一章(4)
アデライドは軽く周囲を見回す。
時間が経ったためか最初来たころよりも少し減ったものの、広場には未だに多くの人々がいた。屋台で売っている商人に買い物をする主婦らしき人、走り回る子どもたち。こんなにも多くの人が革命の指導者を
すごいな、と素直に思う。こんなに慕われるなんて本当にすごい、と。
でも今まで教えられてきたこととは矛盾していて。
むむむむ、と悩んでいると、「どうかしたのか?」とエリクが顔を覗き込んでくる。
アデライドは首を横に振った。
「別になんでもないわ。ちょっと不思議だなあって思ってただけよ」
「なにを?」
首を傾げるエリクに、思わずムッと顔を顰める。
「あなたがさっき言っていたことよ。だってここにいる人全員が革命の指導者を慕っているのでしょう? こんなにも大勢の人がどうしてなのかしらって思って」
「ああ、別にここにいる全員がそういうふうに熱心に慕っているわけではないからな」
アデライドは目をぱちくりさせた。てっきり全員が慕っているのだと思っていたのだが、そうではないらしい。
「あら、そうなの?」
「そう。たとえば、商人」
そう言って、彼はとある屋台の店主を指で示した。店主はにこにこと笑顔を浮かべて、子どもに肉の刺さった棒を渡しているところだった。
「商人は大抵、さっき言ったみたいな理由でここで物を売ってるわけじゃない」
その言葉にアデライドは首を傾げる。
「じゃあどうして?」
「人が集まるからだよ」
エリクはアデライドのほうに視線を向けると、人差し指をピンと立てた。
「たとえば人のいない山奥で店を開くとなると、どうなると思う?」
「どうなるって?」
「店を続けられるかどうかってことだよ」
アデライドはうーん、とうなる。人のいない山奥で開くとどうなるのか。とりあえず客は来ないだろう。そうなると儲けもないから――
「……つぶれる?」
するとエリクはふっと満足げに笑った。
「そうだ。儲けが出ないからな。儲けを出すためには大勢の人に来てもらって、いろいろと買ってもらわなきゃならない。となると、店を出すのに一番いい場所は?」
「……人のいるところ?」
「当たり」
ニヤリとした笑みを浮かべるエリク。そうしてぐるりと周囲を見渡した。
「そうなるとここはいい場所だろ? 銅像となった革命の指導者たちに賑やかな様子を見せるために人々は集まる。そんな人々に楽しんでもらい、あわよくば儲けようと屋台が次々と出てくるってわけだ」
「言われてみれば確かにそうね」
アデライドも彼に続いて広場を見回す。集まる民衆、それを目当てに店を出す商人。順番に丁寧に教えられると、もうその通りにしか見えなかった。
思わず感嘆の息をついていると、エリクが再度口を開く。
「あと子どもは広い遊び場を求めてやってくるし、母親とかは子どもが怪我しないよう見に来るって感じだな。人が多いから大道芸人とかもたまに来るし……それに、もうすぐ〝革命祭〟だからな」
「革命祭?」
聞きなれない言葉にアデライドは首を傾げる。革命祭。字面だけを見れば革命に関する祭りだろう。
「そう、革命祭」とエリクは頷く。
「三週間後の七月九日、王族が処刑されて革命が完全に終わっただろう? それを祝う祭りで、そのために国の各地から人が集まって来ているんだ。商人もそれに合わせて増えてきているんだよ」
「へえ……すごいわ」
思わずそう呟けば、エリクは意味がわからなかったらしく不思議そうに首を傾げる。
アデライドはくすりと笑った。
「あなたのことよ」
ここに人が集まる理由、革命の指導者がみんなに慕われていること。エリクはアデライドの知らないことをたくさん知っていて、尊敬する。
そう伝えたけれど、あまりピンときていないらしく、エリクはぱちぱちとしきりに
その様子に思わずもう一度笑ってしまった。今まで年長者みたいに説明してくれていたのに、その様子がやけに子どもっぽくて、可愛らしい。そのギャップにどうしてか笑えてきてしまったのだ。
それに照れたのか、エリクはぷいっとそっぽを向く。
「なんだよ」
「いーえ? 別に?」
「そんなわけないだろ」
「そんなわけあるもーん」
はにかみながらそう言えば、エリクもニヤリと笑みを浮かべた。「それならこうだ!」と言って頭をぐりぐりと撫でてくる。
「ちょっと、崩れちゃうじゃない!」
「大丈夫大丈夫、髪型が崩れてもアデラは可愛いから」
途端。
ボッと火がついたかのように頬が熱を持った。ドクドクと心臓がやかましくて、どうしてか彼と視線を合わせられなくて、ぷいっとそっぽを向く。
「あ、ありがとう」
絞り出すように喉を震わせれば、「い、いや……」とエリクの声が聞こえた。
しかしその声はかすれていて、気まずそうで。
ちらりと横目で窺うとエリクは頬をわずかに紅潮させており、照れているようだった。
そのことに余計気恥ずかしくなってきて、アデライドはそっと目を伏せる。
少し、気まずかった。落ち着かなくてもぞもぞと体を動かす。
だけどそれはさほど嫌なものではなくて、むしろどこか心地よいもので。
と、そのとき。
「――あ、そうそう! アデラは俺がすごいって言うけど、そんなことないから。俺よりも兄さんのほうが優秀だし、父さんにだって期待されているし……俺なんてまだまだで……」
沈黙を突き破るかのようにエリクが口を開いたのだが、徐々に声がか細くなっていき、やがて完全に聞こえなくなる。先ほどまでとは違い、重苦しい静寂が二人の間に落ちた。
「…………ごめん、こんな話して……」
ぽつりとエリクは言う。
アデライドは「大丈夫よ」と言い、しっかりと正面を向いた。多くの人が楽しそうに行き交う様子を目に映しながら口を開く。
「――エリクは自分のことを優秀じゃないと思っているみたいだけど、わたしはあなたのこと優秀だと思うわ。尊敬する」
「でも、兄さんのほうが――」
「わたしはあなたのお兄さまのことを知らないからなんとも言えないけど、確かにあなたよりも優秀なのかもしれないわね」
視界の端でエリクがうつむいた。
だけど、それでも。
「けど、それはあなたが優秀であることを否定するものではないわ。だからあなたは胸を張っていいと思う」
そう言ってエリクのほうを向けば、彼は一瞬きょとんとしたあと、嬉しそうに破顔して。
「ありがとう、アデラ」
その笑顔を見た途端、胸の奥がこそばゆくなった。
アデライドは少し視線を逸らすと「どういたしまして」と言う。
頬がやけに熱くて、なんだか変な気分だった。
そのとき勢いよくエリクが立ち上がる。その勢いに目をぱちくりさせていれば、彼はこちらに手を差し伸べてきた。
「ほら、行こう。次のところに案内するから」
「え、ええ。わかったわ」
彼の手を取り、アデライドは立ち上がる。
少し、そう少しだけ、先ほどまでよりも触れられたところが熱いような気がした。
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