第19話

第十九回

超古代マヤ民族

「先生、明太子焼きも食べていい」

石川が服に鉄板の汚れがつかないように袖の肘のところをつまみながら鉄板の上の切り分けられたお好み焼きに手を、箸を、伸ばしながら膝でささえている重心が微妙なバランスを保っている。

「お前が明太子焼きを頼むなら、まみりは餅チーズを頼むなり」

餅チーズはチーズと餅の両方が入っていてまみりはまだ食べたことがない。ブッチャー石川が頼んだので対抗心を見せて頼んでみたのだ。

「それは僕らには見えないものなのか」

村野先生はそれらを見てみたいと思った。少なくと自分の勤めているハロハロ学園の中にそんな自分の知らないものがあるなんて驚きだった。はるら先生は村野武則の無知をあざ笑うかのようだった。鼻のさきで軽蔑の意思を表示した。

「黒魔術、もしくは白魔術の力を借りなければ見ることは出来ないわよ。それを見たのはまみりちゃんと私だけですわ」

「先生、そうだ。探偵高橋愛が先生に渡した金のペンダントがありましたわよね。そこに書いてある文字がなんだかわかりましたか」

石川が箸を立てながらはるら先生の顔を見つめた。

「そうそう、これね」

はるら先生はバッグの中から探偵高橋愛があの場所で拾って来た例の金のペンダントを取り出した。

「はるら先生、これが純金だったらたいそうな金額になりますよ」

村野武則もはるら先生の持っている金であろうペンダントをのぞき込んだ。

「うちのクラスの新垣がよく机の上にそんなような文字で落書きをしているのを見たことがあります」

石川の表情はいつもより真剣だった。

「そんなことばかりしている新垣は停学にしたほうがいいなり」

矢口まみりは断言した。

「それでですね。そこに何が書いてあるかわかったんですか」

村野武則がはるら先生の持っているその金のペンダントに触ろうとするとはるら先生はあわてて引っ込めて叱責の目で村野先生を睨んだ。

「汚らわしい。白魔術や黒魔術に精通していないものはこれに触れることも許されないんです。これは大変なものです」

「そうですか」

村野先生は頭を掻いた。それから井川はるら先生はその金のペンダントを三人の前に差し出すと文字の書いてある表の面をさししめした。そこには二行、わかち書きで文字らしいものが書かれている。もちろん、矢口まみりにも、チャーミー石川にもそれがなんであるか理解出来ない。ただ新垣のいつもしている落書きに似ている文字が書かれているような気がした。

「こほん、結論をもうしますと、この二行のうち、上の方は何とかわかります。しかし、下の行には何と書かれているかわかりません」

「先生、上の方にはなんて書かれているんですか」

石川が割り箸を口にくわえながら聞く。割り箸に染みこんでいるお好み焼きの肉汁を啜っているのだ。

「水の上の世界、及び水の下の世界において・・・・・。これが上に書かれている文句なのよ。そして、下の方には何と書かれているのかさっぱりとわからない」

はるら先生は口をつぐんだ。

「でも、はるら先生、どうしてそう書かれていたかわかったなり」

言っていのか、悪いのか、はるら先生は迷っていたようだったが、思い切って話し始めた。「この言葉はある民族の言葉と文法的、修辞学上極めて類似点が認められるのよ。どこの言葉だと思う。黒魔術に精通していないあなたたちに聞いても無駄ね。超古代マヤ民族の使っていた言葉と極めて似ているのよ」

「超古代マヤ民族」

村野武則先生も割り箸のさきを噛んだ。

「古代マヤ民族ではないわよ。超古代マヤ民族よ」

そしてはるら先生はかばんの中から羊皮紙に包まれた極めて妖しい書物を取り出した。

「これをあなたたちに見せるのは気がひけるわ。あなたたちがこの魔法を使ってどんな悪事をたくらむかも知れないから」

するとプアー石川は両手のひらで自分の顔を覆って指の隙間から井川先生のおごそかな顔をのぞき見た。

「これは十九世紀の偉大な魔法学者にして犯罪者、グレアム・グロウスターが著した悪魔大全よ。グレアム・グロウスターはケジントン街にある高級宝飾店からすべての宝石を盗み出した。そして絶対に脱出不可能といわれるビーチャーハム刑務所の監獄の中で百余人の警官に見張られていたのにもかかわらず夜が明けるとその姿は忽然としてなくなっていた。なんの痕跡も残さずにね。今もってその消息もわからない。そこにはなんのまやかしもない。黒魔術を使ったからよ。もしかしたらグレアム・グロスターは黒魔術の魔力を使って十七才の少女に姿を変えてこの街にいるかも知れないのよ。ほら、そこに」

