三章(3)
エリクと一緒にパティスリーに入る。とりあえずいつものように食べたことのない洋菓子を注文し、空いている席へと向かう。
するとエリクが椅子を引いてくれたので、「ありがとう」と言って椅子に座った。エリクもすぐに対面に腰掛ける。
「えっとね、エリク、あの――」
「アデラ、先に食べたら? 相談はそのあとにしよう」
「でも……」
「いいからいいから」
早速話を切り出そうとしたけれど、エリクに押し切られて先にケーキを口にすることになった。今は時間が惜しいのに、と思いつつも、食べたい気持ちは確かにあるのでありがたく食べさせていただく。
まずはいちごのケーキだ。縦長の小さな直方体で、一番上にはいちごのソースがかかっており、スポンジの間にもいちごのクリームが挟まっている。
楽しみのあまり口元がにやけてしまう。エリクの前だけれどそれを直すことはできず、アデライドはそのままケーキを口にした。
ほろりと崩れるスポンジにじんわりと広がる甘味。いちごの酸味も相まって、もう絶品で。
うっとりと堪能していると、エリクが楽しそうにこちらを見ていることに気がついた。
「ん……なあに?」
ごくりとケーキを飲み込み、尋ねる。
「ん? ……あ、いや、別に、アデラって本当楽しそうに食べるなって思って。俺、アデラがそうやって食べているのを見るの、好き」
好き。
自分自身じゃなくて食べている姿だけれど、その言葉に頬に熱が集まって。
アデライドはそっと視線を逸らした。
「……そ、そう」
「うん、そう。……あ、もしかしてずっと見ているの邪魔だった?」
「そ、そんなことないわ!」
エリクの言葉に、アデライドは慌てて反論する。心臓がどくどくとやかましくて、緊張するけれど、勇気を振り絞ってきゅっと手を握りしめ、告げる。
「エリクに見られるのは、あんまり嫌じゃないわ。ただ、……ちょっと恥ずかしいだけよ。綺麗に食べられているのか不安になるし……」
なにを言ってしまっているのだろう、と思った。見られるのが嫌じゃないって、まるで恋していますって言っているみたい。
うう……とうめいていれば、今度はエリクが視線を逸らす番だった。
「そ、そっか」
「え、ええ、そう」
気まずい沈黙が二人の間に漂う。恥ずかしくて、アデライドは無言でケーキを食べ続けた。
しかしすぐになくなってしまって。
静かにカトラリーを置き、深呼吸をして気持ちを切り替える。こんなふうにエリクと話せるのは楽しいし、幸せだけれど、このままではいけないのだ。
エリクに誇れる自分でいるために。
「――エリク」
彼がこちらに視線を向けてきた。アデライドの真剣な雰囲気を感じ取ったのだろう、その瞳には真摯な光が灯っていて。
「話、聞いてくれる?」
「もちろん」
改めて返事がもらえたことに安堵しつつ、まずはなにから話せばいいのか考える。
事情はあまり説明したくないため、なんとかしてごまかすしかない。自分のすぐ近くに反革命派がいるなんて知られたら、彼に拒絶されるかもしれないからだ。そこは絶対に隠さないと。
けれど、どうやって切り出せばよいのだろう?
(う〜……先に考えておけばよかったわ……)
はたしてどうしようかと迷っていると。
「アデラ」とエリクに呼ばれて。
彼に視線を向ければ、エリクはうっすらと笑みを浮かべていた。
「状況を話したくないのなら、話さなくていいよ。ただ悩んでいることを話して。深入りはしないから」
「……ありがと」
ほっとしつつも、少しだけ嫌な予感が顔を覗かせる。
しかし今はそんなこと考える暇はないとそれを押し殺し、アデライドは口を開いた。
「……革命って、正しいことなのかしら?」
「……それは革命という行動自体?」
真摯なエリクの声。そっと目を伏せ、「ええ、そうよ」と答えた。革命自体も、十五年前の革命も、正しいのか間違っているのかよくわからない。
うーん、とエリクのうなる声が聞こえた。
(めんどくさいって思われているかしら……?)
もしそうだったら悲しい。自力で結論を出すことのできない自分が嫌になる。
きゅっと手を握りしめると同時に、「そっか」とエリクの声。
「アデラはどう思ってる?」
「……わからないの。革命が正しいのなら今のこの国は正しいっていうことになるわ。けど、それを不満に思っている人もいるのよね?」
反革命派のことだ。明言はしなかったけれどきちんと通じたのだろう、エリクは「そうだな」と頷く。
「革命が間違っているとしたら、今のこの国は間違っているっていうことになるわ。でも多くの人が革命の指導者を慕っているのよね?」
「うん」
「だから、もうわからないの……」
シンとした静寂が落ちた。聞こえてくる大通りのざわめきはどこか遠く、二人だけ世界から切り離されたかのよう。
気まずくなってエリクのほうを窺えば、彼はなにやら考えているようで、顎に指を当てた状態でテーブルを見つめている。その瞳はここではないどこかを見つめているみたいだけれど、真剣な雰囲気はしっかりと伝わってきて。
そのことに胸の奥がじんわりと温かくなる。不謹慎だけれど、そこまで親身になって考えてくれているのがとても嬉しい。
そんなことを思っていれば、考えごとが終わったらしいエリクが視線をこちらへ向けてきた。ばっちり目が合ってしまい、少しだけ恥ずかしくなる。
けれど今はそんなときでないと自らに言い聞かせ、目を逸らすことなく青い双眸をじっと見つめた。
「アデラは革命という行為自体を善か悪かで区別したいようだけれど、それはできないと思う」
「……どうして?」
「革命をする人の思想によって変わるからだよ」
そう言うと、エリクはテーブルの上に置かれたカトラリーを指さす。
「カトラリーは食事を摂るための便利な道具だろ? でも人を傷つける道具にもなりうる。そんな二面性があるから、革命自体を善か悪か区別することはできないんじゃないか?」
「……確かに、そうね」
言われてみればそうだ。人を手助けする道具であるけれども、それは同時に人に危害を加える道具にもなりうる。それは革命にも通じることだろう。
「……アデラは十五年前の革命が正しかったのか知りたいのか?」
エリクの問いかけに、静かに頷く。
革命という行為自体に善か悪かは存在しない。もっと言えば善も悪も存在する。
それならば十五年前の革命が正しかったのか知りたかった。それさえわかれば、現在のこの国の政府と以前の王政に戻したい反革命派、どちらが正しいのかわかる。
どちらにつけばいいのか決められる。
そのとき突然エリクが立ち上がった。
「じゃあ行くか」
「……どこへ?」
「革命広場」
唐突な展開にアデライドは目をぱちくりさせた。いったいどうしてそんなことになったのだろう?
エリクが笑う。
「俺たちは革命を直接知らないだろ? だから今まで教えられてきたことしか知らなかった。知ろうとしなかった。けど、人によって革命の見方は変わるものだ」
だから。
「いろんな人に話を聞いて、いろんな見方から革命を見て……それで考えたらどうだ? アデラって、他国の人からの視点と俺からの視点、二つの話しか知らないだろ?」
なるほど、と思った。確かにアデライドは教師やフィリップたちから革命は間違っていたと教えられ、エリクに革命は正しかったと教えられた。その程度だ。もっといろんな視点から革命を見ることは大切だろう。
「……そうね。わかったわ」
そう言って、アデライドは立ち上がった。
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