雪華の季節

喜村嬉享

第1話 雪華


 僕──神田アキラの冬は、東北の祖父母の元に遊びに行くのが恒例だった。




 父方の祖父母は農業を営んでおり、都会というには程遠い片田舎で暮らしていた。

 しかし、僕はそんな田舎の広々とした景色と空気の良さが気に入っていて祖父母に会えるのも冬の楽しみの一つとなっていたのだ。


 父の話では祖母は元教師にして郷土文化の研究家をしているそうだ。色々な古い風習や文化を継承しているらしい。

 仮にも東北……田舎のその時期は豪雪こそないものの一面が雪に覆われる時は祖母に昔話をせがんだりしたものだ。



 そして僕の小学校最後の冬休み……そんな恒例にも変化が訪れる。それが僕にとっての運命になるなんて思いもしなかったんだ──。






 その年は祖父母の家に着くなり雪が降り始め、一面は瞬く間に銀世界に変わった。

 本来なら外出は危険なのだが、勝手知ったる土地である事と中学生になるので“大人に近付いた”という思い込みから傘を片手にこっそり外出。電線や標識などの僅かな手掛りから田舎の畦道を進み近くの森へと散策に向かった。



 シンシンと冷え込む空気──。


 耳鳴りがしそうな静寂の中、時折木の枝から落ちる雪を見ながら森を歩く。

 雪は既に止んでいて、薄曇りの為に周囲は明るい。時折吹く風が雪を舞い上げ視界を僅かに遮る。


 今世界に居るのは自分だけではないかと思える程の不思議な高揚感の中、僕は冷たい空気を吸い込みながら歩き続けた。


 森はそれなりに深く道が奥まで続いている。祖父の話では山まで続く道の一番奥には祠があり、山の神様が祀られているのだとか。


 祠を見たいという考えが浮かんだけど、流石に山は遠すぎる。諦めたその時……一陣の風が吹いた。


 雪を舞い上げ間近の木々さえも隠した風は直ぐに治まった。舞い上がった雪は再び地に降り始め僕は傘を開き身を守る。

 森の中に雪が降る幻想的な光景を楽しんでいた僕だったけど、視界の先に人の姿が見えた気がして足を止めた。


(誰かいる……こんな場所に?)


 そう思った途端、自分が居るのだから別段おかしいことではないだろうと再び歩を進める。


 近付くにつれ、やっぱり人だったと判った。けど……その時の気持ちは言葉では表せない。



「その……だ、大丈夫?凄い風だったよね」


 僕は人見知りではないが、普段から知らない人に声を掛けるタイプじゃない。でも、その時は自然に……声を掛けたくなった。


 やや大きめの木の下に居たのは僕と同じくらいの年齢の女の子──。ただ、その姿は少し変わっていた。


 雪が降るこの時期にしてはかなりの薄着。長袖の白いワンピースに赤い長靴。傘も持っていない様だった。

 白い衣装は雪景色と相俟り寒さのイメージを増長させる。彼女は屈んだ状態で素手で雪だるまを作っていた。


 僕に驚いたらしく彼女は素早く立ち上り二、三歩後ずさる。女の子にこんなに驚かれたのは初めてだったので、僕もどうしたら良いか分からず混乱してしまった。


 でも……そのお陰か僕は彼女の姿を良く確認できた。


 彼女は美少女だった。薄く白い肌と整った顔立ち……真っ黒な髪は肩辺りよりやや長めに伸びている。

 僕を見ている長いまつ毛の少し切れ長の目は、儚げな彼女の印象の中で力強さが宿って見えた。


「あの……君はこの辺に住んでるの?」

「…………」

「ぼ、僕は神田アキラっていうんだ。冬の間は毎年お祖父ちゃんとお祖母ちゃんのところに遊びに来てて……」

「かんだ?」

「うん。このちょっと先にある家なんだけど……」


 どうやら祖父達の家は知っている様で、少しだけ警戒を解いてくれた。


「僕は孫のアキラっていうんだ。君の名前は?」

「私は……雪華ゆか

「ユカ……ちゃん。ユカちゃんはこの辺に住んでるの?」

「ううん。もっと奥のアッチに」


 山へ続く方角を指したユカ。先にはまだ民家があるのは時折やってくる車で知っている。

 ユカは多分そこのウチの子なんだろうとその時は思った。


「そんな薄着で寒くないの?手も……うわっ!こんなに冷たい!」


 僕は急いで自分のコートをユカに着せようとしたけど、要らないと拒否された。

 それでも手袋とマフラーだけはユカに渡し身に付けるように促す。今度は素直に受け取ってくれた。


「……変な子。寒くないのに」

「でも、一応。風邪なんかひいたらつまらないよ?」

「……………」


 ユカはマフラーを頬に当てると少し嬉しそうに微笑んだ。


「あ……もう帰らないと。黙って出てきちゃったから……」

「そう……」

「ユカちゃん。家に帰れる?」

「大丈夫」

「そっか……。マフラーと手袋はあげる。もっと温かくしないとダメだよ?」

「………アキラ」

「な、何?」

「また会える?」

「いつも冬休みが終わるまではこっちにいるから……」

「そう。じゃあ、またお話ししてくれる?私はこの辺りに居るから」

「わかった。でも、温かい格好しないとダメだからね?」

「わかった」

「じゃあ、またね」

「うん。またね」



 これが僕とユカの出逢いと恋の始まりの記憶──。



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