猟犬ベッカムがキャッツを連れてきた
@miyabi2018
第1話 猟犬ベッカムがキャッツを連れてきた
梅の満開の頃になると猟期は終わる。
猟期は日本全国十一月十五日から翌二月十五日までの三カ月間と決まっている。
家族としてのわたしはこの猟期が終わると
いつもホッとして安堵する。
夫の高木和男が三カ月の猟期間に怪我も無く事故も無く終わったことに対してである。
なにしろ猟銃というのは凶器にもなり、毎年何件かの猟銃の自己がある。だから誤発砲して、人様に危害を加える事態になったら大変だと何時も心配しているからだ。
我が家には、二匹の猟犬「ベッカム」と「トライ」と云う名前の猟犬がいる。
高木の自慢の猟犬だ。
ベッカムは英セッター犬、白に茶色の雄で八歳、名前の由来はイギリスのサッカー選手で有名な、ベッカムから拝借したものである。
性格はおとなしく頭が良く賢く、山の狩猟に於いては、これは!と言う時には必ず活躍するベッカムである。
トライは英ポインター白黒の雄5歳でやはりラグビー用語の(トライする)からとった名前である。トライの性格はいつでも明るく元気で、山に入ったら、がぜん猟欲がでて頼もしいし、ベッカムを姉として先輩として慕っている。賢い犬である。
夫の高木はこの「ベッカム」「トライ」いずれの名前も大変気に入っている。
ベッカムもトライも鳥猟専門で山鳥や雉(きじ)鳥などを得意として狩りをする。
わたしは夫の猟生活に付き合うようになってから随分いろいろな狩猟の知識を得た。
その日は猟仲間の佐藤さんと二人で山に行ったが、獲物の収穫は、トライとベッカムが二匹でバッキングして出した雉(きじ)鳥だけであった。夫にしてみたら、自分だけ取れたので、きっと一緒に行った佐藤さんにも獲物を獲って欲しかったのだろう。
猟から帰って来た日の夕食時に夫が思わず呟いた。
「佐藤さんの犬はウサギ犬だからなあ」
「駄目なの」
「うん、全然駄目だネ」
「そう、どうしてなの」
「第一ビーグル犬で足が短いから鳥を狩るのには付いて行けない」
「ふうん、わたしにはわからないけど」
「ウサギ犬(専門の)は平坦の草原しか行かないし、傾斜になった山には全然入ろうとしないし、入れないみたいだよ……」
「そうなの」
「それに比べ、ベッカムとトライは深い山でも丁寧に狩るんだよ」
「そう」
わたしは、こうしていつも夫の興奮冷めやらない話の聞き役である。夫は今夜も猟の話を思いきり話し続けた。
「今日もネ、先にベッカムが匂いを取って止まったのだよ、そしてトライが後から、そっと近づいてバッキングるのだな」
「へえ、それで」
「うん、俺も急ぎ行った」
「ねえ、わたしあなたは走って行ったと思うわよ……」
「ははは、そうだよ、走って行ったネ」
「だと思うよ。おとうさん(わたしの夫に対する呼び名)のことだから……目に見えるように、わたし分かるのよ!」
夫はいつものように苦笑いしている。そして続ける。
「二匹で待っているんだねえ。あれたちは俺が行くまで鳥を止めて待っているからね……頭が下がるよ」
「すごいネ」
「うん」
山の中の草野暮にいる鳥は、犬から、しかも二匹の犬からポイント(獲物を見つけて止まる)されバッキング(両方で囲む)されると絶対に動くことが出来ないのだ。
ポイントバッキングしているベッカムとトライはカレらたちのご主人様が来て「ヨシッ」の合図が出るまで微動だにしないで待っている。それが猟犬の習性なのだ。
「そうなの!それでお父さんが合図して、鳥が飛び立ったのネ、それを今日は撃ち当てたのだ!良かったネ」
「そうだ!それを撃ち当てたのだ!今日はタイミングが良くて的中した……気持ち良かったなあ……」
「そして、撃取った鳥の回収(持ってくること)はベッカムがしたの?」
「もちろん、最初にポイントした方の権利があるからベッカムだよ」
「それでトライは後をついて来るのね」
「そうだ、犬の世界の掟(おきて)ははっきりしているからネ、それが当たり前で、人間ほど気にしないよ、それが犬たちの習性であり、後についてくるトライの勉強にもなるのだよ」
「そうでしょうネ素晴らしいコンビネーションだったわネ」
「うん、今日は佐藤さんがウサギでも獲ってくれると良かったのだがなあ」
