第4話 僕の救世主

 僕と希衣奈は、というかマルさんは、それから何度か会って話をするうちに、今ではすっかり打ち解けた仲となっていた。


 彼女のお母さんの言う通り、マルさんはほんの数日でキレイになって希衣奈の元に戻ってきた。だから、僕が彼女にあげた『ミチザネくん』はその後どうしたのかは知らない。

 次の試験前なんかにお守りにするなり、捨てるなり、好きにすればいいと思う。




 僕は、そうはいっても男だし、希衣奈のことを恋愛対象として見たことがない、といったら嘘になる。希衣奈は可愛いんだ。

 でも、マルさんのときの希衣奈も嫌いじゃない。

 マルさんと介して、彼女とは好きなマンガの話から時事ネタについてまで、けっこう掘り下げた話もできた。

 高校生活で楽しみの一つもなかった僕にとって、彼女とマルさんの存在はいつの間にかどんどん大きくなっていた。


 そしてなんといっても僕は、希衣奈がマルさんから離れた瞬間、彼女自身に戻る瞬間が堪らなく好きなんだ。あの、考えなしに白線を飛び越えた時のように、僕は彼女のことをそうやって守りたい。いつからか、そう思うようになっていたんだ……。


 僕は、いつか彼女自身の本当の声を聞いてみたい。彼女をしゃべらせてあげたい。そんな使命感みたいな気持ちがいつしか僕の生きる動機になっていた。余計なお世話かもしれないけれど。

 僕は、彼女のヒーローになったつもりで、思い上がっていたのかもしれない。

 そのことを痛感させられる出来事が、あるとき僕の身に起こったんだ……。




 下校途中、ぼんやり歩いていると、

「おい。」

 僕をいじめる連中の数人に、僕は呼び止められた。

「……なんだよ。」

「出せよ。カ、ネ!」

「ねえよ。」

「ミチザネのくせに、口答えすんな!」

 僕はこの時、もう絶対に財布を出さないつもりだった。こいつらに囲まれた瞬間、希衣奈の顔が浮かんだんだ。

 こんな奴らの言うことに黙って従うようなヤツはカッコ悪い。希衣奈にだって、マルさんにだって、笑われてしまう。ボコボコにされたって、カウンターを食らわせられるようにこっちだってあれから少しは鍛えてきたんだ。


(来るなら来い!)

 僕は目の前の連中を睨みつけた。この瞬間までは、僕はコイツらより圧倒的に強かったんだ……。








 結果は、ボコボコもいいとこだったよ。

 カウンターも想像通りには決まらないし、面白がられていつも以上に殴られた。どうして僕はこうなんだろう。

 こいつらは、一体何様なんだろう。

 朦朧な意識の中、ぼんやりと思った。




『お前らーー!! いい加減にせえ!!! 警察呼んだぞ、ごるぅあーー!!』


(誰だ……? )


 ドスの利いた怒号がどこからともなく響き、僕を含めた連中が一瞬で固まった。

「やべーー、行こうぜ!」

 やつらは、恐そうなおっさんの声と『警察』という言葉にビビったのか、僕を置き去りにして行ってしまった。



 天を仰ぎ見る。

 やっぱり今日も、ぱっとしない青空だ。世の中、綺麗に澄んだ青い空は何処にあるっていうんだ。


「ハア、ハア……。」

 自分の呼吸をこんなに大きく聞いたのは初めてだった。

(僕って、カッコ悪いな。)


 その時、青空が翳り、後光射す人影が僕の視界の大半を占めた。


 希衣奈だ。


『大丈夫か?』

 マルさんの声。

(え、もしかして、希衣奈が助けを呼んでくれたのか?)



 僕は、この直後、軽い脳しんとうを起こしたみたいで気を失った……。

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