第2話 きっと僕らには才能(つばさ)があるからら
州広域児童支援施設リトル・ウィング・ハウス。
ジョージの着る大きめの青い制服にそう書いてあった。
カリフォルニア州某所にある小さな孤児院で、前のアパートから徒歩で約1時間の距離だったことが幸いした。
もし別の州だったら、諦められて一生土の中だったかもしれない。
ジョージは3畳ほどの狭い個室部屋へ入ると、ベッドの上で横になり俺を箱から取り出した。
「バン!」
ジョージが俺を握りながら続けて言う。
「バン! バン! バン!」
俺を部屋のあちこちに向けて楽しそうに笑う。
だったのに、急に静かになると泣き出してしまった。
「お母さん、どうして」
細いパイプベッドに腰を下ろすと、ボソボソと泣きながら小言を繰り返していた。
後悔の念ばかりで恨みの1つも漏らさない。
こんなに弱々しく純粋な持ち主は俺にとって初めてだった。
これまでの連中ときたら、ギャング気取りのアホや夜遊びばかりの学生に病気持ちの売春婦とろくでもない奴らばかり。
安物の俺には相応しい持ち主だったのかもしれない。
だからこそ、いつの間にか俺はジョージを特別に意識するようになっていた。
部屋に戻ってきた彼が喜んでいたとき、あるいは悲しんでいたとき、外で何があったのか気になって仕方がなかった。
しばらくの間、孤児院で俺の存在を知るのはジョージだけだったが、ある日、ヘンリーという隣室の1つ歳上の子どもに見られてしまう。
その日も部屋で1人カウボーイごっこをしていた。
ヘンリーは年齢よりも大人びた子で、落ち着いた様子で言った。
「もしかして本物の銃なの」
「ち、違うんだ。これは」
「あ、心配しないで。誰にも言わないから。それはジョージ君にとって大事な物なのかい」
「う、うん。そうだよ。お母さんの形見なんだ」
「そうか。じゃあ絶対内緒にしなきゃ。実は俺もポルノ雑誌を持っているんだ」
「それがヘンリー君の親の肩身なの」
「違うよ。万引きしてきたやつ。読みたいかい」
「いいの」
「あぁ。その代わり、たまにその銃を触らせてくれよ。あと万引きしたことも全て秘密な」
以降、彼らは友達になった。
いつも一緒の2人は本当に息がピッタリで、抜き打ち検査で他の子供がお宝を摘発される中、俺と彼のポルノ雑誌は上手く隠され続けた。
ヘンリーとの別れが訪れたのはジョージが16歳の時。
すっかり兄弟の様な関係になった頃の出来事だった。
17歳、羽ばたく年齢を迎える前にヘンリーは養子として迎えられることになった。
誰かに引き取ってもらえる確率がいかに低いかを見て学んでいたものだから、それを知った日にジョージは心から祝いの言葉を送った。
「おめでとうヘンリー。今度、君の家に遊びに行かせてくれよ」
ヘンリーからの返事は無かった。
「どうしたんだよ。ヘンリー」
「そういうの、いいから」
気まずい雰囲気の中、つけっぱなしのテレビはあるCMを流し始める。
それを見たヘンリーは少し乱暴にリモコンでチャンネルを変えた。
「なぁ、ジョージ。何で俺が選ばれたと思う」
「何でって。うーん、カッコいいからじゃないかな」
確かにヘンリーの容姿は整っていた。
その回答にヘンリーは笑ってみせた。
「そりゃそうさ。自分で言うのもなんだが俳優のジョニーに似てるだろう。俺はリプロテックなんだよ」
「リプロテック?」
「俺の両親はどちらも女だったんだ。その2人が理想の子供を欲しくて俺を作った」
「それって無理じゃない。だって、アレがついてないじゃん」
「なくてもできるんだよ。実際、あいつらは金を出して精子を買って俺を作った。そして飽きたから捨てた。新しい彼氏、いや、そいつも女なんだけど、もっとお金を払ってもっと良い子供を作ったんだ。そしたら俺に愛着なんて沸かなくなったんだろうな」
「でも、新しい家の人たちはヘンリーを気に入っているから選んだはず」
「物としてな。実は俺は2回目なんだ。1回目はジョージが来た頃のことさ。引き取られても、色々あって返されることもあるんだ」
ジョージは黙りこんでいた。
俺はよく流れるCMのことを思い出した。