「そうね、でも仕方がないわよ、トライとベッカムのコンビは特別だもの」
*
猟犬にもそれぞれ獲物に寄って専門があると云うこと。これは犬の種類によってはっきり区別されているようだ。だから猟犬だったら何でも良いということでは無い。
シカやイノシシを狩っていく猟犬、これは雑種で元気なそして他の犬と協調できる犬が適しているらしい。イノシシ狩りには五、六人、多い時には一〇人以上のグループで行くことになるから、少なくとも、その人数分、いやそれ以上の犬がいるということになる。
ほとんど山深くに入って行くから、イノシシだけでなくシカが出ることもある。
シシ狩りはグループで場所を分担して、イノシシやシカが出ると、追い込む人たち(セコ)や撃つ人が大体決まっており皆で協力して、大物イノシシを捕獲する。山深くの狩猟になるから、イノシシと間違って人を撃つてしまう誤砲の事故が多い。
猟師達は良く話している。
「シシ狩りの醍醐味を知ったら他の鳥撃ちなど出来ないよな!」と。そうだと思う。多くの人間と多くの犬たちが協力して大物イノシシを捕獲するのだから……。
また、ウサギなどを専門に狩る猟師もいる。
動きが少ないから、お年寄りや初心者には好まれている。山に入らないで平坦地で狩るのは初心者の域に入るのかも知れない。
夫はウサギ狩りは嫌だという。なぜなら、ウサギ専門の犬はビーグル犬と云って足の短い犬で、平坦な草原を這いずるようにして、狩る方法だから興味がないとのことである。
猟期の間の三カ月はベッカムとトライにしたら、喜びの三カ月であるはず。
日曜日や休み毎には、大好きなご主人様(ここでは犬たちの)から野山に連れて行ってもらい、走り回って猟が出来て自分たちのご主人様にはいつも喜んでもらいスキンシップもしてもらえる。
我が家の生活の中では猟犬との付き合いの比重は大きい。その繰り返しである。猟期になると毎年のことで、もう三〇年位にもなる。
しかしこの期間が過ぎると家族は何か物足りなくなるのも確かだ。夫にしてもまた当たり前のことではあるが普通の生活にもどる。 その夫の少しの気分転換になるのは学校勤めで部活動のサッカー指導にある。土曜日曜日に充分時間を取れることが夫にとってもう一つの気分転換になるのかもしれない。
犬たちベッカムとトライも静かに時間を過ごすしかない。退屈そうにしている。
猟期も終わり、二月の梅の時期が終わると、三月の桜の時期に入る。
三月になるといよいよ三年間の僻地交流の期間が終わり、わたしたちは以前の地域のどこかの学校に転勤することになる。
これまでの三年間の山に囲まれた地域の生活はそれなりの楽しさがあったと思う。
のどかな地域で人は穏やかで親切で人間味があり、本当に楽しく有難い生活をした。
わたしたち、公務員で教員であれば、どこに行っても生徒や学童が居るということである。だから転勤が付いて回る。
いよいよわたしたちも三年間の僻地交流期間が終わり、留守にしていた我が家に帰ることになった。もちろん犬たちも高木自ら運転する軽トラックの備え付けの犬舎と犬小屋も抱えての誠にユニーク過ぎる引っ越しである。
わたしは乗用車であるが、引っ越し荷物は業者の四トントラックである。
こうして、田舎の転勤族の大移動で犬たちは犬小屋(犬舎)とも付いてまわるが、またそれが普通な事であると考えられるのも我が家の面白い生活の一部である。
市内の郊外にある我が家の自宅は、以前から夫が樹木を植えるのを趣味としていた。帰って来てみると、またこの三年で、樹木も随分茂っていた。犬たちは、以前から、家の庭続きになっているこの場所が格好の遊び場になっていた。自由に動き回れて好きだった。そこには大き目の二つの犬小屋がデンとして備えられている。夏は木陰になり、冬は風よけと陽だまりの出来る格好の犬たちの居場所になっている。こうした我が家は市街地から少し離れた場所にあり近所は農家ある。こうしたのも犬を飼う為で庭だけは広い。その広い庭は、犬を放し飼いにできるようにブロックとフエンスで囲ってある。犬たちにしては、恰好な環境であるだろう。しかし、ベッカムとトライにしてみたら、猟期以外は毎日退屈でしょうがない。だから夫も犬たちの事には何時も気を使っているようだ。
