解説:キャンバスと筆とオヤジ

テーマ「紙とペンと○○」

まぁ中国史ですからね、ここは容赦なく翻案します。


こんなテーマになったら「文字」に関する話がパッと思いつくわけです。つまり王羲之。で、その中でもテーマ性が強烈に浮かび上がってくるのは息子の王献之から見た偉大なる父親、というアレ。なので彼らについてもっとも有名と思われるエピソードを持ってきました。


羲之往都,臨行題壁。子敬密拭除之,輒書易其處,私爲不惡。羲之還,見乃嘆曰:「吾去時眞大醉也!」敬乃內慚。

王羲之は都に行くと、壁に書を書き残した。王献之は密かにそれを拭い去ってしまうと、同じところに自分の書を書いた。自分では父親に劣らないものであると自負していたが、後日王羲之が現場に戻ってきたら文字を見てこう嘆いたという。「わしはあの時、何と酔ってしまっていたのだろうか!」と。それを聞いた王献之は大いに恥じた。


――孫過庭「書譜」より。


いやこれ、あんまりにも著名なエピソードだからと思って晋書とか世説新語ひっくり返して探したんですけど、そっちには載ってないのね。とは言え唐撰晋書の若干あとぐらい成立の本なので、我々が知らない、既に散佚した史料に乗ってたのかもですが。


こいつを軸にして、世説新語に載る謝安とのやり取りとか、蘭亭序で有名な蘭亭会で王献之が一本も詩を作れなかったこと、なんてのを織り込んで行った感じです。


とにかく、王献之の懊悩のしかたはですね。ヨシノサツキ「ばからもん」の半田清舟が抱えてるものそっくりでして、非常に面白い。もしかしたらはんだくんって王献之がモデルなんじゃないのかな。その辺を思い起こしながら、けどなんかみっちり書きたかったのでみっちりとさせてみました。ほら最近デイリー世説新語で余白いっぱい作ってるから、重篤な余白埋めたい病罹患者としてはつらくてつらくてね……。



参考資料

孫過庭「書譜」

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%9B%B8%E8%AD%9C%E5%BA%8F


蘭亭会参加人物―雲谷雑記

http://www.kanripo.org/text/KR3j0035/001#l403


世説新語 品藻75

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054886914108



そういや王羲之と王献之の落書きバトルについて調べてたら、

書品なんてのを見っけたよ。

いわば書家ランキング。

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%9B%B8%E5%BE%8C%E5%93%81


これによると、十ランクは以下の通りらしい。


逸品

 張芝 鐘繇

 王羲之 王獻之


上上品二人

 程邈 崔瑗


上中品七人

 蔡邕 索靖 梁鴿 鐘會

 衛瓘 韋誕 皇象


上下品十二人

 崔寔 郗鑑 王廙 衛夫人

 王洽 郗愔 李式 庾翼

 羊欣 歐陽詢 虞世南 褚遂良


中上品七人

 張昶 衛恆 杜預 張翼

 郗嘉賓 阮研 漢王元昌


中中品十二人

 謝安 康昕 桓玄 丘道護

 許靜 蕭子雲 陶弘景 釋智永

 劉玟 房玄齡 陸柬之 王知敬


中下品七人

 孫皓 張超 謝道蘊 宗炳

 宋文帝 齊高帝 謝靈雲


下上品十三人

 陸機 袁崧 李夫人 謝眺

 庾肩吾 蕭綸 王褒 斛斯彥明

 錢毅 房彥謙 殷令名 張大隱 藺靜文


下中品十人

 范曄 蕭思話 張融 梁簡文帝

 劉逖 王晏 周顒 王崇素

 釋智果 虞綽


下下品七人

 劉穆之 褚淵 梁武帝 梁元帝

 陳文帝 沈君理 張正見


このランキング眺めてるだけでごはんが進みますねっ☆




○頂いたコメント


2019年3月15日 ぶるすぷ様

比べて生きることの窮屈さ

凄い人がいて、ついついその人と自分を天秤に置いてしまう。

天秤の台に乗りたくなくても、誰かが乗せて来てしまう。

けれどいちばん大切なのは、誰かに劣らないことでもなく、誰かより優れることでもなく、ただ自分を磨き、高め、自分をきちんと見つめていくこと。

今の自分を受け入れること。

そんな大切なことに気づかせてくれた、すばらしい作品です!



2019年3月15日 19:45 タカテン様

はじめまして。

壁の落書きをめぐるエピソード、自分も大好きですw



2019年3月24日 8:43 不破有紀様

王羲之は知っていましたが、王献之は初めて知りました。

王献之の葛藤がリアル。

ピカソの父親も同じ気持ちだったんだろうなぁ、と思いました。

(もっともピカソの父親は筆を折ってしまいましたが)



2019年4月13日 20:59 白浜 台与様

はじめましてm(__)m

書聖王羲之と息子の大人げない親子バトルか?と思いきや道を極めたいのはどちらも同じなんだ…芸術親子の葛藤が伝わりました。







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