とある殺人計画

澤田慎梧

とある殺人計画

 三波みなみ和恵かずえは、息子が何らかの犯罪を計画しているのではないかと、不安に駆られていた。


 息子の健斗けんとは十九歳の大学二年生。今まで大きな問題を起こしたこともなく、友達の多い明るい性格――だった。半年ほど前から、様子がおかしくなっていたのだ。

 理由はおそらく、高校時代から付き合っていた彼女と酷い別れ方をしたせいだ。

 健斗の友人がこっそり教えてくれたのだが、彼女が随分と年上の男性と浮気をし、一方的に健斗を捨てたのだという。


 それ以来、健斗はすっかりふさぎ込むようになってしまった。

 大学にはきちんと通っているようだが、帰宅すると自室に引きこもり、殆ど出てこない。食事中にこちらが話しかけても上の空。目に下には濃いクマが浮かび、顔色も優れない。

 まるで別人のようだった。


 そんなある日、健斗が古書を大量に買って帰ってきた。


 「何の本を買ってきたの?」と尋ねた和恵だったが、健斗からの返事は無い。本を携えて、そのまま自室に引きこもってしまった。

 その姿に胸騒ぎを覚えた和恵は、健斗が大学へ行っている間にこっそり息子の本棚を覗いてみた。すると、そこには物騒極まりないタイトルが並んでいた。


『解剖学入門』

『毒殺の歴史』

『世界猟奇殺人リスト』

『未解決殺人事件ファイル』

『世界の怪奇殺人事件』

『その時、アリバイが崩れた』


 多くは、実際にあった殺人事件を扱った本らしい。おおよそ健斗の趣味からは外れているものばかりだ。

 『解剖学入門』に至っては、医学生向けの本だ。ただの文系学生である健斗に必要だとは思えなかった。


 また別の日には、一体どこで仕入れたのか、大ぶりのハンティングナイフを買ってきて庭で木材や鶏肉を切り刻んでは首を傾げる健斗の姿があった。

 更に別の日には、シャベルを手に庭の一角に大きな大きな穴を掘って、そのまま埋め戻すという奇行が見られた。

 他にも、細かいことを挙げればきりがない。明らかに挙動不審だったのだ。


 そして和恵は、遂に決定的なものを目撃してしまう。

 ある夜のことだ。リビングに健斗のスマホが無造作に置かれていた。

 本人は風呂に入っている。どうやらうっかり置き忘れていったらしい。

 和恵は「いけない」と思いつつも、健斗のスマホを覗き見ようとする自分を抑えられなかった。


 パスコードは実に単純、健斗の誕生日だ。昔から「暗証番号に誕生日を使うな」と教えていたのだが、大学生になってもこの悪癖は治っていなかったらしい。


 和恵はまず、ネットの検索履歴をチェックした。

 するとそこには「死体 隠し方」「死体 処理方法」「殺人 時効」等の言葉が躍っていて、和恵は早くも眩暈を覚えてしまった。


 次に、メッセージアプリを開いて、怪しい人物と連絡を取っていないかをチェックした。

 すると――。


『やっぱりあの女は殺しといた方が良いと思う』


 和恵が最も見たくなかった類の文言を、そこに見てしまった。

 しかも送り主は、健斗が彼女に振られたことを教えてくれた、あの友人だった。その彼が、健斗に殺人を促しているのだ。

 怒りとも悲しみともつかぬ感情が、和恵を襲った。


(でも、一体どうしてこんなことに? 「あの女」というのは、健斗の元カノのこと?)


 「あの女」とは誰なのか? そもそも、健斗達が殺人を考えるほどの動機とは何なのか?

 それを知るべく、和恵が更に過去のメッセージを見ようとした時――浴室のドアが開く音がした。健斗が出てきたのだ。

 和恵は急いでスマホを元あった場所に戻すと、うるさい程に早鐘を打つ心臓を抑えながらリビングをあとにした。


(どうしよう! 息子が――健斗が人を殺してしまうかもしれない! 警察に言う? でも、どこの誰を殺そうとしているのかも分からないのに、警察が取り合ってくれるかしら? ああ、もう私はどうすればいいの!?)


 その夜、和恵は自分に何が出来るのか、何をするべきなのかを悶々と考え続け、眠れぬ夜を過ごした――。



   ***



 同じ夜。健斗は一人、自室でパソコンに向かっていた。

 カタカタと軽快にキーボードを叩き、何やら文章を打ち込んでいる。


「う~ん、やっぱりアイツの言う通り……この女はここで殺すしかないよな~。そっちの方が断然!」


 一人呟きながら、健斗はに勤しんでいた。


 ――健斗が小説を書き始めたのは、つい最近のことだ。

 彼女に振られて落ち込んでいた健斗に、友人が「お前の元カノそっくりな女が酷い目に遭う小説があるぞ」と勧めてくれたのは、一冊のミステリ小説だった。

 今までミステリ小説など読んだことの無かった健斗だったが、読んでみると……これが実に面白い。健斗はあっという間にミステリ小説の虜となり、毎日のように読み漁った。


 そして「自分でもミステリを書いてみたい」と思うようになるのに、それほど時間はかからなかった。

 今はまだ、書いても仲間内で披露して感想やアドバイスをもらっているだけだが、ある程度まともなものが書けるようになったら、小説投稿サイトで公開しようと考えている。


 仲間内での評判は今のところ上々だ。特に評判が良いのは、徹底的にこだわった「リアリティ」だった。

 解剖学や実際にあった猟奇殺人の資料を読み漁り、その要素を作品に取り込んだり。はたまた「実験」と称して、ナイフの切れ味を自ら試してみたり、死体を埋められるくらいの大穴を掘ってみたり。

 「実際にやったらどうなるか」を想定した健斗の作風は、実に真に迫って見えるのだとか――。



(了)

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とある殺人計画 澤田慎梧 @sumigoro

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