#19、同業③



 なんやかんやありつつ、黄金の剣はトルノア山の迷宮に辿り着いた。


 内部は山をくり貫いただけ洞窟と思いきや、予想外の空間だった。例えるなら大昔の遺跡が手つかずのまま、何十年も放置されたかのような外観か。


 照明代わりに橙発光する魔鉱石を等間隔に配置しているが、全体を照らすには光量が足りず、少々薄ぼんやりとしている。


 加えて地下特有の肌寒さが、しきりに肌を突き刺す。パフォーマンスを落とす程のものではないが、長く滞在したいとは思わない。


 ギルバートにクロード、殿にフィールといった隊列で三人は先を進む。

 通路は大の大人が二人並んでも余裕があり、天井もそこそこ高いので戦闘になっても然して問題はないだろう。



「ここが迷宮か。目的の場所は何処なんだ」


「うーん。ごめん、それは俺達もちょっと分からないかな」


「……どういう事だ」



 気まずそうに振りかえって笑うクロードに、フィールは訝しげな視線を送る。



「此処には何度か来ていたと言っていただろう」


「ああ、ごめん。説明してなかった。この迷宮は構造を変える特徴があって一度マッピングしても次は全く違う造りになってしまうんだよ」


「構造を変える?」


「此処に自生してる魔鉱石の影響っつー話らしいが実際はどうだか分からねえがな。ま、そういうわけだ。……チッ。二人とも、右の壁に怪しいもやが見えっから触るんじゃねえぞ。特にフィー」



 ギルバートの示したのは、ひび割れた石の壁。一見すると何でもないように見えるが、彼曰く嫌な気配がするとのこと。

 これにはギルバートの鑑定スキルが絡んでおり、どのような罠かは判別つかないも彼だけには制作者の悪意のようなものがそのような形で見えるらしい。



「鑑定スキルは意外と便利なんだな」


「そうでもねえよ。これは普通の使い方からかなり逸脱してっからな」


「普通はシーフのトラップサーチか探りの水晶使うからね」


「探りの水晶? いま持ってはいないのか」


「残念ながらね。探りの粉はなかなか入荷しづらいし、それに高価だから」


「了解した。なら虱潰しで行くしかないんだな」



 通常、迷宮はボス、罠、行き止まり、お宝、安全地帯。この五つで形成されている。その中でフィール達が目指す場所は行き止まりかお宝部屋のどちらだ。これはかなりの時間を要するのは間違いない。


 暫くして三人の前に二又の道が現れる。

 念のため、ギルバートが鑑定をしてみるがどちらからもモヤは感じられない。現状当たりかは定かではないが、外れとも言い難いようだ。



「どちらに進む?」


「うーん。立て札もヒントもないね……とりあえず左行ってみようか」




 外れだったら引きかえせばいい。そう進言するクロードに誰も反対はしなかった。ギルバートを先頭に三人は左の道を歩いていく。


 そして一刻ほど経過してか、行き止まりにぶち当たる。



「行き止まり。外れだな」


「そうだね……あ、宝箱があるよ。三つも」


「シャッ! ラッキー」



 見れば左右に別れて年代物の木製の宝箱が三つ置かれていた。



「宝箱?」


「うん。迷宮名物運試しロシアン宝箱だよ。なんでも迷宮には姿は見せないオタカライレルーノっていう魔物がいて自分が収集した物を宝箱に置いていくんだよ。たまに宝箱に擬態したモンスターや使い所の分からない物が入れられてたりするけどね」


