#18、同業②
古い木製のカウンター。
手垢と細かな傷跡の目立つ木板の上に置かれた小さな釜をフィールは手に取る。
丹念に磨いた深みのある銀色。
これは冒険者登録で獲得したミスリルハンマーの成れの果てだ。
聖騎士の誓いが去ったあと、フィールは一人鍛冶屋に訪れていた。
繁華街から離れている事もあり、店内にフィール以外客はいない。
「どうですかい?」
「予想していた物より数倍良い」
カウンターを挟んでフィールは売り子兼店主と言葉を交わす。
今日が発注した錬金釜の納品日だった。手に取ったそれをうっとりと眺めるフィールに武骨な印象の店主が満足そうに鼻を鳴らす。
「当然だ。俺様が作ったんだからよ」
「なるほどな。代金は幾らだ」
「そうだな。前金を抜いて銀貨五枚っとこだな」
「了解した。これでいいか」
ペンダントから銀の硬貨を六枚取り出し、テーブルに置く。数え間違いではなく、一枚は謝礼金だ。フィールには相場は良く分からないが、クロード達から自分のために良い仕事をした相手への感謝や今後繋がりを持ちたい場合に使うようにと教えてもらった。幸いクインズハーピー討伐で財布にはまだ余裕がある。
小さく微笑むフィールを見て、店主も若干唇の端をあげると受け取った銀貨をカウンターの下へ収納する。
「しかし自分で言うのもなんだが、よくこの依頼を引き受ける気になったな」
「俺様は街一番の鍛冶屋だからな。おめぇさんみてえな奇天烈な依頼は何度も経験済みだ。ま、最もその奇天烈な依頼は全部ギルドだけどな」
「ギルドが?」
「ああ。おめぇさんはギルドの錬金術師を知ってるか。ソイツだよ」
「ギルドの錬金術師……」
そういえばトリドラだったかの会話で出てきたなとフィールは思い出す。
確か性別も名前も不明、限られたギルドの職員しか存在を知らない謎の錬金術師だ。
「ウチは冒険者登録ご褒美の武器を一部卸してるからな。たまに加工すんのか細かく無茶振りかましてくんだ」
初めての時は槌持って殴り込んでやろうかと思った、と店主は豪快に笑う。どうやら武骨な印象だった店主は割と武闘派な部類だったらしい。
「そうすると店主はその錬金術師と顔見知りなのか?」
「いや。発注書も受け取りもギルド職員経由だったんでな。俺様も名前や顔は知らねえ」
「そうか。一度会ってみたかったんだが」
「止めとけ止めとけ。実際噂程度で本当にいる人物か分からねえし、仮に居たとしてもギルドがそう簡単に出すわけねえだろ」
それにと店主が付け加える。
なんでも彼が幼かった頃、錬金術師について嗅ぎ回っていた冒険者が重いペナルティを受けたという出来事があり、それ以来ギルドの錬金術師イコールお触り&詮索厳禁のような暗黙のルールが出来上がったのだという。
「まあ俺様は錬金術師じゃなくて秘術の類いだと睨んでいるがな……っとらっしゃい!」
「邪魔したな」
「おう。毎度あり」
新たに入店した客の横をすり抜け、フィールはそのまま鍛冶屋をあとにした。
翌日、新錬金釜の中身を集めようとクロード達とギルドに訪れたフィールは一人、会議室に通された。
内部はクインズハーピー討伐で使用した大きな室内ではなく、真ん中に四角いテーブルも椅子を四脚置いただけの狭い空間だ。
「おお。突然呼び出してすまんな」
四脚のうちの一つに腰を下ろしていたガイウスが立ち上がる。彼こそがフィールをこの部屋に呼んだ張本人だ。
フィールは促されるままに対面皮の椅子に着席する。タイミング的な事から聖騎士の誓い案件だろうと当たりをつけていたが、次の瞬間、ガイウスの口から予想と反する質問が飛び出した。
「早速で悪いが、フィール。アルノリドという人物について聞き覚えはあるか」
「……は?」
誰だソイツ。
「冒険者か街の住民か。生憎そんな知り合いはいないが何かあったのか」
