(4)やっぱり猛禽類かもしれない日向君

「これでもう寄ってこないかなぁ、細川。ああいうのはさ、女子が言ったら逆ギレするかもしれないけど、男子が出張るとあっさり引き下がったりするんだよね」

「あ、ありがとう日向君。嘘までついて」


 向き直ってくれた日向君に、深く一礼した。「嘘にする気もないんだけど」信じられない台詞が頭の上から聞こえた。顔を上げると、日向君が目を細めて笑んでいる。ぞくぞくしたものが背中を這い上がる。粘着質な不快感はない。危険な感じだけはする。


「坂下さんって、細川みたいな奴に目をつけられがちでしょ」

「う、うん」

「それならさ、僕と付き合ってることにしても良くない?」

「フリをする、ってこと?」

「そう。坂下さんは僕っていう虫よけができる。僕は、仮彼氏をしている間に坂下さんをオトす機会に恵まれる。ウィンウィンだろ?」

「うぃんうぃん……」

「坂下さんが許してくれるまで、変なことは絶対にしないし。もし制御出来なくなったら、遠慮なく蹴って正気に戻して」

「蹴る?」

「躊躇なく、タマを蹴って?」

「……おお」

「どうかな?」


 可愛らしく小首を傾げながら、日向君は小指を差し出してきた。指きりだろうか。条件は悪くないように思える。日向君という彼氏ガードがとても魅力的である。防具でいうとプラチナシールド。


「……日向君が、やめたくなったらいつでも言って」

 私も小指を差し出した。日向君が、ぐっと絡めてくる。

「ゆーびきーりげーんまん。僕からそんなこと言う訳ない。坂下さんって甘いよね」

 甘いかなぁ。

「脇が甘いって意味だよ」

 けなしているのかと思ったけれど、日向君の顔を見て違うと分かった。困ったように微笑んでいる。

 私はこの顔がきらいじゃない。


「だって僕ねぇ。坂下さんを見ると、腹の底からぞくぞくするんだよ。危険だと思うよ」

「えっ」


 日向君を前にすると少し怖い。でも嫌じゃない。その理由を、私は知りたい。

 日向君が絡めていた小指を離す。何か言わなければと思った。


「でもね、私ね」

「あっ! 雫、いた!」


 振り向けば、デニムの巾着袋を持ったツー君がこちらに向かって走ってきている。あの庭のベンチで待っている予定だったのだ。


「良かった~。荷物は部室にあるし、ちょっと待っても帰ってこないから心配したんだよ~。ほら、雫って巻き込まれがちだから」

「ごめんツー君」

 はぁはぁと息を吸いながら、人好きの顔をしてツー君は笑う。私が男難の気があることを知っているのである。

「あ、君はこの前のカッコいい子」

「……どうも」


 日向君はひどく微妙な顔をしている。困惑と焦りの混じったような表情だ。


「日向君、こちら園芸部の北虎先輩。ハトコなの」

「……はとこ」

「そうだよ~雫がお世話になってます? 君もクッキーいる?」


 ツー君がのんびりと言う。見た目にそぐわぬフレンドリーさのギャップか、日向君はたじろいでいる。


「え、あ、俺は、まだ練習中なもので」

「ちょっと助けてくれたんだよ」

「へぇ! ありがとうね~」

「では、僕は」日向君は軽く一礼して、グラウンドの方へ向いた。思わず、その背中の裾を引っ張って引き留める。自分の行動にびっくりしたが、日向君も同様に驚いたらしい。


「どうしたの」

「ああああの、部活終わるの待ってるから、一緒に帰れる……? これからのこと、話したい」

「えっ」


 思いもよらないものを聞いたときの人間の声だ。いい考えだと思ったけれど、もしかしなくとも、突然彼女ヅラし過ぎた提案だった。


「ごめんなさい駄目だったら全然いいの部活戻ってごめんね」

「待って坂下さん落ち着こうか。もちろん一緒に帰ろう。僕も話したい」

 日向君がいつになく早口だ。

「そう? ええと、図書室で待ってる、から……」

「うん。終わったらすぐ着替えて迎えに行く。絶対行く。待ってて」


 私はこくこくと二回頷き、日向君は慎重に頷いた。

 グラウンドへと軽やかに駆けていく背中を見送る。……言えて良かった。手はしっとり汗ばんていた。


「雫、もしかしてあのカッコいい子と付き合ってたりするの?」

 私が日向君を引き留めたとき、そそっと離れて待機していたツー君が寄って来た。目は好奇心でいっぱいである。

 ハトコ相手に、どう言うのが正解だろう。

「たぶん……?」

 私は首を傾げ、ハトコも鏡のように首を傾げた。






「それで、何から話そうか」

 隣から穏やかな声が降る。

 部活帰りの生徒達に交じり、日向君と肩を並べて帰っている。親密であるような、ただの友人であるような、私達の間の距離は絶妙である。


「好きな食べ物とか、好きな本とか?」

「そこからー?」


 ちょっとずつ知りたいのだもの。

 子どもっぽいのだろうかと思ったけれど、日向君は存外楽しそうだ。


「最近はパエリアが好き。本はミステリ系をよく読むかな。作家でいうと――」

 日向君が答えると、今度は私に同じような質問をする。日向君については知らないことだらけである。


「それと、一つ聞いていい?」

 日向君が固い声で言う。

「手をつなぐのは、セーフ?」

「……えっ」


 日向君は、それ以上なにも言わない。歩みは止めないまま、私の答えを待っている。

 私は考えた。そう、日向君は私のことが好きだと言っていた。だったら手をつなぎたい、のだと思う。


「制服着てるときじゃなかったら、いいと思う」

 日向君は意外だとでも言いたげな顔をした。

「デートだったらいいってこと?」

「そう、なの、かな?」

 その想定はしていなかった。いま手をつなぐのは恥ずかしいなと思っただけだった。


「デートに誘ったら来てくれるの?」

「でえと」


 二人で休日に会っている場面を想像する。日向君は私服でもかっこよさそうだ。えっ、私は何を着て行けばいいんだろう。どうしよう! ちゃんと隣を歩けるのかな。


「デートってジーパンでも行っていいの? ワンピースとかの方が好き?」

 日向君はパチパチ、と目を瞬いて、破顔した。

「行く場所によるんじゃない? ジーパンもワンピースも良いと思うよ」

「それもそうだね」

「じゃあ、次の土日かその次か、予定が合うときにどこか行こうよ」

「う、うん」


 あれ? いつの間にかデートに行くことになっている。

 日向君を見上げる。目が合った彼は指を口元に置いて、艶めかしく笑った。


「ほんと、甘いよ坂下さん」


 嬉しそうで、妙な色気たっぷりの日向君に、絶句するしかなかった。





――終

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イケメンの告白に及び腰です 葛餅もち乃 @tsubakiaya

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