酒飲み重兵衛
青白い魚
第1話 酒飲み重兵衛
深夜の飲み屋街に一人の飲んだくれが彷徨っていた
名は重兵衛。
その中でも酒気剣士という名前は八吉重兵衛はえらく気に入っていた。なぜなら、家が代々受け継がれてきた剣士(武士)の家系で独流の八吉流なるものが存在するほどの有名な所だからである。
そんな家系に生まれ一度も剣士と呼ばれたことがない八吉重兵衛は、剣士と呼ばれ認められたと思い込み、酒気剣士と呼ばれるといい気分になる。それが八吉重兵衛という男だ。
だが、誰一人、八吉重兵衛のことを剣士として酒気剣士とは呼んでいなかった。
酒気とは酒に酔うことや酒の匂いがすることとして使われる場合が多いがこの飲み屋街では、酒におぼれやつや臭い奴のことを言い
剣士は元は武家が変化した言葉で武家稼業で食ってはいけないのに高楊枝を銜え飢えを凌ぐ愚かな奴らとして認識されている。
つまりは、酒臭い愚かな奴と言う意味で酒気剣士と八吉重兵衛は呼ばれている。
そんな重兵衛が居る。飲み屋街にある事件が起きたのだ。客同士の揉め事や店同士の小競り合いは頻繁に起きる飲み屋街だが、今日の事件は一味違っていた
「店の主人が何者かに切られたってよ!」
「包丁か?それともナイフか?」
「いーや、刀だよ。しかも後ろからばっさりと」
「なんでまた?遥か昔のお侍がチャンバラしてた時代じゃねぇーのにか?」
「ああ、刀なんて今はもう国宝級なのに、こんな事件にすぐに犯人は見つかるだろ」
「たしか、あの……久兵衛?だっけ、あいつも刀もってたろ」
「八吉重兵衛だろ?そいつも刀を持ってる人だから、まず一番に疑われていたが、何しろ刀の抜き方すらわからんようすだったからな」
「はっはっは!さすが、酒気剣士のことはあるわ」
そんなkeepoutの黄色いテープがひかれた事件現場の野次馬のばつ悪そうに聞いてる男がいた。
名を八吉重兵衛。この20XX年時代にしては珍しい名前をした35歳のおっさんである。八吉重兵衛は、死んだ親の遺産を売り払い、昼から飲みに歩こうとしたところに警察に呼び留められ、話を少ししただけで返されてしまった。
「なんだい!刀の抜き方を忘れただけで剣士扱いじゃねーぇのかよ!警察はどうかしてる……まったく」とすぐどこかに去ってしまえばいいもの、殺された店主の店以外に昼から飲める場所は知らず、立ち往生しているのである。
空を見上げアル中特有の手の震えを抑えながら、八吉重兵衛は立ち上がった。そして警察のほうをジロリと睨むと、飲み屋街の一角にある酒屋へと向かった。少し高いがあそこで酒を買い公園でいっぱいやるつもりらしい。
だが、ここも残念なことに、やられていた。店前にはkeepoutの黄色いテープが張られ、ここでも警察に事情を聴かれたが、刀を抜けないことと重度のアル中でまともに刀を持てないことが判明し返されるように公園へとやってきた。
「まったく誰だよ……ほんっとに!酒飲み場を邪魔すんじゃねぇーよ」酒の飲めないもどかしさと警察のあの顔を思い出してはムカついては起き上がり、紛らわしで買ったジュースの缶を蹴り飛ばした。
その転がっていく先に、一人の少女がいた。その少女は八吉重兵衛が蹴り飛ばしたジュースの缶を拾い上げると、目の前に来て渡してきた
「空だよ。捨ててこいちびっこ」
「そうなんだ……ポイ捨てはだめだよ?」と言われ、八吉重兵衛はその少女の肩をつかんだ
「うるせぇぞ?ちびっこ!切られたいのかてめぇ」八吉重兵衛は腰にぶら下がった刀に手を伸ばし切ろうとするが
「どうしたの?お顔まっかだよ?」刀がやはり抜けなかった。別に八吉重兵衛の刀が特殊なわけではない。ただ鯉口を切れないのだ。
八吉重兵衛はどうしようもない腹立たしさと空しさにイラつきを覚え少女からジュース缶を奪い取り足でぺっちゃんこになるまでつぶし、円盤投げの選手のように遥か彼方へ向かって投げ飛ばした。公園を容易に飛び越して周りの住宅街へと飛んでいく
「あ、私の家に落ちた。取ってくるね!」少女が投げたフリスビーを取る犬のように駆けようとしたときに八吉重兵衛はあることを思いついた。
「おい!待ってくれ!お前のパパやママは酒飲むか?」首を傾げた少女に切羽詰まった様子で八吉重兵衛は口を開く
「俺がさっき投げたジュース缶みたいなもので、大きくアルコールの文字が書いてあると思うんだ!ないなら料理酒って書いてある!物でも!!」
少女はきょとんとした表情を変えなかったが、アルコールの文字に反応し大きくうなずいた。その様子は可愛らしく八吉重兵衛は天使のようだと思った。