普通の日の夫は、我が家に帰り着くと、犬たち二匹を軽トラックに乗せて、近くの河川敷の原っぱに運動に連れて行く。特に退屈しているベッカムとトライたちは、休みの日や時たま朝か夕方に散歩に連れて行ってもらうのが唯一の楽しみであった。
だから、犬たちにしたら、大好きなのは、わたしの夫である高木なのである。その次に二番目に好きなのが、ご飯を食べさせてくれるこのわたしであるようだ。こうして犬たちの中で家族の序列をはっきりと作っているようである。
*
それは6月の梅雨の紫陽花の頃だった。
ベッカムとトライは、我が家の庭に放されて自由にしているのが常である。梅雨の間の雨上がりは犬たちも退屈なのかもしれない。
庭をあちこち歩いている。
わたしが何となく、庭を歩いているベッカムとトライが目に入った。何時もの動きである。すると(アレッ、何だろう?)と思って何気なくベッカムとトライが歩いているのを良く見ると、先頭を歩いているベッカムは確かに何か黒い物体を咥えてゆっくり歩いている。わたしは再び(何だろう)と思いながら、さらに注視してみる。たしかに何かを大事に咥(くわえ)えて歩いているではないか、わたしはびっくりして大きな声を出して、夫を呼んだ。
「おとうさん、来て!あれ見て!ベッカムが何か咥(くわえ)えているよ」
「なんだ?」
と、言いながら夫が外に出ると、ベッカムが何か黒いものを咥えながら夫の側に寄って来た。
「ベッカム、何だ?どれッ」
夫が言いながら、ベッカムの口に咥(くわえ)えている物体を手に取った。
わたしもあわててローカから外に出た。
「なんだ、子猫じゃないか!」
「エッ子猫?まあ……」
夫はその子猫を両手で支えるようにして自分の顔の前に置いて丹念にみて調べるようにしていた。子猫はぐったりとして目も開いてなかった。
ベッカムとトライは側に来てキョトンとして自分たちのご主人様である夫の手元を見つめている。わたしは(こんな時犬たちは何を考えているのだろう)と、思った。そして夫の手元を見ながら
「どう?」と聞いたら
「まだ、生きているみたいだよ、オカアサン(わたしに対する呼び名)タオル持って来て、それとぬるま湯もな」
夫は少し慌て気味にわたしに早口で言った。
最初にわたしが見た時の子猫は、小さくて、ちょうど両手にすっぽり入るくらいの大きさだったのだから、泥んこになっていて黒い物体に見えたのだろう。子猫だったんだ。なぜか安心した。
わたしはあわてて家の中からタオルを持って来て「はい、これ」と言って渡しながら、「ぬるま湯を持ってくるから」と云って、また」引き返し、言われた洗面器にぬるま湯を入れてローカに腰かけている夫の横に置いた。夫も私もすばやい動作だった。
夫は子猫の泥を乾いたタオルで払い除けていた。丁寧に優しく払い除けてやっていた。
『ミヤアー』と一回、か細い声でないた。
「おお、よしよし、お前生きたんだよ、もう大丈夫だよ、良かったなあ……ベッカムが助けてくれたんだよ」
夫は言いながら、今度は洗面器のぬるま湯の中にソッーと入れて生まれたての人間の赤ちゃんを洗うように湯をかけてやった。子猫は『ミャアーミャアーミャー』と三回ほどないた。白と茶色の混じった色の子猫だった。生まれて間もないのかも知れない。
「噛んだキズは無いの?」
「うん、どこもキズは無いネ、ベッカムは甘噛みだったんだ、考えたんだなあ~偉いなあ~」
ベッカムもトライもまだ側に居て高木の手元を見つめている。その姿を高木はチラッと見た。そして「ふふっ」と笑った。
わたしは古いバスタオルで拭いてやるつもりで広げたら、夫はそのバスタオルを取って
自分で拭きだした。少し手荒い拭き方だなと思った。きっと夫の性格上自分で最後までやり遂げたかったのだろう。そんな人である。
『ミャアー、ミャアー、ミャアー』
今度はさっきよりも声の張が出て来たようで、何回も泣いた。それでも声は小さい。
「良かった、良かった、もう大丈夫だよ。
ほら、ベッカム、トライ仲良くしてやるのだよ!」
夫は安心したのか満足したのか笑いながらベッカムとトライの前にタオルに包まれたままの子猫を突き出すようにした。
ベッカムは安心したのか自分の小屋に行った。トライも後を付いて行った。それを見た夫は言った。
