#20、同業④
最悪だ。
頭を掻きむしりたい衝動を押さえ、フィールは強く奥歯を噛んだ。
普通に三体を相手取るなら何も問題はない。が、あの疑似サラダボウルで今も傷を癒している最中の二人を奴等に悟られぬよう立ち回るとなると話は別だ。
フィールは肺腑の中の空気を全て出すように息を吐き、思考をクリアにする。
「(まずは蝙蝠女から潰す)」
間違いなくあの翼は飾りではないだろう。飛び立つ前に勝負を決めなくてはならない。
フィールの覚悟を、彼女等は逃げ場を失った獲物の悪足掻きとでも捉えたのか、揃いも揃って酷薄な笑みを浮かべる。
けれどフィールは気にしない。足の裏に力を入れ、爆発的な推進力で前に跳ぶ。
「「ゲシャ!?」」
「らぁっ!」
蝙蝠女目掛けて拳を振るう。
だが腹にクリーンヒットと思われたその攻撃は、蝙蝠女が咄嗟に後ろへジャンプした事で僅かだが威力が落ちる。
ずざぁっ、と下がる蝙蝠をフィールはノータイムで追う。
「a、AAAAAaaaaa!」
「ぐっ、イッテェなこの野郎!」
雷の直撃。
だかしかしフィールは攻撃の手を緩めない。蝙蝠女の頭を潰すべく、再度拳を握り締めた次の瞬間、
「!? チッ」
彼女とフィールの間に焔の壁が立ちはだかった。赤い目を細め、笑う蝙蝠女。
勿論彼女の魔法ではない、やったのはあの蜥蜴だ。
一旦距離を取る。
「(威力的には弱いが邪魔だな……っ!)」
お返しとばかりに雷撃の雨が降り注ぐ。
その数一十……二十弱。
普通ではかわせない攻撃、けれどフィールは隙間を縫うように、いや舞うように避ける。といっても完全回避とはいかなかったようだ。ローブに守られていない剥き出しの皮膚からは火傷痕と裂傷が一つ、また一つと増えていく。
そこへ蜥蜴のアシストが入る。
フィールの着地点に焔を飛ばし、加えて体勢を崩させようと足の襲い蜥蜴が二体同時にジャンプ。
「ぐぁ!」
魔物の狙い通り、焔の豪速球がバランスを崩したフィールの体にぶつかった。
「AAAAAaaaaa」
「ゲシャゲシャ」
魔物達の喜ぶ鳴き声。完全に自分達の勝利を疑っていないのだろう。反対に食らったフィールは俯きながら体勢を立て直す。
そして、彼女からブチリと何かが切れる音が鳴った。
「格下が、イイ気になってんじゃねえよ!」
瞬間、フィールを中心に風が舞い上がる。
魔法を行使したのではない。ブチギレた殺意が空気を震わせ、風となって発現したのだ。次いで直ぐ、フィールの姿が消えた。
「おらぁ!」
光の如き速度で蜥蜴の尾を掴み、それを蝙蝠女へとぶん投げる。華奢な体の何処からそんな力が湧くのか。呆気に取られた蝙蝠女はその所為でワンテンポ反応が遅れた。
「AAAAAA!!」
蝙蝠女の絶叫。先程の蜥蜴ジャンプを越える地響きが起こり、建物が大きく揺れた。
だがフィールはまだ止まらない。
間髪入れず残された蜥蜴の頭に強烈な踵落としを贈呈する。
人間も魔物も頭か心臓を潰されれば大体死ぬ。頭蓋の割れる耳障りな音と感触をブーツで味わい、最後に唾を吐き捨てる。
「まずは一体」
据わった目のまま、絶命した蜥蜴を一瞥し、蝙蝠With蜥蜴へ視線を戻す。
その時だった。
蜥蜴の体から今までで一番威力の高い雷が伸びる。同時にその中から人影が飛び立つ。
あの蝙蝠女だ。
ばさばさと翼をはためかせ、フィールを射殺さんばかりに睨み付けている。
「あのまま圧殺されてくれれば良かったんだがな」
「AAAAAaaaaa!!」
お前は絶対に殺す。
怒りの咆哮とともに、蝙蝠女が両手を上に突き上げる。
「バカの一つ覚えかっての」
上空に現れた雷雲に、フィールは嘲るように笑った。もちろんワザとである。
あれが周囲に及べばギルバート達は只ではすまない。確実に自分一人だけを照準に入れるようフィールは誘導する。
「a、aaaaaa!」
見事誘いに乗り、頭に血が昇った蝙蝠女の雷撃が一本の矢となり、向かってくる。
当たれば間違いなく致命傷。
だがしかしフィールは慌てない。
素早く頭を砕いた蜥蜴を掴み、雷へと投擲して身代わりにする。
バチィ、と弾ける音が周囲に響く。
「これで、終わりだ!」
蝙蝠女の背後に迫り、反撃の隙を与えず、拳の雨をお見舞いする。
重い砂袋を殴るような感触。
フィールは女の美しい顔が分からなくなるまで殴った。そうして気絶したのだろう魔物を床に叩きつけ、自身はその上に華麗に着地する。
酷いとは思わない。
造形がいくら人に近かろうと、魔物は魔物。しっかりと息の根を止めておく。
「a、GA……」
「!?」
刹那。
動かなくなった蝙蝠女の体が、砂山のように崩れる。
フィールは直ぐに後退し、備える。が、蝙蝠女は数秒で人の形を失い、代わりにさらりとした砂と黄色い魔石だけが残った。
「倒した、のか」
呟きに返す声はない。
「……あー。疲れたぁ!!」
もう大丈夫だろう。
見れば魔物を出した渦はもう消えていた。
フィールはその場にどかりと座りこむ。
「(久しぶりにリミッターを外したけど、やっぱりキツイ)」
クロード達の様子を見に行くのは、もう少し休んでからにしよう。
全身に走る筋肉痛にも似た痛みに、フィールはポーションを取り出そうとマジックバック(ペンダント)に触れる。
けれど痛みの所為か、ポーションの他に此処に落ちる切っ掛けとなった従魔の首輪まで取り出してしまう。
「これは要らない」
ぽんっと地面に投げ、フィールはポーションの中身を呷った。独特の苦味と疑似筋肉痛に顔を顰めながら三分の二まで飲み進める。
「(これがもっと美味しければいいのに)」
はぁ、と息をつき、火傷と裂傷が消えていくのを眺めていると不意にフィールの耳がかたりと物音を捉える。
敵か。
痛む体に鞭を打ち、立ち上がったその時――。
「ニャーン」
「……は?」
フィールの足元。
先程の蝙蝠女の翼によく似た物を生やした猫が、行儀よくお座りしていた。
世間知らずな脳筋錬金術士は、最高の錬金刀を作りたい。 ~常識?そんなもんは知らん!~ べっこうの簪 @knzasi
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