最終話 女流腹話術師、誕生
あの一件から、僕はずっと希衣奈に恋をし続けている。
あれから七年という月日が経って、僕たちは大人になったけれど、僕らの関係性はあまり進展していないよね。
僕は希衣奈のことも、マルさんのことも、ずっと好きなんだけど……希衣奈の本当の気持ちってどうなのかな。特別な存在だって言っていたと、前にマルさんから聞いたから、そうなのかな。
僕はなんだかんだと七年間、希衣奈の傍にいて、彼女の本当の声を聞くことにずっとこだわっていた。彼女が、誰にも頼らないでいつか自分一人の力で、自分の声帯を使って、僕と対話してくれる日を夢に見て――。前にも言ったけれど、それが僕の使命だなんて勝手に思って僕は彼女と接していた。
僕は、勘違い野郎だな。
そのことに気付かされたとき……。そして、弱いと決めつけていた彼女の、芯の強さを知ったとき、僕は、『彼女の声』にこだわることの阿呆さをほとほと認識させられたんだ。
あの一件……、僕は希衣奈が大人の男の人を呼んでくれたんだと思っていた。しかし、実際は違ったんだ。
なんと、あれは、希衣奈の口から発せられた言葉だった。あのドスの利いたおっさんの声が、だ。
マルさんと同様、あれは希衣奈の心の一部分。希衣奈の声帯を使った声に他ならない。これが何を意味するのか……。
確かに、希衣奈は自分の言葉を何か他のキャラクターに投影しないと話すことができなかった。しかし、それはどれも別の人格ではなく、希衣奈の心が発したメッセージ。希衣奈の声なんだ。
希衣奈は、幼い頃から身に付けた独自の手法で、腹話術の類い稀なる才能と七色の声を自在に操る能力を併せ持っていた……。これは、今のところ何の才能も開花させていない僕からすれば本当に羨ましい限りだ。
ちなみに、あのドスの利いたおっさんの声。あの声を出したときに希衣奈が握っていたぬいぐるみは、他ではない、僕があげた『ミチザネくん』である。
希衣奈に渡したときはあまり嬉しそうな顔はしていなかったから、それを肌身離さず持っていてくれていたってことは……脈ありってとっても良いのでしょうか。
長い歳月が流れ、僕は、あれから結局、かつて僕が望んだ形で『彼女の声』を聞くことはなかった。きっとこれからもないのかな、と思う。
今まで聞いてきたどの声も、彼女自身の声なのだ――。そう、するりと受け入れるには、正直まだもう少し時間が掛かりそうなんだ。
だって、彼女自身の本当の声を聞く、という動機が、僕の生きる糧となり、彼女を一向に好きなままでいさせたことは事実だから。
そうして今、日本を代表する女流腹話術師が時事ニュースを賑わせている。時代は、希代の腹話術ブームに到来した。そのきっかけをつくったのが「キレイすぎる腹話術師」その人に他ならない。
美しく若き天才腹話術師。
いずれ、世界が彼女を認め、世界的にもその奇異な名を馳せる日もそう遠くないだろう。
僕の好きな子は腹話術でしかしゃべれない 小鳥 薊 @k_azami
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