解説

解説:辛佐治、剛毅なりや

テーマ「ルール」。

正直下手に縛られるよりきつかったです。だってルールに関する話なんてそれこそいろんなところに転がってますやん……けど最終的にこの話に落ち着きました。理由は「元ネタが好きだから」。


先に元ネタの話。

世説新語せせつしんご 方正編5。


 諸葛亮之次渭濱,關中震動。魏明帝深懼晉宣王戰,乃遣辛毗為軍司馬。宣王既與亮對渭而陳,亮設誘譎萬方。宣王果大忿,將欲應之以重兵。亮遣間諜覘之;還曰:「有一老夫,毅然仗黃鉞,當軍門立,軍不得出。」亮曰:「此必辛佐治也。」


北伐した諸葛亮しょかつりょう渭水いすいのほとり、つまり長安ちょうあんの近くにまで迫ってきてしまったと聞き、の人びとは畏れた。ときの魏帝曹叡そうえいは防衛のため、司馬懿しばいを派遣。ここでうっかり司馬懿が応戦したらまずいので、ストッパー役として辛毗しんぴを副官につけた。そして渭水を挟んでいざ対陣してみると、あの手この手で司馬懿を挑発してくる諸葛亮。思惑通り司馬懿は激怒したのだが、しかし魏軍は動かない。おかしいと思い諸葛亮が斥候を派遣してみれば、「なんかえらそーなジジイが黄色い鉞を持って陣の入り口に突っ立ってましたよ。やつのせいで軍は動こうにも動けないみたいです」。それを聞いて諸葛亮は「ああ、それたぶん辛毗だ畜生」と言った。


例によってもうちょい物語チックにも仕立ててます。こちら。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054884995008


三國志が西晋せいしんの時代の成立、対する世説新語は南朝そうの時代。両者は160年くらいの差があり、どっちを信用するかっつったら、当然三国志なわけです。けどね、世説新語のこの、「さらっと辛毗に黄鉞持たせちゃってる」のがあんまりにもやり過ぎで。作中でも書かせてますが、そんなこと絶対にできるはずないんです、本来。でもやっちゃってる。まさしくコミックの世界。だからこそ、こっちを事実として採用させた方が面白い。



ちなみにあんまり情報量多くし過ぎても胃もたれするだろうから避けた話として、「そんないいもんでもあるまいに」と主人公、陳寿ちんじゅに言わせているのにも由来があったりします。


陳寿の父、諸葛亮の北伐に関与してるんですよ。第一次北伐で、あの馬謖ばしょくに従軍。はい、「泣いて馬謖を斬る」の馬謖です。かれは北伐における最重要作戦を任されたのにもかかわらずポカミスから大敗を決めてしまいました。諸葛亮は軍規に照らし、愛弟子であった馬謖を、惜しみながらも処刑せねばなりませんでした。


その時に、陳寿の父もそこに連なり、髠刑こんけいに処せられています。これ、士大夫の証であるまげを結えなくしちゃう刑。いまの感覚で言えば公衆の面前でまっぱを晒されちゃうレベルの屈辱刑です。なので陳寿は、そんな処罰を下した諸葛亮に対して恨みを抱いていた、という説があるのです。ぶっちゃけネーヨとは思っていますけれども、このお話で語ってるじっさまと対にするには、このネーヨな説を採用してしまった方が面白い。


まぁただこれ、本筋に絡めるにはやや重いんですよね。なので、どなたかに「おっアレに絡めてんだな」とニヤリとしていただければ、的な感じで残してあります。



ところで、ちょっと時事ネタが入りますが、ちまたでは歴史小説家と歴史学者がケンカしていて、歴史小説家氏が「歴史の真実に対する俺のアプローチをバカにすんのか!」と激高されております。いやさぁ……そもそも歴史学者の提唱ですら、極論すれば仮説にまでしか辿り着けないのに、その仮説に立脚した推測でもって語るしかない小説家なんてぜってー真実になんぞ辿り着かないでしょうよ、むしろ仮説に基づいて読者を楽しませる嘘をつくことに誇りを抱いてほしいんですけど、などと考えています。


そう言うのもひっかけて、明らかにフィクションな方を事実だと示すかのよーな展開にしてたりもします。この辺の意図まで晒しちゃうのはやや下品ですが、まぁ元々品性下劣なひとだからね、仕方ないよね。



参考文献

世説新語 方正5

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054884995008


三國志

巻三 明帝紀

https://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E5%BF%97/%E5%8D%B703

巻二十五 辛毗伝

https://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E5%BF%97/%E5%8D%B725

巻三十五 諸葛亮伝

https://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E5%BF%97/%E5%8D%B735


晋書

巻一 帝紀第一 宣帝紀

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%99%89%E6%9B%B8/%E5%8D%B7001



○頂戴したコメント


2019年3月19日 kanegon様


三国志といえば、ご存知諸葛亮。ですが

カクヨム三周年記念、ルール企画作品。

諸葛亮の人物的魅力は、古今東西の創作の題材となってなお尽きることがないことからも窺えます。

本作品は、独特な切り口で諸葛亮に迫ったものです。

諸葛亮の時代より少し後に、諸葛亮について調べている士大夫を主人公とし、諸葛亮に会ったことがあるという老爺と会って話を聞く、というシチュエーション。

主人公の心の動きを描いた極めて硬質な地の文と、老爺の田舎臭さ丸出しの会話文が絶妙な配合で、この場にはいない諸葛亮の姿を浮かび上がらせていく。

その中で、諸葛亮ほど有名ではないけど、さじ、という一人のキーマンに焦点を当てることによって立体性を持たせる。

そして、主人公の士大夫はあの人だろうなあという予測を抱く読者も当然いるだろう中で、「三国志」という著作の立場の微妙さも描き出しつつ、その「三国志」の中でも隠し切れない形で光を放つ、さじ、の剛毅さ。

限られた文字数の中で、壮大な中国史のうねりの全体像を想像させつつも、その中で一瞬の光を放つ人物を、変わった切り口で見せてくれる。こんな作品を書けるなんてすごいなあ、とシンプルに感嘆する作品です。

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