第3話 告白と喪失
高校最後の冬──大学への推薦も決まった僕は、少し早めに田舎の祖父母の家にやってきた。
大学生になる前に僕はユカとの関係に一つの区切りを付けるつもりだった。
その日は街に出掛けることになっていた。冬に一、二度、僕とユカは街に遊びに出掛ける。それはちょっとした買い物や食事だったけど、大切な時間だった。
丁度雪もやんでいたので予定通りバスに乗り出掛けることとなった。
「ユカ……」
「なぁに?」
ユカは薄茶色のコートに黒いハイネックのセーター、グレーのチェック柄のロングスカート姿。その首には出逢った時にあげたマフラー……。
長く伸びた髪がとても似合っていた。
「そのマフラーも古いから、そろそろ新しいのを買わない?」
ユカは小さく首を振った。
「これが温かいから……これが良いの」
「でも、もうすぐ誕生日だろ?今年はマフラーをプレゼントにしようと思ったんだけど……」
「良いの。私だってアキラに大したプレゼントできないし……」
「でもね?僕も大学生になるから大人っぽいところを見せたいんだよ」
「何それ……変なの。ウフフ」
ユカは楽しそうに笑う。
冬に備えてアルバイトもしていた僕は、今回少し気張るつもりだった。
「じゃあ……指輪とかは?ユカも少しはお洒落したいんじゃない?」
「う~ん……高いのはちょっと……」
「大丈夫。今年は頑張ったから……その方が僕も嬉しいし」
「………うん。ありがとう」
「良し。じゃあ、行こう」
街のデパート内にある貴金属店でユカが選んだのは指輪じゃなくネックレスだった。
シルバーの鳥が咥えた四つ葉のクローバーの葉は緑色の石が嵌まっている。ユカはこれが気に入ったのだそうだ。
「私も何かお返ししたいけど……」
「僕の誕生日は夏だからね……。いつかユカが夏に会える様になったら期待してる」
「………。うん」
「じゃあ、これからどうする?」
「ご飯にしよ。それから色々見て回りたい」
年末で賑わう街を二人で歩く。こんな日が冬以外でもあって欲しいと思った。
僕は怖かった。会えない間にユカが誰かと何処かへ行ってしまうんじゃないかという不安が消えない。自分の気弱さが嫌になる。
だから……この年は決意していた。
「ユカ……」
「なぁに?」
「僕はユカが好きだよ」
夕刻も近付いた街の公園。ベンチに座ってコーヒーを飲んでいた僕は、遂に告白に踏み切った。
生まれて初めてのことだったけど、僕はもう止まれなかった。
「私もアキラが好きよ?」
「でも、それは僕の好きと一緒?」
「………?」
「僕は……ユカと冬以外も一緒に居たい。この先もずっと一緒にいて欲しいんだ」
「…………」
しばしの沈黙の後、ユカは少し困った顔で口を開く。
「私は……私もアキラと一緒に居たい。でも、それは出来ないの」
「ユカに事情があるのは知ってる。それが何か分からないけど、それでも僕は一緒に居たい」
「…………」
「それとも……他に好きな人が居るの?」
「居ない!何でそんなこと聞くの?」
「じゃあ、話してくれないか?ユカは僕の人生に欠かせない人になったんだ。僕は君を離したくない」
「……ゴメンね、アキラ。それでも一緒に居られないの。居られないのよ……」
その時僕は初めてユカが泣くのを見た。悔しそうな……悲しそうな表情で、涙を目一杯溜めたユカは『ゴメンね』と何度も繰り返していた。
ふと見上げた空からは雪が降り始めている。帰れなくなると困るので僕達は無言で帰りのバスに乗った。
僕とユカを乗せたバスは殆ど乗客が居なかった。途中で乗り込んでくる人もなく、最終的に僕達しか居なくなった。
最後尾の席で並んで座る僕達。僕は最後の勇気を振り絞る。
「僕はね?ユカと一緒に居られるなら全部要らないと思ってる。冬だけでも良い……僕は大学に行くのをやめてこっちで仕事を探す」
「……駄目だよ。それはアキラの為にならない」
「これは我が儘なんだ。少しでも君と居たい」
「アキラ……」
ユキは小さく震えながら僕の肩に身を預ける。バスの中はエンジンとバスの軋む音、エアコン、そして路面の音と割りと賑やかだけど、僕には静寂に感じていた。
「こんなに辛いなら……出逢わなければ良かったね?」
「僕はそうは思わないよ。ユカと出逢ったから生きていて楽しいと思えた。だから……そんな悲しいことは言わないで」
「アキラ……」
僕はユカを抱き締める。ユカは小さく嗚咽を漏らして僕の胸に額を寄せていた。
祖父母の家の最寄停留場で降りた僕達は無言で歩いていた。でも、その手は固く繋がれている。
もしユカが僕と逃げたいと言ったらそうしよう。社会も知らない奴と笑われても構わない。そう本気で思っていた。
いつの間にか辿り着いた二人の出逢いの場所。あの林の中に辿り着いた時、ユカは突然僕の手を話して微笑む。
「アキラ……私ね?人間じゃないんだ」
初めは冗談を言っているんだと思った。ユカは笑顔だったから。
「白糸山の神様の話、覚えてる?」
「うん。雪女が神様だって言う……」
「それが私のお母さん。私は白糸山の雪女【いと】の娘──雪華。雪女なの」
「ユカ……何を……言ってるの?」
「あの日──アキラに出逢った日。私は山が退屈で抜け出して来たの。そしてあなたと出逢った。楽しかった……人の温かさを初めて知った。それからは毎年、抜け出してあなたと会った」
冬にしか会えないのは、夏の雪女は弱っているので山から下りられないから。それでもユカは、早い時期からアキラを待った。
「本当はもっと一緒に居たかった。でも、私がアキラの人生を壊すわけにはいかない。だから……ここでお別れ」
「待って……」
ユカに近付こうとした瞬間、猛烈な風が巻き起こる。ユカは白い着物姿に変わっていた。
「アキラ……いままでありがとう。お願いだから私を捜さないでね?」
「ユカ!待って!」
「さよなら……大好きだったよ?」
「ユカ━━━━ッ!」
雪のつむじ風が林の中を山に向かって去っていく。僕は必死に後を追ったけど、吹雪に阻まれて先に行くことは出来なかった。
猛吹雪の中、膝を突いていた僕を偶然通り掛かった人が見付けそのまま祖父母の家に連れて行かれた。その人は女の子から『人が倒れている』と言われたのだという。
次の日……僕が白糸山に向かうと言ったら祖父母に止められた。半ば狂乱していた僕を祖父が殴り飛ばして止めた。祖母が泣いて止める姿に、僕はただ泣き崩れるしかなかった。
結局、冬の間は吹雪で白糸山に登ることはできなかった。
そして僕は……心に埋めることのできない大きな穴が開いたまま大学生になった。
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