「いやあったというか。あ~……気を悪くしないでもらいたいんだがその人物がな、お前さんの名前を耳にした途端酷く脅えてな。訳を訊こうにもどうにも話が通じず取り敢えずお前さんに聞いてみようと思ってな。――本当に知らないか」
「知らん。大方人違いだろう」
カンタートにトルノア、あとは幼少期に師匠に連れていかれた名も知らぬ人里だが、アルノリドなんて名前も怯えられるようなエピソードもフィールの記憶には存在しない。
堂々と断言するフィールにガイウスは、己の腕にちらりと視線をやる。恐らく嘘発見のアイテムを確認したのだろう。
「そのようだな。すまんな、こういう事があるとギルドとしては動かざるを得ないんだ」
「もういいか。今日はクロード達と迷宮へ行く予定なんだ。あまり時間を消費したくない」
「ほう。迷宮というとトルノア山か?」
「その予定だ」
席を立ち、部屋を出る。
随分と時間を取られてしまった。フィールは気持ち早足で二人の待つギルドホールへと足を運ぶ。
「二人とも待たせた」
「いや大丈夫だぜ」
「うん。それより何だったの?」
「単なる人違いだった。クエストは決めたか?」
「ああ、これとこれにしたぜ」
渡された二枚の依頼紙を受けとる。
【フォレストウルフの討伐を頼む】【迷宮の魔鉱石が五つ欲しい。品質は普通~高品質で、出来れば特性:硬い】
そしてフィールの顔が露骨に歪んだ。
「そんな嫌そうな顔すんなって」
「してない。それよりもこの特性とやらはなんだ?」
「あれ、フィーは知らない。特性っていうのは長い年月を経た魔鉱石が突然変異で付与された効果だよ。場所によって硬い以外も存在するよ」
「初耳だ。素材として私も欲しい」
「んじゃ錬金釜用の魔石集めとそれも追加ですっか」
こくりと頷く。
錬金釜用の魔石とは失敗作釜の中にあったあの怪しい液体の元となる材料の事だ。火水風地の魔石をそれぞれ砕き、術師の血を一滴と水を合わせてつくる。
尚、フィールの手元にあり釜用に使えるのはウォータークラブの水の魔石、クインズハーピー(ユニーク)の風の魔石の二つ。
あと二つ足りない分を迷宮の魔物で補おうという話になったのだ。
「あははは。フィーの機嫌も直ったし受注してこようか」
不機嫌なフィールを連れて黄金の剣は二つの依頼の手続きを始めた。
そしてそのやり取りをギルドの二階から眺めていた存在が、ぽつりと呟く。
「……トルノア山に行く?」
半月ぶりのトルノア山。
絶賛スタンピード発動中のウルフを斬り伏せながら、黄金の剣は進む。
「コイツ等はいつ減るんだろう、なっ!」
「さあなあ、っと危ねぇ」
「確かスタンピードは少なくても一年だった、よっ!」
「フィー。間違っても特製アイテムや威嚇は使うんじゃねえぞ」
「分かってる。周辺の生態系と居るかもしれない冒険者に配慮しろ、だろう」
三人別々の方向を向きながら、会話する。初めてチームを組んでから日が経ったせいか相手の癖、いやフィールの戦闘スタイルに慣れたらしく今では格下相手になら指示なく立ち回れるようになっていた。
「ふう」
一団を潰し、クロードが刀についた汚れを振るって落とす。
手にしているのは以前フィールが渡した予備用の打刀、呪刀だ。
クインズハーピー討伐以降、クロードのメイン武器として活躍している。因みに鞘については武器屋で物に合わせて変形するものを購入して使用している。
「どうかした、フィー」
「……いやなんでもない」
製作者としては失敗作なのでさっさと折れて欲しいのだが、当のクロードがいたく気に入ってしまい、フィールは目にする度、微妙な気持ちに苛まれていた。
「これ? 相変わらず凄く使いやすいよ」
輝く笑顔。
――フィールはとても複雑だった。
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