4、時計を止めたのは

「すみません。実は2つほど嘘をついていました」

 てへ、と舌を出して、

 騒ぎが治まってから、紅倉は芙蓉、三津木、重永、岩崎氏を相手に、今回はオフレコで、真相をしゃべりだした。


「あの置き時計がさる華族の政治家の家にあった物だと言うのは本当です。でも暗殺騒動があって、若い女中が犠牲になって殺された、というのはよその屋敷の話です。どういう事かと言うと、あの時計に代々言い伝えられている


『決してこの時計を動かしてはならない。動かせば、恐ろしい事が起きるぞ』


 っていう誡めは、実は家の主が家の者たちに言った事で、実は、動かすって言うのは、時計の針の事じゃなくて、時計その物の事だったのよ。どういう事かって言うと、その時計の置かれていた裏の壁に、外の物置へ通じる秘密の抜け穴が作られていたのよ。75キロもある時計だから動かそうったってなかなか動かせる物じゃないけれど、床がスライドする仕掛けが作られていて、素早く動かせるようになっていたの。けれどここで一つ問題が起こってね。

 その華族って言うのはそこそこの地位の人だったんだけど、そんな秘密の抜け穴なんか作るくらいだからずいぶん心配性で、ご近所でそういう暗殺騒動もあったりして、その抜け穴が開く仕掛けがちゃんと動くかどうか心配で、しょっちゅう夜中こっそり一人で試していたのね。すると、

 こういう振り子時計って、振動にすごく弱いんですよね? 地震が起これば止まるし、それこそ殺人事件なんかでバタバタ騒げば、止まっちゃって、犯行時刻を教えてくれる事になるし」


 紅倉の視線に岩崎氏は「そうですね」と頷いた。


「で、そうやってしょっちゅう動かしていたものだから、時計はしょっちゅう故障して止まっちゃっていたのね。

 しょっちゅう故障するものだから、その原因が主が夜中こっそり動かしているせいだと知らない家の者たちはこの時計を、不良品じゃないか? 新しい物に取り替えさせよう、と言いだして、これは拙いと思った主がとっさに言ったのが、


『決してこの時計を動かしてはならない。動かせば、恐ろしい事が起きるぞ』


 ってセリフだったわけ。家の者たちは当然、なんで?、と首を傾げて、主は苦し紛れに、

『この時計を止めているのは◯◯家で殺された女中の幽霊だ。暴漢に襲われた時、女中はとっさに時計の中に隠れようとしたのだが、見つかってあえなく殺されてしまった。事件後◯◯家の時計は捨てられてしまったから、殺された無念で成仏できないでいる女中の霊は、安全な場所を求めてこの時計に潜り込むのだ。だからこの時計を動かせば彼女の怒りを買って恐ろしい祟りが起こるぞ!』

 ってお話を作ったわけ」


 紅倉は自分で話しながら笑っていた。


「なかなか想像力に富んだ華族様ね? グリム童話に『オオカミと七匹の子やぎ』って話があるでしょ? お母さんがお出かけして7匹の子やぎたちが留守番している家にオオカミがやってきて、お母さんのふりをしてまんまと家に入り込んで、子やぎたちを食べちゃうんだけど、末の子やぎだけとっさに時計の中に隠れて助かるの。その子やぎの隠れた時計が、まさにああいう柱時計。グリム童話が日本に翻案紹介されたのは明治20年の事だそうだけど、ハイカラ好きのご主人は読んでいたのかしらねえ?

 で、そう言われた家の者たちは、なんでよその家の幽霊がうちに住み着くんだ?、と疑問に思ったけれど、ご主人様がそうだと言うのに反論も出来ず、仕方なく、故障した時計をそのまま、置きっぱなしにすることになったの。

 で、時が経ち、時代も変わり、栄華を誇った華族様も往年の勢いは無くなり、財産の処分をしなければならなくなった時、ようやく時計の裏に隠された秘密も発見されたんだけれど、ま、今となっては笑い話よね。抜け穴を作った主も暴漢に襲われる事なく天寿を全うできたし。時計は修理すれば動くようになったんでしょうけれど、修理代を出すのももったいなく、いっそ幽霊つきの時計として売りに出した方が物好きが興味を示して高く売れるんじゃないか?という計算で、そのまんま、『決してこの時計を動かしてはならない』という訓戒つきで、あっちこっち物好きたちの間をさまよって、現在はわたしの住んでいる家に収まっているってわけ。

