二章(6)
あの二人は何者だろう?
兄妹だと思われる青年と少女と出会った一週間後。また非番であったエリクはそんなことを思いながら、ぶらぶらと街を歩く。
アデラと呼ばれていた少女と、彼女の兄だと思われる青年。二人は反革命派のファルシェーヌ元侯爵の馬車に乗ってどこかへ向かった。おそらくファルシェーヌ元侯爵の屋敷だと思われるが、確信はない。大きな屋敷の多い地区は人通りが少なく、さすがに尾行したら気づかれるため追いかけられなかったのだ。
そのせいか二人に関することがずっと胸に引っかかっていて。
(とりあえず、反革命派に関わりがあることは確実だよな)
屋台で食べ歩きできる串を買いながら、エリクはそんなことを思う。
反革命派の馬車に乗り、どこかへ向かったのだ。関わりがないなんてありえない。
それに彼ら二人を迎えに来たのはファルシェーヌ元侯爵だ。この国に残っている反革命派の中でも筆頭と言われている人物である。となると反革命派の中でもかなり重要な地位にいる、のではないだろうか?
エリクは串についた肉にかぶりつく。濃く、とろみのある、独特なタレの味が口の中に広がった。
(あの女の子は俺と同じくらいだし、男のほうも二十歳くらいで、革命が起こったときは子どもだったはずなのに。なんで反革命派と関わろうとするんだ?)
革命は正しいことで、それに反対するのは悪いこと。つまり反革命派は悪なのである。そうだとわかっているはずなのに。
もやもやとしたものを抱えながら、エリクは肉をすべて頬張ると近くにあったゴミ箱に捨てる。こんなふうに簡単に気持ちや悩みを捨てたりできないから、いつまで経っても子どもだって言われるのだろう。
そう思い、つい顔を顰める。
今朝のことだった。珍しく父と朝食の時間が重なり、屋敷の食堂で二人きりで食べることになった。
父との仲は、正直よくない。周囲から「元貴族」と言われるたび、エリクは荒れた。悪口を言った人に掴みかかることだってあったし、もしそうでなくても屋敷に戻ると物に当たったりした。
そんなエリクに、父は子どもだな、と言うのだ。早く大人になれ、とも。
それが正しい処世術だとはわかっている。周囲との無用な軋轢は父のように政治に携わる者には邪魔だし、無視して地道に積み上げていけばいつかはきちんと認めてもらえるかもしれない。
けれどエリクはなにも悪いことはしていないのだ。それなのにかつては貴族だった家の出身だからと悪く言われる。そんな理不尽には堪えられない。
それに父の指摘は自分が悪いと突きつけられているようで、無性に苛立つのだ。そのため反発してしまい、いつのころからか会話もしなくなった。
そんな父と二人きりの朝食。言われることは予想できていた通りだった。
『聞いているぞ。仕事中もほかのことを気にかけているそうだな。もっと大人になれ』
どこから情報を手に入れたのかは知らない。父は貴族として育ったし、革命の指導者の一人でもある。ありとあらゆるところに情報網が張り巡らされているのはよく知っていた。
それでも、反発を覚えないことはなくて。
結局今朝は朝食もそこそこに家を飛び出したのだ。
(……忘れよう。忘れないと)
そう自らに言い聞かせる。
けれど一度思い出してしまった父の言葉は、胸の中で強く主張を繰り返していて。
思わず顔を顰めた、その時だった。
見慣れない形のドレスが視界に入った。そのことを訝しんでそちらを向き――エリクは目を見開く。
そこにいたのは先週見かけた少女だった。目を輝かせ、興奮した様子で周囲を見回している。
その様子はどこにでもいる観光客のようだ。
けど。
(あの女の子も、反革命派なんだよな……)
そう思うと本当に観光をしているのかも怪しい。すべての行動が疑わしく思えてくる。
その後も彼女を観察し続ける。が、怪しい素振りはまったく見せない。
(だったら――)
これからすることを思うと罪悪感で胸がちくりと痛むが、それだけだ。彼女は反革命派だし、怪我をしないよう支えれば大丈夫――
呼吸を整え、エリクは少女の元へ向かって走り出した。そしてわざとドンッとぶつかる。
少女の体がバランスを崩し、傾いていく。怯えたような瞳が一瞬だけ見えた。しかしそれはすぐにぎゅっと閉じられ、これからやってくるであろう痛みを堪えるような表情を浮かべ。
エリクは彼女の体を支えた。元々そうするつもりであったが、ちゃんとできてほっと息をつく。
ちらりと見えた瑠璃色の瞳が脳裡に浮かび、罪悪感で胸が重たくなる。
「あら、あなたは」
腕の中から声が聞こえ、エリクは視線を少女にやった。「あなたは……」と呟き、驚いているような表情を作る。
なにも知らない声を聞いて、罪悪感で胸がキリキリした。呼吸が苦しくなる。
「あのときはすみませんでした」
しばらくして謝罪の言葉を口にすれば、ぼんやりとしていた少女はビクリと体を震わせてエリクの腕の中から出る。
「い、いえ。あのときも言ったけど、わたしもちゃんと見ていなかったし、お互い様だわ」
少女はそう言うけれど、どうしても胸にかかるもやは晴れなくて。
エリクは首を横に振った。
「ですが、怪我を――」
「大丈夫よ。もうちゃーんと治ったもの」
少女は満面の笑みを浮かべて言う。
その様子に、エリクはほっと息をついた。「それならよかったです」と、言葉が自然とこぼれる。
安堵していたのは事実だった。今回はわざとだけれど、前回はこちらの不注意で怪我をさせてしまったのだ。その怪我がちゃんと治って安心するのは当然だろう。
(そう……ただ、それだけだ)
自らに言い聞かせるかのように、そう心の中で呟く。罪悪感を抱いていたのはそれだけ。
彼女を騙すことに、罪悪感など感じていない。
目の前の彼女は、
「それにしてもすごい偶然ね。まさかまたあなたに会うなんて。しかもまたぶつかってよ? こんなことめったにないわ」
くすくすと楽しそうに笑う少女。エリクは「確かにそうですね」と、静かに応じることしかできなかった。
胸がキリキリと締めつけられて、苦しい。
「俺は……散歩をしていただけですけれど、あなたは?」
痛みを忘れるかのようにそう尋ねる。少女はきょとんとしたあと、笑みを浮かべながら答えた。
「わたし? わたしは観光よ」
「いいところでしょう? みんなが笑っていて、なんにでもなれて、幸せになれる。ここはそんな自由の国なんです」
そんな素晴らしい国を、
そういう意味もこめて言ったのだが、少女は平然と「そうね。まだあんまり回れていないけど、いいところだってわかるわ」と言う。
だったらどうしてこの国を壊そうとする!
そんな気持ちを呑み込み、エリクは当たり障りのない言葉を吐こう、としたところで。
ふと、ある案が脳内に浮上した。それのメリットとデメリットをよく考え――実行することに決める。
そっと口を開いた。
「――まだあまり回れていないのなら、私がご案内しましょうか?」
「…………案内?」
少女は驚いたように目をぱちくりさせる。エリクは笑みを深め、「はい、そうです」と頷いた。
「先日も今日もぶつかってしまいましたし、そのお礼としてどうでしょう? 私にも仕事があるので、非番のときだけになりますが……」
「本当に?」
目をキラキラと輝かせて、少女はこちらを見つめてくる。
その様子は本当に愛らしくて。
ちくりと痛む胸を無視し、エリクは苦笑して頷いた。それが自然な反応だと思ったからだった。
「じゃあ……お願いするわ」
そうして、彼女にこの国を案内することが決まったのだった。
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