「ベッカム達はこの猫を決して苛(いじ)めなくなるよ。一部始終を見ていたのだから……」
「へえ、そんなものかしらネ」
「そうだと良いがねえ……と、云うことだよ、俺にも分からない」と、夫はさりげなく応えた。なるほどそうだ!と思った。
「この猫、なんて名前つけようか?」
「うん、キャッツでいいのではないか?キャッツだから……」
「そうね、良いわね。キャッツか、何といってもおとうさんは命名の名人だから……」
「……」
「そう云えば(キャッツ)というミュージカルがあるわネ、素敵だわ、気に入った!」
迷い子の猫はキャッツと命名された。
*
六月の梅雨の時期までは冷える日もある。
今日の日も雨上がりで冷え冷えしている。
梅雨の紫陽花が咲くころで、よく花冷えとも云って入る。まだ、電気ストーブを片付けてないから良かった。その電気ストーブの前で夫はキャッツを温めている。夫は犬党かと思っていたが、猫も可愛がるのだと思って嬉しかった。 実は、わたしこそ小さい時から猫党なのである。
次にわたしは、子猫の住かを考えた。間に合わせに、子供たちが使っていて、今は使っていない机の引き出しを出してきた。ちょうど良い具合の大きさだ。猫というのはとにかく箱が好きで箱の中にいると安心するのを知っていたからだ。
その引き出し箱の中に古いタオルケット等を置いてキャッツの寝床を作った。夫は当たり前のように抱いていたキャッツをその中に入れた。そしてその箱をストーブから少し離しておいた。
わたしは、牛乳を少し温めて浅めの器に入れて飲ませた。幸い自分でペロペロと飲み始めた。時々小さい子猫は様子を伺うように辺りを見回した。やっぱり、動物のやる事は同じなのだなあと思った。私の今までの犬猫観察でもある。
わたしと夫の夕食時の話題は当然今日の想定外の子猫事件になる。それは、ベッカムが子猫を咥(くわえ)えてきたこととその子猫をキャッツと名付けて家の中に入れたことである。しかし、どこからどのようにして我が家の庭に来たのか、不思議で原因が分からない。
「どうしたのでしょうネこの猫、迷子になったのかしらネ」
「いや、迷子になってここまで来ないよ。誰かが飼えなくなって捨てたのだよ」
「そうね、でもわざわざ犬のいる家に捨てるかしら?」
「わざと犬のいる家に捨てて行ったかも知れないよ、人はいろいろ考えるから……」
「そうネ、でも、よく生きていたわネ」
「うん、そうだなあ」
「わたしが考えるに、ベッカムは、どうしようもなくって苦肉の策でわたしたちの所に持って来たのかも知れないわね」
「そうかも知れないな。甘噛みで一つも傷つけてなかったし、ベッカム優しいんだよ」
「わたし、また一つ世話を焼くことがふえたわ~」
「カアサンはそんなに云っても嬉しいくせに……」
「何が?」
「前から犬でなく猫が飼いたいと言っていたじゃないか」
「うーん、そうだったかしら?」
*
朝になった。いつも通りベッカムとトライの朝の食事を持って行く。美味しそうに瞬く間に食べ終わる。
犬たちは、食べることが大好きである。犬たちにしたら、オカアサンのこのわたしは、食事を与える人になっている。
しかし、時によりではあるが、食事より好きなものがある。それは猟に行くことである。 犬たちのオトウサンでありご主人様である夫から猟に連れて行ってもらうことが食事より好きなのである。猟期間は、夫が猟に行く準備をすると、目の前にある食べ物も食べないでソワソワして夫の行動ばかりをみている。
今は猟期でもないのでわたしに頼っている。
わたしは、犬たちが食べ終わる頃を見計らって、昨日の今日だからどうかな、と思って、キャッツを抱いてベッカムとトライの所に挨拶に連れていってみた。
「ベッカム、トライ、ほら、キャッツだよ!ヨロシクネ!」
と、私が言いながら抱いたキャッツをベッカムとトライの顔に近づけてみると、犬たちは匂いを嗅ぐようにして鼻を近づけて来た。
キャッツは(ミヤアー、ミャーア)と鳴いて手をだした。まだ何も分からないのだろう。
二匹の犬たちは、しばらく関っていたが(フン)と云うような感じで自分たちの小屋に行ってしまった。
しかし、犬たちはキャッツが気になるのだろうか、小屋に戻っても寝そべってあごを前足に乗せるようにして、こちらを見ている。
