第3話 さようなら、ジョージ
「それが、僕の教授との初めての出会いでした。教授のご厚意に感謝しています」
「私はロバートの学費から生活費まで全て負担することを提案しました。彼の才能を考えれば当然のことです」
ロバート、つまりジョージのことだ。
あの日、電話の子機を片手にしたジョージは頷いて返事をするばかりだったから、試験結果がどうなったかは分からない。
だが1人の新入生のためにマスコミと会場を用意するはずもない。
今日が何かおかしいことは俺にもはっきり分かっていた。
教授と呼ばれたデブ男はジョージの肩に馴れ馴れしく手を置く。
「私はずっと彼を探していました。彼はまさしく、赤子産業の未来の形となりうるでしょう!」
自信ありげに語り続ける教授。
「先程のスピーチでお話しした通り、かつて私は本学でハイテク・ベビー生産向上の研究を行っていました。TET方式(胚卵管内移送)をベースにした多数の人間の遺伝子をもつハイブリッドベビーの製造。しかし、みな様もご存知の通り1つの胚をつくるたげでも大変なコストが掛かり、また流産の確率も決して低くありません。『ケース29C・ロバート』が登場するまでは」
小難しい話を俺は理解できなかった。
観客席の連中も頷いてはいるが、表情から察するに理解していないに違いない。
背後の大型モニターに数点の画像が映し出されたのは、そんな俺たちのためだろう。
ジョージもゆっくりと振り返ると、見覚えのある若い女性の画像で視線が止まる。
教授は話を続けた。
ジョージの母親はブローカーを通じて参加した被験者の1人であったこと、そのブローカーが別件で逮捕されて被験者たちと連絡が途絶えていたこと、ケース29の他サンプルの状態について。
「兄弟」
あの日、ひどく放心状態だったジョージが最初に発した言葉。
何かを期待したように笑みをこぼしていた。
「あの、僕の兄弟がいるということですよね。みんな今どこで何をしているんですか。みんなも条件をのんで」
みんな出産後に死んでいたらしい。
被験者の女性はみな報酬金目当ての貧困者であり、情から中絶を選択しなかったものの、子どもを育てられるような環境は用意できなかったのだろう。
ジョージは、そんな子供たちの中の唯一の生存者だったのだ。
進学援助の見返りが『ブランドへの協力』であることはすぐに教授が説明してくれた。
「リプロテック市場は競争により荒れ果て、多くの場合、理想に届かないベビーで妥協されるのが現状です。みな様の周りにも犠牲者となった方々はいらっしゃるのではないでしょうか。しかしこれからの時代は違います。ロバートの遺伝子情報を元にケース29の試験内容を補完することで、安価で才能ある理想的な子どもをつくることが可能になるでしょう」
教授は両手を広げて高らかに宣言する。
「ロバートは、親子の新時代の鍵なのです!」
会場に拍手喝采が響き渡った。
電話片手に途中で抜け出したスーツ姿の男たちは投資関係者だろう。
笑顔で拍手を受け取る教授の側で、しばらく俯いていたジョージは耳打ちした。
「教授、1つよろしいでしょうか」
教授はさりげなく小声で応じた。
「何だね。話なら後でもできるさ。このあとはスポンサー企業の紹介で大事なんだ」
舞台袖にはシワ1つないスーツと高そうな時計を身に付けた連中が控えている。
デブが今後の研究を行うのに必要不可欠な存在。
ジョージには全く関心のない存在。
「やっぱり僕はロバートじゃなくジョージです。すみませんが、次からジョージと言ってくれませんか」
「何を言ってるんだ。あぁ、ほら、壇上にCEOたちが上がってきたぞ」
「僕はジョージです」
「君はロバートだよ。天才の親たちをもって照れるのも分かるが、そのうち慣れ」
ほんの一瞬だった。
カウボーイごっこは、この日のためのイメージトレーニングだったと思いたくなる程の早業。
腹のポケットから取り出されると、すぐに舞台上で俺の声が鳴り響いた。
床に勢いよく倒れこむ教授と、息を荒げながら俺を握って立つジョージ。
隠されていた俺の登場に驚き呆然とする観客たち。
「僕はジョージだ」
「う、ぐうぅぅぅぅぅ」
出血で赤く染まる腹部を押さえながら身体を引きずる教授。
ようやく事態を理解した観客たちは悲鳴を上げたり助けを呼び始めた。
出入口に観客たちが押し寄せる中、お構いなしにジョージは教授へ詰め寄る。
「僕がどれだけ頑張ってきたのか知りもしないくせに」
「お、お、 やめ、やめ」
俺は再び声を上げるが、うるさすぎて気付かない奴が多かったに違いない。
感情が高ぶったジョージの声もそうだろう。
「これは、僕自身の才能だ。そんな知らない奴らの遺伝子だからじゃない。僕の努力を、そんなもので済ませるな」
頭と腹から血を垂れ流し動かなくなった教授へ吐き捨てた。
こんなに感情的なジョージを見るのは初めてだった。
これまで抱えてきた何かが溢れ出ているかのように、泣き崩れた顔は醜く歪んでいる。
観客席へ振り向くと、彼は咽び泣きながら俺を顎部につけ、人差し指を約束(トリガー)にかける。
汚物でも見るような目を向ける者たちへ言葉を残して。
「どうしてみんな、僕自身を認めてくれないんだよう」
理想の道具(ロバート)であることを望まれたが、ジョージはそれを拒絶した。
結局、俺たちの思いは無駄でしかなかったのだろうか。
今夜はきっと土曜日だ。
この騒がしさで俺の声など響くはずもない。
(了)
Saturday night 田舎☆侍 @Inakazamurai3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます