二章(4)
『あの家の者はいつもこちらを見下している』
『いくら革命に協力したからと言って、貴族なんて信じられるものか』
『俺とアイツが友だち? そんなわけないだろう!? どうして貴族なんかと友だちになれると思うんだ?』
『どうせ父親に頼み込んで昇進させてもらったのだろう? 貴族なんてそんなものさ』
『ほかの貴族みたいに処刑されればよかったのに』
ハッと目を覚ます。自らの荒い呼吸音が鼓膜を揺らした。まるで全力疾走をしたあとのように心臓がバクバクとやかましくて、息が苦しい。
エリクは深呼吸をして息を整えると、ゆっくりと体を起こした。手を額に持っていき、汗で濡れた前髪をぐしゃりと握りつぶす。
(……嫌な夢見た)
はあ、とため息をつく。朝から気分は最悪だった。
と、そのとき、部屋の扉が軽くノックされた。
「エリク様、お目覚めでしょうか?」
エリクに仕える従者の声だ。またか、と心の中で呟きつつ、はっきりと返事をする。
「ああ、起きてる」
「では、お召替えを――」
扉越しに聞こえる従者の言葉。思わずため息をつきたくなるのを
「自分でやる」
「しかし――」
「いいから。着替えはどっかに置いといて」
従者は反抗するかのように黙りこくっていたものの、しばらくして「では、失礼いたします」と言い残し、どこかへ去っていった。おそらく今日も着替えを手伝わせてもらえなかったと、執事にでも報告するのだろう。そしてまた執事のお小言を聞く羽目になる。憂鬱だ。
盛大なため息をつくと、エリクはベッドからおりた。スリッパを履き、シンプルな内装の寝室を出る。
居室はいつものように豪奢で、つい顔を顰めてしまう。昔はこういう部屋が普通だと思っていたな、と過去を懐かしみながら、テーブルの上に置かれていた着替えを手に取って寝室へと戻った。
――エリクのいるシャレット家は、ブランダン王国時代は貴族だった。
革命期、自分たちの特権が奪われそうになるからと多くの貴族が反革命派にまわった中、シャレット家が革命の指導者となったのは、その家の成り立ちに関わる。
シャレット家は貴族の中でも下級の子爵だ。しかも元は商人で、数代前の先祖が金で手に入れた地位らしく、貴族社会では『成り上がり貴族』として蔑まれていたと聞く。金で地位を買うなんてなんと浅ましい、とのことだ。
そんな彼らも賄賂を送って地位を得ていたと聞いたことがあるから、そんなふうに蔑む権利などないとエリクは思うのだが。
とにかく、シャレット家は商人から貴族になった存在である。そんな彼らにとっては、革命前の身分に囚われた社会より、革命推進派の掲げる実力主義社会のほうが都合がよいのだ。
同じような考え方の貴族はちらほらとおり、シャレット家とともに貴族でありながらも革命推進派に協力をした。
とはいえ貴族は貴族。いくら革命の指導者の一人になったからと言って、多くの市民にそう
なにもしていないにもかかわらず悪い噂は立ち、同じく革命の指導者の子どもからは遠巻きにされ、普通の家庭の子どもからはその権力に怯えられ、エリクの兄が昇進すれば親のコネを使ったのだと囁かれる。友人だと思っていた人物から裏切られたことだってあった。
どこへ行ってもついてまわる家名、元貴族というレッテル。
それが嫌で、エリクは成人するとすぐ、兄のように父のあとを追って政界に入ることはせず、完全な実力主義社会と言われていた軍に入ったのだ。
軍ではみんなが家のことなど気にしなかったし、身分差を気にすることなく接してくれる先輩や同僚ができた。そのせいでつらい思いをしたこともあったが、伸び伸びとすることができて楽しかった。
しかし父のあとを追わなかったことから、今度は家で遠巻きにされるようになった。元々父との仲はよくなかったし、優秀な兄にも気後れして話すことは少なかったけれど、余計に距離が遠ざかった。
というより、合わせる顔がなかったのだと思う。父や兄を、名も知らぬ祖先を裏切ってしまったような気がして。逃げてしまった気がして。
だから家族に認められるためにも、胸を張って堂々と顔を合わせるためにも、エリクは仕事を頑張ろうと人一倍努力していて。
――今から三週間と一日前。
その日、エリクは非番だったためぶらぶらと街を散策していた。非番の日だからこそ私服で街を歩き、なにか異常がないか確認すべきだと思っていたのだ。ほかの人にそのことを話せば「
そのため軍の巡回経路から外れた道を、のんびりと――しかし視線はあちらこちらにやって注意深く進んでいた。
街は賑やかだった。今もなお反革命派が
(革命は正しいことなのに……未だに反対しているなんて、欲深すぎるだろ)
どろりとした感情が胸の内に広がり、エリクは小さく舌打ちをした。
革命は正しいことだ。実際に見たことはないけれど、今の生活は革命前と比べて格段によくなったらしい。無能な大臣らがいなくなったため政治上の諸問題も解決し、今この国で暮らす人々は幸せだ。間違いなく。
それなのに元貴族や聖職者など、ブランダン王国時代は特権を認められていた者たちの多くは、未だ革命前の国に戻そうとしている。そのほうが自分たちの生活が豊かになるからだ。なんと浅ましい。
そんなことを思っていると、ふと横を通り過ぎていく馬車に視線が吸い寄せられた。
一見普通の馬車である。しかしなにか違和感を覚え、じっと観察していると――
「あ、」
馬車の側面になにか紋様が描かれていたものの、その上から茶色を塗り重ねて消したあとが見られた。
怪しい。隠すなんてなにかやましいことがあるに違いない。
そう思い、エリクはなにか掴めやしないかとじっと見つめる。ゆっくりと進む馬車を追いかけながら目を凝らしていると、中央に薔薇の花が描かれていることがわかった。
薔薇の花は、ブランダン王国の王家の紋章である。それを家紋に入れるなんて、王家に近しい家柄の者しかありえない。
そしてその地位にいた人はもれなく反革命派だった――
(となると……これは反革命派の誰かが、どこかへ行こうとしている?)
エリクはなにげないふうを装って馬車を追いかける。時折見失いそうになりかけるものの、馬車であるため再度見つけるのは容易だった。
そうして走ったり隠れたりしながら、つかず離れずの距離を保ち追っていると。
ドンッと誰かにぶつかってしまった。
(おっ、と)
わずかによろめいたものの、転ぶのはなんとか堪える。
ぶつかってしまった相手に謝らなければ。
そう思って視線を下へやれば、そこには淡い金髪に瑠璃色の瞳の、市民風ドレスを着た少女が尻もちをついていた。
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