「それをママやパパにわからないように持ってきてくれないか?そしたらお金あげるから」八吉重兵衛は子供相手にごまをすり、似つかわしくない笑顔を浮かべていた。
何より子供にごますっても変わらないのは重々承知である。それは家もなくただ親の金を使い毎日のように飲んだくれる八吉重兵衛でもわかることだ。だがやってしまうのはそれほど八吉重兵衛は酒に酔っているからである。
「わかった!」少女は元気よく返事をすると、八吉重兵衛がジュース缶を投げ飛ばした方角へと走っていった。
あーなんてついているんだと、八吉重兵衛は嬉しくなり柄でもないタップダンスを踊った。そもそもタップダンスを知らない八吉重兵衛のタップダンスは千鳥足のよう
数分もしないうちに少女は戻ってきた。片手には潰れたジュース缶にこの時代の改正によりお酒は大きな赤文字BIGで書かれたアルコールの文字の缶を片手に持って現れた。
「おお!がきんちゃ!よくやった!これが報酬のお金だ!」どうせ金の価値なんてわからないだろうと踏んで八吉重兵衛は500円玉を20枚ほど渡した。
だがその少女はお金もお酒の缶ももらわず渡さず、潰れたジュース缶を渡してきた。そしてこう言った「捨ててきたらいいよ」と内心、今にでもこの少女をぶん殴って酒を奪おうとしたが、煮えくり返る怒りを収め、公園の一角に設置されたゴミ箱へと投げ入れた。
「よし、すて……」と言い終わる前に八吉重兵衛は気づいた少女はお酒の缶を持っていないことに
「お、おい!!なんっ!持ってねぇんだよ!!!」八吉重兵衛は少女の胸倉を掴み上げたが、服を起用に脱ぎ、八吉重兵衛の腕からすり抜けると少女は「遊んでくれたら隠した場所教える。ねぇ?いいでしょ」八吉重兵衛はもう今にでも蹴飛ばして殺してやろうかなと考えたが、子供の遊びなどすぐに終わる。それに遊んでいるふりをしてすぐに見つけてやると思った。
所詮は子供の考えること、しかも隠し場所だって、公園のどこかだと八吉重兵衛は考え、真っ赤になった鉄みたいな顔を素手で強引に無駄な痛々しい笑顔を浮かべ、それをみた少女は嬉しそうに飛び跳ねた。
「天使なんかじゃねぇ……こいつは悪魔だ鬼だ」と聞こえないようにつぶやき地面を歩いていたアリをつぶした
「酒気剣士さん。ここまでにしとけって」日本家屋風の居酒屋で日本酒を10本も空けベロンベロンに酔っぱらった八吉重兵衛をお年寄りのおばあちゃん店主は止めていた
一般的なカウンターとテーブルの店。出す料理も家庭的なものばかりで日本酒とよく合う、有名ではないが落ち着けるいい店だ
「きいつけぉよ……来たらいってくれぇ!たおしてうあるからよ」八吉重兵衛はお気に入りの店を心配しているのかはたまた明日のお酒の心配をしているのかそれすらわからないほど呂律も回っていなかった
「ありがとよ。でもねあたしはね、人切りを心配されるよりもあんたの体のほうが心配だよ」とおばあちゃん店主はお水を一杯、八吉重兵衛の前へ突き出した。
「お!日本酒か!!……うめぇなこれ!!」そう言うと居酒屋では笑いが起き、おばちゃん店主はダメだと手を挙げた。
「ごめんなさい」そんな笑い声の中に小さな声の謝罪が聞こえた。その声の主は八吉重兵衛にジュースの缶を捨てさせ、お酒も持ってくるも、一度も酒を飲ませずに居酒屋が始まる夕暮れまで、遊んでいた少女である。ちなみに酒のことは。両者ともつかれて忘れている。
「いいのよぉ!それにこの人についてきたけど、君何歳?それに見たことない顔だねぇ」おばあちゃん店主はその少女にジュースを渡すと八吉重兵衛に耳打ちをした
「つかまるよ!あんた!八吉流のせがれなんだから!!警察のお世話になるようなことをするんじゃ!!!」その言葉に八吉重兵衛は酔いが一気にさめ、飲みかけていた水を吐き出した
「おめぇ!なんでここにいるんだよ!!帰れって言っただろ!おい!こいつに出したジュース!俺はびた一文も払わねぇからな!」
「大丈夫です。お金持ってきてます」少女はポケットからキャラもののポシェットを取り出すと八吉重兵衛からもらったものではなく500円玉を一枚おばあちゃん店主へと渡した。
「いいよ。こいつの伝票に書き込んどくから」
「おい!ばばぁ!」そう言った八吉重兵衛の額に伝票を投げつけるとばばぁっていうんじゃねぇ!と八吉重兵衛を睨んだ
「っち!これだから、暴力ば……の所では飲みたくねぇんだよ!これも何もかも人切り野郎のせいだ!」八吉重兵衛は、酒!と怒鳴ると展示されていた日本酒を奪い封を開け飲み始めた
他の飲み客からはため息や何やってんだよ!とか批判が飛び交う中、八吉重兵衛の隣に座っていた一人の男がつぶやいた
