Saturday night
田舎☆侍
第1話 はじめまして、ジョージ
ニヤニヤと気色悪い顔をこっちに向けんじゃねぇよクソッタレ。
デブ男のスピーチが終わり、壇上のゲスト席に座る俺たちは会場からの歓声に包まれていた。
洒落たスーツやドレスを身に着け、物事を全て知った気でいる連中が排出する騒音。
それは相棒のジョージを晒せと言わんばかりの、まるで罵声の様だった。
称賛している? 笑える冗談だ。
才能が報われる云々ではなく、貧乏人が身の丈に合わない場所でどんな立ち振舞いをするかを見たいのだ。
でなければ、立派な会場で腹ポケットのついたパーカーにジーンズ姿の彼をそのまま立たせるものか。
同じ古着でも施設の制服の方がまだ良かっただろう。
俺たちが前に出ることを望むかの様に、デブも作り笑いとニヤニヤいやらしい目を向けてきた。
ジョージの口からもう一度、自身の業績を語らせたいのだろう。
耐えられなくなった彼は立ち上がり、会場の好奇の視線を浴びながら、壇上の中央へと歩み寄った。
理想の形とは少し違うけれど、ジョージは有名大学の敷地を踏むことになったのだ。
彼の心境はとても複雑に違いない。
貧しい者がここまで来るのにどれだけ耐え忍ぶ必要があったかを、いつも側にいた俺はよく知っている。
そうだ、俺はずっと見てきた。
ジョージと出会った日のことを思い出す。
当時、彼は11歳だった。
俺の『声』で目を覚まして寝具から立ち上がると、彼は、俺を右手に握ったまま倒れる派手な売春婦に気が付いた。
その日、ジョージの母親は自殺したのだ。
自殺を補助したのは俺。
1983年に無銘の会社で製造された、安さだけが取り柄の粗悪銃(サタデーナイトスペシャル)。
さて、ことの経緯は母親が付き合っていた若い彼氏、と言っても相手はカネヅルとしか思っていなかったと思う、から別れを切り出され衝動的にそうなった。
正直、こうなる気はしてたんだ。
相手と別れてからずっと泣きっぱなし、薬を吸っても泣き続け、愚痴をこぼすたびに鞄の中にいた俺をチラチラ。
夜遅くに帰宅してから3時間後、母親は俺を側頭部に突き付けて永遠の眠りについた。
ジョージが母親の死体を見つめていると、
ドンドンドン、
と扉を強く叩く音がした。
「何時だと思ってる。前にも言っただろうが」
大家の声がすると、ジョージはすぐに扉を開けて彼を招いた。
「おじさん、ママが」
「どうかしたのか。中へあがるぞ」
部屋へ入った大家はできたての死体を見ると、騒ぐことなく怪訝な表情を浮かべて一言。
「なるほど、そうきたか」
死体と俺を何度か確認しながら、落ち着いた様子で携帯電話を手に取る。
「俺だ。いつもの人数集めて今すぐ上に来い」
「おじさん、警察に電話しているの」
ジョージは尋ねた。
大家は見向きもせず、母親の鞄から財布を抜き出す。
中身の薄さに呆れながらも、数枚の50ドル札を折り曲げてズボンのポケットへ入れた。
「いや、まだしない。悪いがお前の母親は家賃をだいぶ滞納していたんだ」
やがて、知らない男たちがワンルームに押し寄せた。
お構い無しに少しでも金目の物を持ち去っていたと思う。
彼らは散らかっていた部屋を少しきれいにしてくれた。
まるで清掃業者の仕事のように丁寧で、死体や飛び散った血に触れることはなかった。
片付けが終わり男たちが部屋から出ると、ようやく大家は警察に電話した。
「ふつうは見捨てるんだぜ。感謝しろよ坊主」
「あ、ありがとう」
ジョージは部屋に1人取り残されたが、これが大家にとって致命的なミスとなった。
少し遅れてやって来た警察から、自殺した女性の凶器が行方不明だと聞かされたに違いない。
容疑者として事情説明を求められたかもしれないし、とにかく大家は何か面倒を抱えたはずだ。
実は俺は母親よりも先に土に埋められていたのだ。
土産物のビスケット缶が棺桶だなんて笑えるだろう。
数ヶ月後、俺を掘り起こしたのはジョージだった。
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