「確かにあんたの言うとおり精霊の宿る壺だったが、俺の命令も聞かずに――それどころか自分の命令を聞かせるように俺に命令を掛けたんだぞ!」

「それは申し訳なかったのう。君に託せばあの子も変わってくれると思ったのだが……」


 老人は深々と良太に頭を下げる。その光景を見ると、悪意が合って売りつけたわけではないと思った。

 それと今、老人がエミリアのことについて少々気になることを口ずさんだことを良太は聞き逃さなかった。


「なあ、じいさん。今あの子も変わってくれるって言っていたが、エミリアは何か昔にしでかしたのか?」

「あの子は、。それと

「そんな訳あり品を俺に売りつけるなよ!」


 消費者センターに連絡入れるぞ! チキショウ!


「スマンな。あの子がどうしても君の精霊になりたいと強く言ってきたもんだから、てっきり更生したのだと思ったのだよ」


「それでどうして人間だったエミリアが精霊になって――しかも人間嫌いになったんだ?」


 老人は良太の座る隣のブランコに座り、語り始めた。


「昔あの子は両親がいない孤児で、いつも同年代の子に嫌がらせを受けていたんだ。そんなある日、いじめっ子の一人がエミリアを階段から突き落とし、大けがを負わされた事があるんだ」


 そんな過去があったなんて、良太は内心少し同情をした。何故なら良太は両親が交通事故で亡くし親戚中からたらい回しをしていた過去があったからだ。


「それで大けがを負ったエミリアはどうしたんだ?」

「怪我を負ったエミリアは周りの学生や教師に助けを求めたが、誰も助けてくれず命を引き取ったのだよ。そうとも知れずワシは天界に出会ったエミリアを精霊にして下界に送り出したのだ」

「過酷な過去があるのはわかるが、それを八つ当たりみたいに俺への仕打ちをしてくるのは酷いだろう――っていうか今、天界って言ったかじいさん? あんた一体何者なんだ!?」

「ほっほっほっ。まあそんな事は置いといて、今からエミリアに会いたいのだが、よろしいかのう?」


 この老人をエミリアに合わせれば、きっと彼女は更生するに違いない、と思った良太は二つ返事でアパートへ帰路する。



 良太が住んでいるアパートに着き部屋のドアを開けると、そこには憤怒ふんどの表情でエミリアが仁王立ちしていた。


「ちょっと! なにご主人様が寝ている間、一人でどこかに行っていたのよ! 罰としてガスレンジで股間を燃やしなさい!」

「そんなのできるわけないだろう!」


 内心しまった、と思った良太だったが、何故か痺れるような痛みがこない。


「なんで私の命令を拒否したのに電撃がこないの!?」


 この場で慌てふためくエミリアの前に、良太に壺を売った謎の老人が現れた。


「エミリア! おまえおきてを破ったな!」


 今までの落ち着いた優しそうな口調と裏腹にドスのきいた太い声でエミリアに睨みつけてしかり出す。


魔神まじん様」

「まじんさま?」


 エミリアの口から出てきた言葉に良太は疑問がく。


「君に私の本当の姿を見せよう」


 小柄な身体がいきなり大柄な巨人へと変わり、長く伸びた顎髭あごひげに肌が青色の鬼のような人相へと豹変した。


「あんた……一体……何者なんだ!?」


「私は精霊を作る魔神ラプソン。ある条件の満たした人間に私の精霊を授けているのだ」

「でもどうして俺みたいな奴に精霊を授けたんだ?」

「君は両親もいなく親戚や身内に頼らず一人で頑張ってきた事で、私と引き合わせる糸ができたんだ。――そんな君に対してエミリア。お前のしていることは許されることではない! 覚悟はできているな」


 ラプソンは右腕を伸ばしてエミリアの頭を鷲掴みにする。


「もう命令しないから私を消滅させないで!」


 ラプソンに頭を鷲掴みされたエミリアは眩しいフラッシュのような光に包まれた。


「一体何をしてるんだ!?」

「この精霊を消滅させる。その後改めて君には新しい精霊を託そう」


 エミリアは泣きじゃくり助けて、とラプソンに懇願こんがんする。その現状を良太は目を伏せた。

 ほんとはエミリアのこと何て嫌いなはずなのに、どうしてか胸の辺りが傷もないのに痛みを感じるような気がした。


「なあ、次に俺の所に来る精霊はどういう奴なんだ?」

「次の精霊は少年の姿をしている明るい子だ」

「……そうか。なら断る」


 まさかの拒否にラプソン驚きのあまり目を丸くする。


「それじゃ、もう精霊とは契約を結ばなくていって事かな?」

「いいや、俺はエミリアを精霊にしたんだ。だから今のままでいいってことだよ」


 自分でも何を言っているのか疑ってしまう。だが、エミリアの悲しい過去がわかった以上、消滅させるのは可哀想かわいそうになってきた。


「そうか……君がそこまで言うなら」


 エミリアの頭から手を離しすと、突如眩しい光が消えた。


「魔神様…………」


 上目遣いでおびえた子犬のようにエミリアは、瞳をうるませながらブルブル震える。


「今までの行いを悔い改めて、お前の主人の力になるのだぞ」

「わかりました。精霊らしく主人の命令に従います」


 良太にゆっくりとエミリアは歩み寄り、頭を下げた。


「今まで酷いことをしてごめんなさい。これからはちゃんと命令に従います」


 更生したかのようにエミリアは、反省の眼差しをこちらに向ける。


「別にわかればいいんだ。まあ、それに奴隷扱いなんてしないから安心しな」

「お兄ちゃんは優しい方なんですね。ありがとございます」


 突然、抱きついてきたエミリアの豊満な胸が、身体全体を伝って感じてしまう。


「ほっほっほっ。解決して何よりだ。エミリアの命令の呪縛を消したから案して良いぞ。それと良太、おまえ妹がほしかったのか?」

「いや! これには深いわけが……」


 咄嗟のことで良太は慌てふためく。


「まあ、よいよい。それじゃワシはこの場から去るとするか」

「世話になったよ、じいさん。またな。」

「いや、次ここの町に来るのは百年後だ。だから君とはもう会えない」

「百年だって~!」


 あまりの驚きに顎が外れそうになった。


「短い人生、二人で大切に使うのだぞ」


 温かく見守りながらラプソンは煙のように消え去った。


「それじゃ、私たちも早く寝よう」

「そうだな」

「一緒のベッドで寝てもいいんだよ」


 身体をすり寄せてくるエミリアに、良太は胸の心臓が高鳴りだした。


「俺は座布団引いて寝る」


 そそくさと客に出す座布団を畳みの上に引いて横になる。

 更生したとは言え、まだ疑う心は残っている良太は別々に寝ることにした。



 それからしばらくして二人の私生活は、というと――。


「ねえゴミクズ。早くお菓子買ってきてよ」

「おまえは……更生したんじゃないのか!?」

「コウセイ? 何バカなこと言ってんの? いいから早く買ってこい!」


 ベッドにある目覚まし時計を勢いよく投げつけてきた。


「危ないだろ!」

「チッ」


 舌打ちしながらベッドに横になるエミリアに嘆息しながら良太は近くのコンビニまで向かう。

 相変わらず暴言は酷いが、前みたいにいきすぎた乱暴な行為しなくなった。

 良太はワガママな妹だと思いながらエミリアのお菓子を買いに出かけにゆくのであった。

                                  終わり。

  

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