 でも、すごいわよね? 震災も空襲も生き残ってこうして完全な姿で残っているんだから。どこか途中の持ち主が修理を施したようだけど、住み着いていたメイドの幽霊には会えたのかしらねえ?」


「そうですよお」

 と重永が口を尖らせた。

「故障してないなら、なんで時計は止まっていたんですか? それに、その幽霊話がデマなら、さっきの大量の人魂はなんだったんですか?」

「ああ、あれねえ……」

 紅倉が怪しく視線をあらぬ方に向けた。


「わたしが住むようになった時点で、あの時計は完全に錘が下り切って、止まっていました。誰もあんなアンティークな時計の動かし方を知らないで、興味もなかったんでしょうね。

 ・・・・・・・

 わたし、お仕事で色々危ない場所に行くでしょ?富士の樹海とか。

 するとね、灯りに群がる蛾みたいに、ついてきちゃうのが多いのよねえ…………

 わたしってえ、悪い幽霊を、えいやっ!って、やっつけるのが得意で、悩める霊魂をこんこんと諭して成仏させるってスタイルじゃないのよね。めんどくさい。

 ほらあ、人間でもいるでしょう?全然タイプじゃないのに好意を寄せられて、苦手なのよねえー、って人。わたしを頼ってついてきちゃう霊って、はっきり言って迷惑なのよね。

 でね、そういうのって、話しかけると喜んじゃって、しつこくなっちゃうじゃない?

 それでえ、けっきょく家までついてきちゃった人たちは、ゴミ箱に捨てちゃうわけ。

 …………ちょうどいいのよねえ、時間の止まっちゃった、大きな古時計。

 時計が動いて外の世界とシンクロしちゃうと、中の霊たちが活発になって、外に出てきちゃうから、賢い美貴ちゃんが仕掛けに気づいて動かしちゃわないように錘を取り外して隠しておいたわけ」


「なんだ、やっぱりあんた知ってたんだ?」

「教えてくれれば動かしたりしませんよ?」

「あはははは。ごめんなさい。浮遊霊をポイポイ、ゴミ箱に放り込んでいるような女、嫌だろうなあって思って」

「そんなことありません。きれい好きでたいへんけっこうです」

 と褒めたたえる芙蓉の横で重永は、

(ストーカーやゴミと一緒の扱いをするって、幽霊にすっげー失礼な師弟じゃん)

 と白い半眼になった。

「でね、そろそろいっぱいかなあー、処分しないとなあー、でも調子に乗ってポイポイ捨ててたからなあー、家の中で処分しようとするとさすがにきついなあー、どうしよおー?……って思ってたところに重永さんが来てくれたから、手伝ってもらおうかなあーってね」

「なるほど、それで今回、自分は出演しない代わりにギャラはいらない、ってことだったんですね?」

 と三津木はニヤニヤした。

「文句はないでしょう?」

「ええ。また何か面白いネタをお願いします」

「これだけです。もうありません」

 紅倉はすました顔をしたが、三津木は全然信用しないでニヤニヤして、重永も、

(まだゴロゴロあるに決まってるじゃん。あの家自体が幽霊物件よ)

 と思った。




 その後。

 芙蓉は廊下でちらちら、メイドらしき女性の影を見るようになった。

「先生。わたし、見えちゃうんですけど」

 と紅倉に訴えると、

「あれー? 本当に古時計の中でメイドさんの幽霊が眠ってたのかしら? あちゃー、いっしょに起こしちゃったかしら?」

 と白々しくすっとぼけられた。

 怪談を語っていると本物の幽霊が寄ってくるというのはよく言われる事だから、噂の立った時計に本人が取り憑いてしまったのかもしれない。

 なかなか芙蓉には正面からしっかり姿を見せてくれないメイドの幽霊だが、若くて、なかなか美人のような気がする。

 本当に時計に隠れようとしたお茶目さんなのかは分からないが、是非とも正体を見極めたいと思うのだった。

 お寺の本堂で聴いたオルゴールが気に入って、時計は時計として使うことにして、コッチ、コッチ、と玄関に時を刻む音を響かせている。


 終わり



 2014年9月作品

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