第2話 白糸山の神様
「じゃあ、行ってくるね」
ユカと出逢ってから、僕は毎日のように出掛けるようになった。ユカのその儚い印象から子供心に『放っておけない』という気持ちがあったんだと思っていたけど、改めて振り返ればこの頃はもうユカが好きだった。
「随分とマメだな、アキラ……そんなに良い友達ができたのか?」
玄関で靴を履いていると祖父が見送りに来た。
「うん。一緒にいると楽しいんだ」
田舎に来た時は、僕は祖父の家から離れることの方が少ない。殆どの年は雪があるので出掛けるのは買い出しの時くらいで、大体は家の中で婆ちゃんから歴史や文化の話を聞くか爺ちゃんの趣味でもある彫刻を教わるのが日課だった。
ゲームやスマホよりも僕はその方が好きだった。
そんな僕が度々出掛けるようになったので、祖父は何事かと興味を持ったらしい。
ユカは物知らずではないけど、少し世間慣れしていない女の子だった。
田舎だからという可能性もある。でも、ユカは僕の話を本当に楽しそうに聞いてくれた。逆にユカは僕が知らないことを色々知っていた。
だから余計に話が聞きたくて、でもそれだけじゃなく一緒に居たい気持ちもあった。
「ふむ……さては女の子か?」
「………。何でわかるの?」
「フッ……。祖父ちゃんは昔モテモテだったんだぞ?そのくらい分かるさ」
「それは……初耳ですね、あなた」
「ゲッ!香澄!?」
ニコニコと現れた祖母。別に若い頃の話ならそんなに焦らなくても良いんじゃないかと思ったけど、考えてみれば祖父と祖母は幼馴染みだったっけ……。
祖父は多分見栄はったんだろうけど、タイミングが悪かった。
「じゃ、出掛けてくるね?」
「ま、待て!祖父ちゃんを見捨てるのか、アキラ!?」
「見捨てるって……」
「大丈夫よ、アキラ。気を付けてね?」
「うん。行ってきま~す」
「アキラァァ~ッ!」
祖父の叫びと共に僕は家を出た……。
祖父はユニークな人なので、あれも殆ど冗談だ。案の定、後で家に戻った際はいつもと変わらず夫婦仲良かった。
ともかく、僕はユカとほぼ毎日遊ぶようになった。
ユカは出逢った時の様な薄着じゃなく温かい姿をしていた。セーターにダッフルコート姿のユカは本当に普通の女の子に見えた。
会うのはいつも最初に出逢った森の中。あの場所はゆっくり出来る様な場所でもないので、少し奥まった場所に二人でかまくらを作って中で話をした。
「今日は何の話をするの?」
「そうだなぁ……。この間は僕の話だったからユカの話が聞きたい」
「田舎の普通の家庭だから話せることもないよ?」
「何でも良いんだよ。少しでもユカのことを知りたいから……」
「…………」
ユカはしばらく沈黙していた。家庭の事情を聞いて後悔した。でも、ユカは別段困った表情も見せずに話を始める。
「私、片親なの。お母さんが居てね?」
「お父さんは?」
「最初からいない。だけど寂しくもないよ?お母さん、優しいし」
「そう……」
「それで、そのお母さんから聞いた話では……」
そうしてユカが始めたのは、身の回りではなく林の先にある山の話だった。
「アキラは白糸山の話を知ってる?」
「うん。祖父ちゃんや祖母ちゃんに聞いた。確か……神様が祀られた神社があるんだよね?」
「そう……あの山には神様が居るの。山の神様は大概動物や妖怪なんだけど、あの山には人の神様が居るんだよ?」
「へぇ~……人間が神様なの?」
「正確には違うんだけど、大体そんな感じかな。ちょっとした昔話でね?あの山の神様が消えてしまって、災害が沢山あったんだって」
そうしてユカは山の話を続けた。
山に神様が居ないと土地の厄が祓えない。困った山の動物達は変化して麓の地主に忠告に向かった。それを聞いた地主は、この辺りの村から人身御供を捧げねば土地に厄災が降り掛かると告げて回る。
信心深い時代だからその言葉は直ぐに受け入れられた。実際に山の実りや麓の作物も不作が続いていたから、村人は直ぐに言葉に従った。
そうして選ばれた娘は人身御供として山の中に置き去りにされたという。だが、それ以来不作は無くなり山も安定したそうだ。
「その娘はね?山で神様になったの。勿論、人のままじゃ神様になれないから人以外の存在になった」
「人……以外?」
「あの山の神様は雪女……人身御供になったのは【いと】という娘で、だからあの山は『白糸山』って呼ばれるようになったの」
祖母ちゃんの話ではそういった文化があったとは聞いていたけど、何となく悲しい気分になった。
そんな僕の表情に気付いたのか、ユカは顔を覗き込み微笑みながら問いかけてきた。
「もし……私が生け贄にされそうになったら、アキラはどうする?」
「そ、そんなこと絶対にさせないよ!」
「でも、そうしないと周りの人達は酷い目に遭うとしても?」
「たとえそうでも、ユカが死んだら意味がないよ。そんな世界は要らない」
「………。ウフフ」
ユカは嬉しそうに笑う。
「まぁ、そんなことは無いんだけどね?」
「あったら困るよ」
「そうだね。アハハハハ」
こんな他愛のない会話でもユカに惹かれて行く。それから僕は、冬にユカと会って過ごすことが一番大事な時間になった……。
中学生になり高校受験を控えても、僕は田舎に来ることを忘れなかった。成績が落ちることを理由にユカと会えなくなるのが嫌で、勉強も必死にやった。お陰で両親も田舎に行くことを止めるようなことはなかった。
僕が成長する度に当然ユカも成長する。そしてユカは益々魅力的になるから、僕はどうしても不安を拭えなくなってしまう。会えない間に誰か好きな人ができてしまうんじゃないか……離れていることがもどかしかった。
夏休みの間に田舎に来たこともあった。でも、ユカに出会うことはなかった。何処を捜しても見付からなかった。
その事をユカにそれとなく聞いてみたけど、夏は家族の事情で会えないのだと言われた。そう言われてしまったらそれ以上追及は出来なかった。
結局、会えるのは冬休みの間だけ。
やがて月日は流れ高校最後の冬──僕の転機が訪れる。
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