「きゃぁー」

井川はるら先生がお好み焼き屋の壁に貼ってあるビール会社のポスターを指さすと石川が素っ頓狂な声を上げた。まみりはすぐに石川に往復ビンタをした。

「この情緒不安定女が。尻軽女が。浮気女が。落ち着くなり」

石川はまみりに張られた頬を押さえながら雨に打たれた野良犬のようにまみりに抱きついていた。

「暑苦しいなり」

「だって怖いんだもん。まみりキスして」

そこでまみりは再び石川にビンタを加えた。

「この見境のない女」

「なにやってんだい。この神聖な場所でふたりとも。ふたりとも魔法をかけて蝦ガエルの姿に変えてしまうよ」

村野先生は災厄が及ぶのをおそれて部屋の隅に縮こまった。

「この書物の中には超古代マヤ文明のことに言及しているのよ。超古代マヤ文明の簡単な言葉については解明されている。その金のペンダントに書かれているのは超古代マヤ文明に極めて近い言葉なのよ」

「じゃあ、そのペンダントの持ち主は超古代マヤ文明に関係ある人間なのかなり」

「まみりちゃん、そうは言っていないでしょう。超古代マヤ文明に近い言葉だとしか」

「超古代マヤ文明。そんな言葉は初耳だ。それは紀元でいうと何年頃なんですか」

村野武則先生も会話に加わってきた。

「年号なんて人間の考えたものでしょう。黒魔術にはそんなものは関係ないわ。なにしろ悪魔が考えたものですからね」

井川はるら先生はまた薄気味悪くニタニタと笑う。

「あいつよ。あいつよ。この犯人は新垣よ。古代マヤ人なんて、あの新垣にそっくりじゃないの」

「石川、お友達を悪く言うもんじゃ~~~~~~~~~~ないなり~~~~~~~~~~~~。」

矢口まみりは策略をこめて新垣を弁護した。その表情には新垣に不信感を持っているということを明らかに表現していた。

「どうして古代マヤ語との類似が見られるか。グレアム・グロスターは黒魔術を使ってどんな過去にも霊魂を飛ばして行くことが出来たのよ。そしてこの悪魔魔術師は遠い過去に霊魂を飛ばしたの。そこにはアトランティス文明よりもさらに前の海底文明があったのよ。遠い昔、人間とは別にどんな海中でも自由に生活のすることの出来る海底原人がいたの。海底原人たちは高度な文明を持っていたし、肉体的にも遙かに人類よりも優れていた。そして人類たちが火を起こせるようになっていたとき、海底原人たちはこの地球の運命について危惧を抱いていた。愚かな人類がこの地球を滅ぼしてしまうのではないかと、だから海底原人たちは決めたのよ。人類を数万年後に滅ぼしてしまおうと」

「いやだ。死にたくない」

現実と空想の世界の区別のつかない石川が悲鳴を上げた。そしてまみりに抱きついた。しかし、矢口まみりも今度は石川を無碍にすることはなかった。まみりもまた人類の将来を危惧していたのである。

「しかし、海底原人たちの決定に納得しない原人たちもいたのよ。人類との共生を計ろうという。それらの海底原人たちは深海の生活を捨て地上に進出した。その場所が今の南米の山岳地帯にあるのね。そこで海底原人たちは超古代マヤ帝国を作り上げたの。海底原人の帝国はゴモラと呼ばれているのよ。わたしたちはいずれどんな方法かわからないけど海底原人に滅ぼされてしまうのよ。そう、わたしたちは皆、死んでしまうの」

壁によりかかりながら、その話を聞いていたまみりと石川だった。石川はうっとりとしたように目を半ば閉じて矢口まみりの胸に手をまわした。

石川りか「わたしたち死んでしまうの」

石川りかは矢口まみりの胸に顔を当てながらまみりの顔を陶酔した表情で見上げた。

矢口まみり「そんなことはないなり。たとえ、地球が滅びても、まみりがりかのことを守ってあげるなり」

石川りか「うれしいわ。まみり。キスして」(レズねた)