わたしはキャッツにも、庭を慣れさせるために、地面に降ろしてみた。小さい細い脚で体をやっと支えるようにしてヨロヨロしながら歩き出した。地球の何億分の一かも知れない地を子猫が歩くのだ……という感じがした。
トライが自分の小屋から出て、キャッツの所にそっと来た。わたしはそれを見ていた。
そして、わたしは寸前に「トライ、仲良くしないとダメよ」とけん制の声を掛けた。
するとベッカムも側に来て座った。ベッカムは当然分かっているのだろうと思う。
(この異様なものは何だろう)と、不思議がって頭を横に傾けた。
わたしは一時してキャッツを連れて家の中に入った。やはり、猫は家の中だろう。
昨日間に合わせに作った引き出し寝床にキャッツを置くと、出たり入ったりしていたが、しばらくすると丸くなって寝てしまった。外でいろいろな景色を見たから疲れたのだろう。
*
キャッツはすっかり元気になった。
ニャーンとか言いながら側に寄って甘えて来た。近頃のキャッツの鳴き方はミャーンではなくニャーンになって来た。しかし、まだ子猫であり、猫世間は知らないのだろうと思う。もちろん猫友達もいない。犬の世界かも知れない。
キャッツは子猫で捨てられたのだから、何も卑屈には考えないだろうからきっと素直に育つだろうと思った。
梅雨が過ぎ初夏になる頃には、手のひらにすっぽり入る小さかった子猫、しかも泥まみれでベッカムに咥(くわえ)て連れて来られたキャッツは順調に我が家の暮らしにとけ込んだ。
キャッツは良くローカから外を眺めている。
ベッカムもトライも庭をあちこちしながら
中の様子を眺めながらの行動が目に付く。
アイコンタクトを取っているのかも知れないと思ったくらいである。
太陽が照りつける真夏になると、キャッツは良く庭に出て遊ぶようになった。
我が家の庭には樫の木や銀杏の木や椿など何本かの大木がある。夏の蝉の声は賑やか過ぎる位である。キャッツは最近外に出て遊ぶことが多くなった。そして鳴き終えた蝉ガラを咥えてきて遊んだりしている。
時にはベッカムやトライと接触してちょっかいを出している。しかし、犬たちはあまり相手にしないようであるが、キャッツは後をついて歩くこともある。見ていて犬たちには小さいキャッツが煩(わずら)わしい時もあるだろう?と思う。
ある時ベッカムとトライの食事の場所に勇んで行ったキャッツは、トライから(ウウウ)
と警戒されたのにもかかわらず、手を出そうとしたら大きな声で(ワンワンワンワン)と吠えられて、飛び上がって退散した。
そのトライの吠える大きな声は家の中まで聞こえたから余程のことだったのだろう。
キャッツにしたら、犬たちに吠えられたのは初めての経験だったし、ショックだったに違いない。わたしが何事かと驚いて急ぎ出て行くと、キャッツが一目散に走って来た。
ベッカムもトライも、何事も無かったように食べている。わたしは逃げて来たキャッツを抱き上げた。ぶるぶる震えていた。
『キャッツ、お前、バカダなあ、ゴハン食べている所に行ったらダメなんだよ!』
と、言いながら頭を撫でてやった。わたしはもう一度犬たちの所にキャッツを連れて行った。
一応これ以上吠えたらいけないよ、というわたしからのけん制もしておかないといけないと思ったからだ。
『トライ、ベッカムあまり吠えたらいけないよ!ダメよ』と、言葉を出して言った。この『ダメヨ』という言葉は、ダメと云うことの意味を知っているようだ。トライもベッカムも、キョトンとして丸い親しみのある目でわたしを見ていた。わたしの腕の中にいるキャッツはまだ体を固くしているようだった。
これで、我が家の犬と猫が食事したり遊んだりする生活するための掟(おきて)、ルールが出来たのかも知れない。
夫は夏が終わる頃になると、ベッカムとトライを軽トラックに乗せて、少し遠くの山に連れて行く。十一月から解禁になる前の山の下見と犬の訓練の為である。
夏山はまだ青草や青葉が茂っているので、
払うために木の棒を持って行く。それとマムシなどから犬たちが噛まれた時の対策でちょっとした薬と三角巾なども準備して持って行っているようだ。
この頃になると、犬たちは猟期が近づいていることも感じているらしい。夫はそれを信じてやまない。人馬一体でなく人犬一緒になるのも猟期前から、いや、年中の事であるとわたしは思っている。