「その酒は美味しいか」とそう聞き八吉重兵衛はああうまいが何様のつもりだと、席を立ち突っかかろうとした時だった。
一瞬だけ、視界に一筋の線が走った。すると酒のボトルが勝手に斬れ、ばたばたと飲み客が倒れ、おばあちゃん店主が倒れた所で、ある姿が見えないと八吉重兵衛は思った。
その思い道理の通りになる、その男の手には店のオレンジ色の照明に照らされる銀色の血の一滴もついてない綺麗な刀と脇に抱えられた少女の姿がそこにはあった。
「お前……人切り野郎か!俺のお気に入りの店ばっかりつぶしやがって!!!それに!」背中に赤い血が滲んでいるお客やおばあちゃん店主を横目に見た後に飲んでいた日本酒が全部地面に落ちていることに気づきひどく憤りを見せた
「八吉流の八吉重兵衛とお見受けする。決闘を申し込む。」その男の目は冷たく大きく引き締まったその体は一寸たりとも動かず、その冷たさから氷のよう八吉重兵衛は感じた
「受ける義理はねぇ……」そう返すと殺気を出しその男は冷たく重くこう言った
「受けるまで、討ち入るのみ」そう言い気絶した少女を小脇に抱えながら店を出ようとする
「おい!その子を置いていけ!なんもかんけぇねぇだろぉ!!!」言葉の後半になるにつれて八吉重兵衛は勝手に歩き出し殴りかかった
「その行為。決闘とお見受けしてもよろしいか」八吉重兵衛の殴り込みを鞘に入ったままの刀で受け止めると容易に弾き飛ばした
まず自分が飛ばされたことに驚いたが、何よりその受け止められた刀が冷たく、氷のように感じ、恐怖したが、そいつの顔を見ると恐怖が吹き飛び、代わりに止めどもない怒りや憤りがあふれ出し、怒声を上げた
「やってやるよ!表出ろ!!!」八吉重兵衛はかろうじて覚えている父上が教えてくれた八吉流を思い出すように刀を握り表へと出た。
外の飲み屋街は、この店の惨状など知らないがごとく、いつも通りにハイカラでネオンな眠らない飲み屋街を生み出していた。
「ここでは、人目に付く……」そう言うと男はゆっくりと飲み屋街の路地裏のほうに入っていき、薄暗い住宅地を進み、やがて街頭が一つだけある。八吉重兵衛と少女が遊んでいた公園へとたどり着いた。
「ここなら、静かだ」男は少女をベンチへと寝かせると、刀から鞘を抜きさり白銀に瞬く美しい日本刀を月光の下へとさらけ出す「抜け」その言葉に八吉重兵衛も刀を抜こうとするが抜けず、そのまま鞘に収まった状態で構えた。
その様子にひどく落胆し、初めて冷たいだけの表情に怒りを見せ、その男は地面を蹴った。
八吉重兵衛はその速さに圧倒されながらも、刀を受け止め流した。だがその時に足をかすめ、地面が赤く染まる
「我が一家を殺した八吉流がこの程度とは……ひどく落胆した」
「殺しだぁ?そんな昔のことぶり返され困るぞ?忘れた」その八吉重兵衛の言葉に今度ははっきりと怒りの表情を見せると男は刀を構え、八吉重兵衛へととびかかった
それを受け止めることはせずに茂みへ逃げ込んだ。八吉重兵衛にさらに怒りをあらわにした男は怒鳴った。
「出てこい!!それでも武士か!」じりじりと八吉重兵衛が飛び込んだ茂みへと近づく男だったが、一瞬にして10mほど後ろへと下がった
茂みから出てきたのは八吉重兵衛。その手には鞘から抜かれた日本刀が月夜に輝く満月のように光り輝いていた。美しいでは足りなく言い表せないその刀身は妖艶は光を見せ、同時に酒気が漂った。
「おぬし!酒を!!!」その八吉重兵衛からただよう発泡酒の匂いにさらに怒りをあらわにした男は大きく踏み込み地面を蹴り飛ばし白銀を瞬かせ八吉重兵衛へと斬りかかった。
決着は一瞬についた。白銀が瞬いたときには終わっていたのだ。光ったのは男の刀ではなく八吉重兵衛の刀。あの一瞬の距離を詰め、男の胸に一太刀入れていた
男は声も上げずに倒れ込むと、八吉重兵衛はすかさずに落ちていた刀を蹴り飛ばし、その男を仰向けにさせた
「殺せ……情けなど無用だ」
「情けはかけるつもりはねぇ!このまま死んでもらう」
「はは……さすが残忍極まりない暗殺術八吉流のせがれよ……」男は一言、美しい一太刀だったと言葉を残し、月に照らされこの世を去った
その死に際を一目離さず見ていた。八吉重兵衛はこうつぶやいた
「飲みなおすか」ベンチで寝ていた少女のほほを数回叩くき、「さっさと帰れ」という言い残し、八吉重兵衛は闇に消えた
酒飲み重兵衛 青白い魚 @himanan8620
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