「嘘だ。そんなことうそっぱちだ。とにかく、矢口、石川、いつまでも抱き合っているんだ。離れろ。離れるんだ」

隅に固まっていた村野武則先生が大声を上げた。

「はるら先生。村野先生は黒魔術を信じていないなり」

「井川先生、今の話は先生の作り話なんでしょう。常識のある人間だったらそんな話、信じられませんよ」

「先生、少なくとも、わたしたちの話は本当です。まみりも見たんだから。ねえ。まみり。絶対、新垣は怪しいわよ」

「そうなり。自分の学園の生徒のことを信じないなりか」

そこで四人はハロハロ学園の自分たちの教室に行くことにする。少なくとも、新垣が超古代マヤ語で机の上に落書きを書いていることは明らかになる。さすがに探偵高橋愛が通学路に使っている墓場の道は通る気がしない。駅の道を通ってハロハロ学園に着いた。夜の闇の中にハロハロ学園の校舎は威厳を保って建っている。校門には鍵がかかっていなかった。まみりにはこの校舎が悪魔の住みかのように見えた。

「この校庭のどこかでクストー博士が寝ているなんて信じることが出来ないよ」

村野先生が呟いた。校舎の裏口に行くと鍵がかかっている。用務員室の入り口のドアを叩くとジャガイモも叩いて作ったような用務員の顔面乱打右衛門が出てきた。

「これは村野先生に井川先生、こんな夜中になんですか」

ランプを照らしながら老人が気味の悪い顔を出した。

「馬鹿組の中に大事な忘れ物をしてね。どうしても取りに行かなくてはならないんだ」

「忘れ物ですか。くくくくく」

用務員はまた薄気味悪く笑った。

「どうぞ、上がってください。夜中に電気をつけることは理事長から禁止されていましてね。このランプで我慢してください。くくくくく」

井川先生よりもこの用務員の方が黒魔術をしているような気がする。

「まみり、気味が悪いわ」

「しっ、りか、聞こえるなり。怖かったらオイラの手を握るなり」(男役)

井川先生は無言で最後尾についてくる。まみりはもしかしたら、この用務員は悪魔ではるら先生は悪魔の手先でまみりたち三人を悪魔の儀式の生け贄のために騙してつれて来ているのではないかと思った。

そう思うとまみりも怖かった。石川の情緒不安定を笑うことも出来ない。

「あのきみは」

村野先生の声も震えている。

「きみはハロハロ学園の創立当時からここにいるんだろう」

「はい、理事長のお引き立てで」

「新垣という生徒を知っているかい。ずっとここの生徒なんだけどね。卒業もせずにここにいるんだ」

「知っていますよ。けけけけけ。興奮すると顔中、手足中に蜘蛛みたいな毛が生えてくる女の子でございましょう。けけけけけ」

「そうだよ。でも、なんで卒業もせずにハロハロ学園に居着いているんだい」

そんな話を用務員は聞いていないようだった。

「馬鹿組の教室に着いたでございますよ。けけけけけ。ランプはふたつありますからな。ひとつお貸ししましょう。気の済むまでお探しください」

用務員は長い廊下の闇の中に消えて行った。「矢口くんが嘘を言っていないことがわかるなり。新垣は落書きをいっぱい書いているなり。あいつは超古代マヤ人なり」

矢口まみりは教室に着くと一目散に新垣の机に向かった。相方の石川もそのあとに着いて行った。

「まみり、死ぬときはふたり一緒よ。まみり一人を死なせないわ」

石川がまた頓珍漢なことを言った。

「あっ」

闇の中でまみりの大きな叫び声が聞こえる。「矢口、どうしたんだ」

村野先生もランプを持って走って行った。まみりはいつも新垣が座っている机を見つけだした。

「きれいなり」

「きれいだわ」

「何も書いてないじゃないか」

「ふふふふふふふふふふ」

勝利したように井川はるら先生の高らかな笑い声が聞こえる。

「ふははははははは。黒魔術に無知な人たちはこれだから困るわ」

はるら先生はスカートのひだ中から野球のグローブぐらいの蝦蟇ガエルを取り出した。そして机の上にその蝦蟇ガエルをなすりつけた。蝦蟇ガエルは苦しがって体液を新垣の机の上になすりつけた。

「生徒の机にあんなことをしているなり」

「あれでも教師なりか」

ぐったりした蝦蟇がえるを捨てると井川先生は机の上を指さした。

 すると机の表面が波打ち、教室のどこからか、苦しそうなうめき声が聞こえる。そしてその声は三百六十度、教室のあちこちから聞こえる。

「まみり、きもい。あれを見て」

「うううう」

村野先生もうめいた。机の表面に毛だらけの新垣の顔が浮かび出てにたにたと笑っているのである。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電人少女マリ @tunetika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る