奇跡の赤ちゃんだとか夢の実現だとか唱っていたが、もし親が夢に飽きたら、もし親の期待に応えられなかったら、その子たちはどうなるのだろうか。
その結末の1つがヘンリーではないのだろうか。
「そこでだ、ジョージ。頼みを1つ聞いてくれないか」
ヘンリーは俺を見つめる。
「あの銃でさ、俺を殺してくれないか」
「え。何言ってるの」
「ははは、冗談だよ。全く正直者だよなジョージは」
それじゃあ、と自分の部屋に戻ろうとしたヘンリーをジョージは呼び止めた。
「でも、でも、ヘンリーの優しさは作り物なんかじゃないと思うよ。誰とでも仲良く会話できるのはヘンリー自身の才能だよ。人見知りの僕にはできないから」
俯いたままのジョージが顔を上げると、静かに頬を濡らすヘンリーがいた。
「物として生きるのが辛いんだよ」
扉を閉めると、ヘンリーはゆっくりジョージに近付く。
「ジョージは外の世界をよく知らないだろうけど、俺みたいなのは決められたこと以外させてもらえないんだよ。まぁ、門前払いされるよりマシなんだろうけど」
鼻を鳴らしながら心情を吐露するヘンリー。
震えていた彼は優しく包まれる感じを覚える。
ジョージは彼を強く抱きしめていた。
「ジョージは、将来、何になりたいの」
「俺は、コメディアンになりたい」
「ヘンリーは喋るのが得意だもんね。僕は弁護士になりたい」
「ジョージは大学進学を目指すんだよな」
「特待生で受からなければならないけど。学費ローンの保証人にはなってくれる親戚なんていないし。誰が何と言おうと、僕らには僕らしか知らない才能があると思うんだ。それをみんなに分からせてやろう」
「あぁ。俺、頑張るよ」
翌日、ヘンリーは高そうな日本車に送迎されて孤児院を去っていった。
きっとお金持ちの家に引き取られたのだろう。
何度か会いに戻ってくると約束はしたものの、再び彼がジョージの前に現れることはなかった。
ジョージ自身もそれを少しは気にしていたに違いない。
外出の時間も全て図書館での勉強に費やしていた彼は、たまに空き部屋となった隣室を覗いていたのだから。
俺を部屋の机の見やすい位置によく飾ったのも、母親とヘンリーのことを忘れないためであろう。
月日は流れ、ハイスクールでの成績を優秀でまとめたジョージは、有名大学の特待推薦入試を受けられることになった。
その時点で彼は学校や町の一部で話題の有名人だった。
苦労人が努力を重ねて大学に進学しようとしているという美談も要因だったが、最もは現状の推薦入試の実態。
『遺伝子入試』と揶揄されたそれは、何度もテレビのニュース枠で議論を生んでいた。
受験生は精子銀行や研究機関が発行する遺伝子調査表を任意で願書に添えることができる。
黄色い調査表には、受験生の遺伝子が誰に由来するか、その者のIQはいくつで学歴や職業は何だったかが記載されている。
実績を求める大学側はこれに期待しており、調査表を添付できない受験生、つまり普通に生まれた子どもは落とされやすいというのが暗黙の常識となっていたのだ。
それを知っても、ジョージが諦めることはなかった。
白炭色の願書だけ大学へ郵送し、入試試験に臨んだのだ。
筆記試験の結果は良好だったらしい。
試験後に回答速報と照らし合わせた彼の表情は自信に満ちていた。
心配していた面接の日も、帰宅してからの様子を見る限り問題は無さそうだった。
全て終えたジョージは本当によく眠っていた。
お疲れ様、ジョージ。本当によく頑張ったな。
彼を応援していた一方で、寂しさと不安な気持ちも俺の中にあった。
大学に進学すれば、いずれジョージは俺を捨てるかもしれない。
目指している法の世界に暴力は不要だし、もっと相応しい相棒を買うだろう。
ヘンリーの言っていた通り、物として生きるのは辛いと感じたが、もしその時が訪れていても俺は受け入れていただろうと思う。
周りのゴミが喧嘩を売ってきたら、俺の持ち主は立派な人間だったと胸を張れるのだから。
翌週の水曜日、ジョージ宛の1本の電話が孤児院に鳴り響いた。
彼の才能を認める知らせが。
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