ベッカムとトライにしてみたら、この頃から、キャッツなど目に入らなくなる。キャッツを異動物にしか感じていないようである。しかし、猫党のわたしにしてみたら、キャッツとべったり居られるのが、幸いかも知れない。
キャッツもオカアサンのわたしがいつでもそばにいるのだから寂しくないし安心しているに違いない。
わたしが思うに、動物は動物同士の何かがあるようで、実際、夫が犬たちの運動や訓練から帰って来ると軽トラックの音で分かる。するとキャッツが、サッと頭を上げて首を長伸ばして、何かソワソワして落ち着かなく外を気にするのが分かる。
そして、すぐ外に出て様子を見ている。
トラックから降りた犬たちは、外に出て座っているキャッツの所に行って鼻先をくっつけて自分の犬舎の中に入って行く。
きっとアイサツの合図かも知れないと思っている。
わたしは、自慢ではないが、小さい時から猫が好きで、良く迷子の猫を拾って来ては手なづけて家で飼っていた。家族からは猫姉(ネコネエ)と云われていた。
高木と結婚してから猟犬との付き合いになっていたのは確かで、キャッツは久しぶりの
猫なのである。
犬と猫を、私流にくらべてみると、たしかに犬は賢さの方が先に立ち、猫は自分本位の行動が多い。
言い方を変えれば、犬党の人は、猫はずる賢くて自分勝手だから、嫌いだと云う。
猫党の人は、犬は余りにも賢すぎて抜け目が無く見透かされているような目で見られているのが嫌だという。
しかし、どちらにしても動物好きなのは確かである。
わたくしは少なくとも、両方どちらにでも対応出来ている。置かれた環境で対応出来てしまうという……これを目出度い性格と云うのだろう。
*
ベッカム、トライ、キャッツはお互いの立場が分かって来たのか、だんだん仲良しになって来た。
いよいよ十一月になるとベッカム、トライにとって待ちに待った猟に連れて行ってもらう時期になる。
その猟期間の三カ月間のベッカムとトライは、カレらのご主人サマである夫が、軽トラックの犬舎に乗せて猟に連れて行くのが、土日休みのパターンになる。
そのような時は、カレらにとっては、ご主人サマの動きに集中してキャッツなどは、目に入らない。無視の状態である。
キャッツもまたカレらの事には自分に関係ない事くらいに考えているのだろう、家のローカから、ただ、カレらの動きを見ているだけである。今は(わたしには関係ないよ)と云う感じでのキャッツは、前足を自分の胸の前に真っ直ぐ立て伸ばしたような猫座り姿勢で眺めている姿もまた可愛いものである。
犬たちとオトウサンの軽トラックが我が家の敷地から出て行く。それを見送るようにしてからすぐ、きびすを返して何事もないような様子をしてわたしの居る茶の間に来る。
キャッツは、自分はベッカムやトライより上だと思っているのではないかと思う。
キャッツは、犬たちは庭の生活だが、自分は家の中で生活している。オトウサンオカアサン(そう思っている)と一緒のご飯を食べて一緒の会話を聞いて生活している……と云うことだ。
ベッカムとトライは仲が良い。トライは年下だから全面的にベッカムを慕っているし、ベッカムもトライを認め優しくしている。
そして、二匹のカレら達は思う。キャッツは、時々家の中から出てきて何となく仲間に加わりたい動作をしているだけである。何と小物でわがままで、小生意気なんだろう……と思いながらも、ベッカムは自分が咥(くわえ)えて来た物であることは覚えているのだ。
オトウサンオカアサンも自分たち同様に大事キャッツを扱っているではないか?
キャッツは、オトウサンの軽トラックの音がすると、どこに居てもキュッと首を持ち上げて、小走りでローカに出て迎える。
軽トラックの犬舎から出たベッカムとトライは一応キャッツの側に来て鼻を付ける動作をする。そして、二匹ともフンと云う感じで自分の犬舎に行って落ち着く。
今日もベッカムとトライが庭で行き来して遊んでいるのを、つぶらな瞳で見つめているキャッツがそこにいる。
完
猟犬ベッカムがキャッツを連れてきた @miyabi2018
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