「うっし。怪しいもやは感じねぇぜ。数も三人分と丁度良いし順番に開けてみっか。最初は……そうだな。初めての迷宮探索のフィーに譲るか」



 フィールは一つ手に取って開ける。

 建付けの悪いドアを開けたような音が鳴り、中のアイテムが顕になる。



「……なんだこれ」



 入っていたのは赤い首輪だ。

 サイズは人間用ではなく、小型のペット用の物に近い。取り出して、パーティー唯一の鑑定持ちのギルバートへ手渡す。



「これは従魔の首輪だな」


「従魔の首輪?」


「確か低ランクの魔物を従える事が出来るマジックアイテムだったかな」


「ああ。お宝としてはいまいちかもしれねえがテイマー辺りなら高く買い取る代物だぜ」


「ふぅん……二人はどうだ」


「おう。オレ等はこれだぜ」



 首輪をペンダントに仕舞ったフィールの前にに二つの品が向けられる。

 ギルバートの方は真ん中に茶色の魔石を嵌め込んだ小型の盾、アースシールド。

 効果は土属性攻撃を受けた際のダメージ緩和と装備者の土属性魔法の強化だ。

 クロードは速さの指輪。

 効果は装備者の素早さを+10する。

 どちらも二人にはピッタリのアイテムだ。



「当たりだな」


「おう」


「フィー、良かったら俺のと交換しようか」


「いや要らない……!?」



 断った直後、フィールの耳がカチッという小さな起動音を捉えた。次いで、黄金の剣が立っていた地面が突如として消失する。

 回避しようにも時既に遅し。三人の体は重力に従い、穴へと落ちていく。



「クッソ!! 三つ開けたら時間差で発動するトラップかよ!」



 高速滑り台のように落下していく中、ギルバートが悔しそうに吠える。壁に剣を突き立てて減速、拳でストップをかけようにも、どういう訳か穴には傷一つつかず、まるで雲のようにすり抜けるだけだった。

 打つ手がない。



「(骨折は……免れないな)」



 ぼんやりと考えていると不意に横から手が伸びてきて、クロードがフィールを抱き寄せる。



「クロード?」


「ギル。地面が見えたら魔法宜しく」


「わぁってる!」



 言いながら二人が武器を抜き放つ。

 どうやら落下直前に土属性でクッション及び、そこへ剣を突き刺して少しでもダメージを削ぐつもりなのだろう。



「フィー。着地したら回復頼むね」


「あ、ああ」


「ありがとう。君だけは絶対に護るから」



 ぎゅう、と強く抱き締められ、その瞬間、フィールの心臓が跳ねる。



「(!? なんだこの感覚)」



 いやそれだけではない。音は次第に大きくなり、頬に熱が集まっていく。

 こんな感覚知らない。

 どきまぎしていると、クロードが見えた!と声を張る。



「行くぜ、“アースクエイク”」


「うおおおおお!」



 ガキィイイン、と耳障りな音をあげて、ギルバートが作成したサラダボウルに似た形のクレーターの縁に二人が剣を突き立て、減速をはかる。

 だが完全に相殺など出来る筈もない。二人の得物はほぼ同時に二つに割れ、ボウルの中へ転がっていく。



「ぐぅ!」


「!? クロード!」



 漸く動きが止まり、腕の中から抜け出したフィールは目を見開いた。

 クロードだけでなく、ギルバートもかなりの血を流していたのだ。


 当然と言えば当然。本来敵に向けて打つ技をこんな使い方したのだ。突き出た土のトゲが二人の背中を引き裂き、無惨な傷跡を作っていた。


 直ぐ様、ポーションを取り出して二人の体に振りかければ、みるみる内に背中の傷が塞がる。これで一安心だろう。

 ほっと胸を撫で下ろし、今度は口からポーションを摂取させる。



「(骨折は治るまで時間がかかるな)」



 二人が動けない今、自分が彼等を守らなくては。そう決意してフィールはボウルの縁へとジャンプする。



「上には敵無し。下は……チッ」



 フィールの目があるものを捉える。

 ギルドホール並みに広い室内、その真中に黒い渦のようなものが浮いていたのだ。


 明らかにオブジェではない。

 フィールはギルバートとクロードを一瞥し、黒い渦の前に降り立つ。もしモンスターが出てきた際、二人が狙われないようにするためだ。



「(鬼が出るか、蛇が出るか)」



 拳を構え、ファイティングポーズをとる。

 同じタイミングで渦の中から、ばりばりという擬音とともに白く細い腕が飛び出す。

 そして渦の中からこんにちはしたのは、見たことのない絶世の美女。

 だが、その腰には凡そ人にある筈のない蝙蝠に似た大きな翼が生えており、間違いなく魔物であると主張している。



「(強さはクインズハーピーより上だな)」


「AAAAAaaaaa」



 フィールへの威嚇か、それとも寝起きの欠伸か。蝙蝠女の咆哮が室内に響く。



「うるさい!」


「aaaaaa」



 抗議したフィール目掛けて蝙蝠女が魔法を放つ。黄色の閃光。おそらく雷魔法だ。

 避けた場所に出来た焦げ跡を見るやフィールは舌打ちする。


 (喰らうのは避けた方がいいな)


 続いて渦の中から第二陣、蜥蜴系のデブ魔物が三体姿を表す。



「クソが!」


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