第三話 【後悔ノ雨】こうかいのあめ


「ただいま。」



現時刻ー6月7日 13:00 雨宮千鶴(15)


 ガチャリという音と同時に迫る引き戸を、そのまま勢いに任せて開ききる。すべては、僕の手の意思が起こした行動であった。咄嗟に吐き出した、



『ただいま。という言葉さえも、僕のものではなかった。それはあまりにも無理やりだった。』



 僕の足は、その家に上がり込んだと思うと、目の前にたたずむ『ごく普通の』階段を登り始めた。なにも躊躇することなどなかった。



ー二年前 正午 教室にて(昼休憩) 雨宮千鶴(13)


「『あいうらかいと』くん?だよね」


「そうだけど、なに?」


「私、『るい。』」


「あ、あぁ。それで?」


「これからよろしく。もう二か月も経ってるけどね。私、『君の、クラスメイト。』だから、よろしく。」


「あ、あぁ、よろしく。『瑠衣』」



ー再び現時刻

 その部屋は、まるで二年前の生活感を『コピーペースト』したかのように、目の前に広がっていた。何も変わっていない、僕の居場所。少し埃が舞っているが、それもまた、なつかしさの一部だった。いや、実際、二年間なんて長い年月は経っていない。朝、起床して、登校して。今、教室を飛び出して帰ってきただけだ。そう、たった5時間空けていただけ。



『この部屋は、何一つ変わっていない。』



 ふと机に目をやると、見覚えのない書物が置いてあるのを見つける。


「何だ……これ」


 見覚えのない、しかしどこか懐かしいそれに近づき、僕の手が拾い上げる。持ち上げるとそれは、パラパラと音を立てて、埃で少し黒ずんだこげ茶色の木製の床にばらけ落ちた。それは、八十枚程の原稿用紙をまとめたようなものだった。


 手元に残った三枚のうち、一番上の原稿用紙に目を通す。



【題名『雨』】【作者『雨宮千鶴』】



 雨宮千鶴という人物の小説だった。



『僕はなぜ今まで忘れていたのだろうか。僕が僕であることに。』



 思い出した。『雨宮千鶴。』僕の名前だ。



 僕は原稿用紙を一枚めくり、二枚目に目を通す。



『拝啓、世界で二番目に好きな君へ』



 そこから後は作者の独特な価値観のせいだろう、僕の名義で書かれているのに、その小説の内容は僕自身にも理解できなかった。



『全く、バカバカしい』



 その一言でしか飾ることのできないような出来だった。ただ、それはきっと誰かの日記帳だった。文体や言葉遣いがそうであったのだ。無論、作者の雨宮千鶴は僕のことであるが、これを書いたのは僕ではない。身に覚えがないのだ。



現時刻ー6月7日 13:50 雨宮千鶴(15)


 どれくらいの時間立ち尽くしていたのだろうか。例の日記帳を読むのにすっかり時間を忘れてしまっていた。足腰が痛い。僕は、休息をとるためにその場に座ろうと手をついた。


 そうだ、ここは僕の部屋だ。それなのになぜか僕は妙な違和感を感じていた。



『安心感がいまいちなのだ。』



 それでも、僕の身体は精神的な面を含め悲鳴を上げていた。そして、座りこんだ。


 僕は、その場であたりを見回した。知っているはずなのに違和感を感じる部屋の正体を突き止めたかったのだ。


 そこで僕は、ある写真に目を奪われた。それは……

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Re:gret rain 明日川 怜 @asidagawa0

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